決意の白手袋
change〜とりかえっこ王子〜

「クロンウォール第一王子!!」
 湖のほとりの東屋。
 フィーナお手製のフルーツタルトをクレイがおいしく食べていると、そのような怒声がなげかけられた。
 クレイは思わず、フォークを口にくわえたまま、怒声がした方へ振り返った。
 するとそこには、仁王立ちでいまいましげにクレイをにらみつけるローシャルが立っていた。
 どうやら、先程の湖のほとりでの出来事くらいでは、ローシャルはさっぱり懲りていなかったらしい。
 フィーナに嫌い≠ニ言われひどく傷ついていた様子は、今はない。
 クレイの横では、くわえるフォークをぽふんと口から抜きとるフィーナが、不思議そうにローシャルを見ている。
 それから、クレイの口の横にタルトの欠片がついていることに気づき、それをつまみとり、ぱくりと食べる。
 もちろん、それを目撃してしまったローシャルの顔は、目もあてられぬほどに怒りでゆがめられた。
 しかし、ローシャルは冷静を装い、恥ずかしげなくフィーナにめろめろになっているクレイに、びしっと指をさす。
「クロンウォール第一王子クレイ・ジェファーソン・クロンウォール! 貴様に決闘を申し込む!」
 そう叫ぶと同時に、ローシャルは懐から白い手袋を取り出して、それをクレイに投げつけた。
 クレイの胸にぽすっとあたり、そのままぽてんとテーブルの上に落ちる。
 クレイとフィーナはそこに視線を落とし、ぱちくりとまばたき、不思議そうに首を傾げあう。
 それから、フィーナが落ちた白い手袋を拾い上げ、ぽむと手を打った。
「ローシャル、あなたはまた、何を言い出す――」
「僕に勝つことができれば、フィーナの相手として認めてやってもいい」
 困ったように眉尻を下げるフィーナの言葉をさえぎり、ローシャルはきっぱりとそう言い切った。
 クレイはあっけにとられたようにローシャルを見て、ふうとため息をもらす。
 それから、同様にぽけらっとローシャルを見るフィーナの手から、先程投げつけられた白手袋をすっと抜き取り、ぎゅっと握り締める。
「よろしいでしょう。ローシャル王子、その決闘お受けいたしましょう」
 小さく口の端を上げ、クレイは不敵な笑みを浮かべる。
 挑発的な鋭い視線をローシャルへ送る。
 すると、ローシャルも口の端を得意げに上げ、にやりと笑った。
 その光景を、フィーナは呆れたように、そして面白くなさそうに見ていた。
 先程は泣いて逃げ出したと思えば、今度はいきなり決闘を申し込むなど飛躍しすぎ。
 本当に、ローシャルの思考はフィーナ好みにすっ飛んでいる。
 面白くなさそうに見ているはずのフィーナの口の端も、クレイやローシャル同様、にやりとあげられた。


 城の一角にある兵たちの修練場に、その姿があった。
 地面は、この城には珍しく、青い芝敷きではなく煉瓦が敷き詰められている。
 野っぱらで剣の鍛錬もいいが、やはり体裁を整えるためにも、城内にこのような施設を置いておく必要がある。
 この国がいくら緑にかこまれた美しい国だといっても、対外的にはやはりそれだけではいけない。ある程度のはったりも必要になる。
 そのはったりのひとつが、この修練場。
 いきなりずかずかとやって来た、自国の王子と、客人であるクロンウォールの王子に、そこで訓練をしていた兵たちは、度肝を抜くと同時にさささっとその場を提供した。
 何故ならば、その後から、にこやかに微笑む自国の王女がやって来たから。
 彼女に逆らってはいけないということを肝に銘じている彼らの反応としては、それは至極当然のことだろう。
 何もいわれずともその意思を察し、望むままに振舞う。
 それが、この国で生きていくために必要な業。処世術。
 そこへ、どうやらこの騒ぎを聞きつけたらしいキオスが、頭に色とりどりの花で作った花冠をかぶり駆けてきた。
 どのような時でも、キオスは期待を裏切らない。恐らく、今の今まで、侍女たちと楽しく戯れていたのだろう。半分以上おもちゃにされて。
 もちろん、そのすぐ後に、にやにや笑いながら、今回の仕掛け人、エイパスもやって来た。
 そして、ぴしっと一列に並びそこにいる兵たちににっこり笑い、何やらお願いをしている。
 もう少しだけ後退してそこでおとなしく待機していなさいと。
 フィーナ、キオス、エイパス、そして兵たちが見守る中、ローシャルはすらりと剣を抜き、鞘を放り投げた。
 かつーんと、乾いた音が響く。
 それから、抜き身の剣の切っ先を、すっとクレイに突きつける。
「武器は何を使ってもかまわない。必要なものがあれば、ここにいる兵に命じろ。いいな、どちらかが倒れるまでの無制限一本勝負だ」
 ローシャルがそう言うと、クレイはこくりとうなずき、腰に携えていた剣を鞘ごと取り上げ剣を抜く。
 さらりと、柄についた飾り紐がクレイの手に触れる。
 ちりんと、涼やかな鈴の音が小さく鳴る。
 クレイはふうっと頬をゆるめ、愛しそうに目を細めた。
 そして、ローシャルにすっと視線を向け、頭に花冠をのせぽけらっと見ていたキオスめがけて鞘をぽいっと放り投げた。
 キオスはやって来る鞘に気づき、慌てて受け取る。
 まさかここで受け損なって傷でもつけようものなら、この後どのような恐ろしい目にあうとも知れないとわかっているので慌てもする。
 わたわたとしながらもどうにか両手で受け止めることができ、キオスはほっと胸をなでおろす。
 その横で、エイパスが楽しそうにくすくす笑っていた。キオスの滑稽なその姿を。
 フィーナはというと、どこか冷めたような目で、ただ静かに、目の前で繰り広げられるクレイとローシャルのやりとりを見ている。
 この決闘の勝敗如何によっては、フィーナとクレイの関係も壊れてしまう可能性があるというのに、フィーナにはさっぱり慌てた様子がない。
 そうでなくても、普通ならば、決闘などと言われれば、はらはらどきどきうろたえようものなのに、いわば決闘の戦利品のはずのこの王女様は落ち着き払っている。
 クレイが剣を用意したことを確認し、ローシャルは切っ先をすっと落とした。
 それから、左手にぽんぽんと剣を軽くたたきつける。
「武士の情けだ。毒はふき取っておいてやった」
「いや、それ、当然だから」
 ふんと胸をはりふんぞり返るローシャルに、クレイは思わずぽつりとつぶやいていた。
 ローシャルからすっと顔をそらし、うつむいて。
 どうやらクレイは、この決闘にいまいちのり気でないらしい。
 それはまあ、そうだろう。
 もともと、したくてしている決闘ではないわけだし。
 しかし、この戦いに勝てば、ローシャルは大人しくフィーナとの仲を認めるようなことを言っているので、クレイもこれを利用しない手はない。
 さすがに、すでに嫌い≠ニ言われているのだから、これ以上見苦しい真似をして、ローシャルもフィーナに嫌われたくはないだろう。
 それに、決闘につき合ってローシャルの気が晴れるのなら、それはそれでクレイとしても望ましい。
 できるだけ、余計な手間は、余計な卑怯な手段は、使いたくはない。
 さすがにそろそろローシャルの相手をするのも飽きてきたことだし、一気に方をつけたいというのも、クレイの本音だろう。


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update:08/07/01