姫君の大切なもの
change〜とりかえっこ王子〜

 クレイが剣だけを手にとり、他の武器を用意する気配がないことを見てとり、ローシャルはふっと鼻で笑った。
「その細い剣ひとつで、僕と戦おうというのか? 後悔しても知らないぞ」
 そう言って、クレイの返事を待つことなく、ローシャルはすっと剣をかまえる。
 すると、クレイも、やれやれと肩をすくめ、すうっと剣をかまえた。
 二人、そのままでにらみ合う。
 どうやら、いつの間にか、二人の間で決闘ははじまってしまったらしい。開始の合図も待たずに。
 まあ、もともと審判など決めていなかったことだし、これは自然の流れなのかもしれない。
 じりっと、ローシャルの右足が一歩でる。
 すると、それに合わせるように、クレイも一歩左足を踏み出す。
 どちらもなかなか切りかかっていく気配はない。
 兵たちはその様子を息をのみ見守っている。
 キオスはクレイの剣の鞘を両腕でぎゅっと抱え込み、険しい顔で二人を見ている。
 しかし、その横で、不可解な動きをする者がいた。
 視線をクレイとローシャルへ向けつつ、横にいるフィーナにエイパスがすっと身を寄せる。
 エイパスはそのまま、面倒くさそうにクレイとローシャルの決闘を見るフィーナの耳へと、すっと口を寄せる。
「フィーナ、いい? ひとつ貸しだからね」
 そして、ぼそりとつぶやいた。
 すると、フィーナはぴくりと眉をわずかに動かし、何くわぬ顔でちらりとエイパスに視線を流す。
「まあ、何のことかしら? あなたが裏で、ローシャルによからぬことを吹き込んだことかしら?」
 フィーナは、ふうっと、これみよがしに吐息をもらす。
 エイパスの目が、光をゆらめかせ、楽しげに細められた。
「おやおや。やっぱりばれていたか」
「当たり前です。……まあ、あなたが次に困った時には、手をかしてさしあげてもよろしいけれど?」
 もう一度ちらりとエイパスを見て、フィーナはふふふといたずらな笑みを浮かべる。
 エイパスは得心したように、にっこり笑った。
「それじゃあ、その時は頼むよ。もちろん、クレイ王子も一緒にね」
 そして、フィーナとさりげなく視線を絡ませあい、目を細め、こっそりと笑い合う。
 その時だった。
 たんと地蹴り、ローシャルがいよいよクレイに飛びかかった。
 迫ってきた剣を、クレイはさっと受ける。
 金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
 クレイがローシャルの剣を受けた瞬間、その柄から何か小さなものが飛び散った。
 それは、煉瓦の地面に落ち、ちりちりちりと小さな音を鳴らし、いくらか転がってとまる。
 ふとそれに気づき、クレイは、ローシャルとの戦いの最中だというのに、それを拾おうと視線を落とし腕をのばしていく。
 そのわずかな隙を見逃さず、ローシャルはぎらっと目を輝かせ、振り上げた剣をクレイへめがけて一気に振り下ろす。
 次の瞬間、かきんという音が響き、銀色に輝く細長いものが宙を舞っていた。
 太陽に吸い込まれるように、そこにその銀の刃が消えていく。
 かと思うと、次の瞬間、それは放物線を描きながら、見守っていた兵たちの中に落ちた。がっと鈍い音を立て、地面につきささる。
 兵たちはさあと顔色を失い、円を描くように一斉に後ずさる。
 それから、今の今までにらみ合いをしていたそこへ視線をやると、目を見張る光景があった。
 尻餅をつくように地面に座り両手をつくローシャルののどもとに、クレイが持つ剣の切っ先がつきつけられている。
 あの暗殺技を得意とする毒王子は、その毒の卑怯技だけでなく、剣の腕も兵たちにひけをとらなかったはず。
 それなのに、今そこにあるその光景は何だろう。
 ローシャルは驚きに満ちたように目を見開き、見下ろすクレイをまじまじと見つめている。
 それから、いまいましげに、ちっと舌打ちした。
 勝負ありと見たのか、フィーナに身を寄せていたエイパスがさっとはなれ、兵たちが描く円の中心にある、地面につきささった剣へ歩いていく。
 そして、そこまで行くと、それをさっと抜き取った。
 はじかれるように、ちりんと涼やかな鈴の音がした。
 エイパスはすっと振り返り、そのままローシャルののどもとから切っ先をはなしていくクレイたちのもとへ歩いていく。
 フィーナは、その様子をやはり静かに見守っていた。
 今度は、やれやれと肩をすくめ、どこか困ったように。
 キオスははっと気づき、歩いていくエイパスの後を、両手にクレイの剣の鞘を抱え、慌てて追いかける。
 エイパスは二人のもとまでやって来ると、座り込んだままになっているローシャルへ持ってきた剣を差し出した。
「ローシャル、どうやら君は知らなかったようだね。クロンウォールのクレイ王子といえば、一人で大男二十人をなぎ倒したという伝説を持っているのだよ」
「いや、伝説じゃないない」
 追いかけてきていたキオスが、顔の前でぶんぶん手を振る。
「な……っ!?」
 驚きに目を見開き、ローシャルはいまいましげに奥歯をぎりっとかみしめる。
 エイパスが言ったことは図星らしい。ローシャルは、クレイがそのような過去を持っているとは知らなかったよう。
 だから、あれほど簡単に、エイパスの口車に乗ったのだろう。
 クレイがそのような剣の達人だと知っていれば、さすがのローシャルも、やすやすと決闘を申し込んだり、はたまたそれにかこつけて息の根をとめようなどとは思わなかったかもしれない。
 片手に抱えなおしていた鞘が、キオスの手からすっと抜き取られた。
 そして、かちんと鞘に剣が戻される音がその背でした。
 見れば、しっかり剣を戻したクレイが、先程の決闘の最中落としてしまった鈴を拾い上げているところだった。
 そのクレイへ、フィーナがゆっくりと歩み寄っていく。
「けれど、わたくしは、そのような武勇の部分ではなく、鬼畜で腹黒なところの方が好きなのですけれどね。だって素敵でしょう? にこやかに笑って人を陥れるなんて。ぞくぞくしちゃいますわ」
「フィーナ……」
 やって来たフィーナの腰をすっと抱き寄せ、クレイは困ったように微笑み、がっくり肩を落とす。
 わかっていたことだけれど、この王女様の感想は、興を覚えるところは、一般の者たちとは違っている。
 フィーナはクレイと視線を合わせにっこり微笑むと、そのまま腕の中から抜け出し、不服そうにエイパスから剣を奪い取るローシャルへ歩み寄る。
 そして、ぷうと頬をふくらませすねたようにフィーナを見るローシャルの前に、すっとしゃがんだ。
 ふくれるローシャルの頬を、フィーナは両手でふわりと包み込む。
 ローシャルはきゅっと唇をかみ、すがるように瞳をうるませ、フィーナを見つめる。
「フィーナは、みんなわかっていて、それで勝負をとめなかったの? 僕が怪我をするかもしれなかったのに」
 かしゃんと音を鳴らせ、ローシャルはエイパスから奪い返した剣を地面に落とすようにおいた。
 そして、頬をつつみこむフィーナの両手に手をそえ、きゅっと握る。
 ふわりと、優しげに、ローシャルを見るフィーナの目が細められる。
「ええ、だって、わたくしの大切なものを、クレイさまが傷つけるはずがないもの」
 ローシャルは真ん丸く目を見開き、フィーナを見つめる。
 それから、くしゃりと顔をくずし、そのままぽふっとフィーナの胸に顔をうずめる。
「うふふ。ローシャルったら……」
 胸に飛び込んできたローシャルを、フィーナは頬からはなした手でそのまま包み込むように抱きしめる。
 フィーナの胸からちろりと視線を上げ、ローシャルはすがるように探るように見つめる。
「僕が、大切?」
 そして、ぽつりとつぶやく。
 するとフィーナは、くすりと笑い、地面に転がるローシャルの剣の柄につけられた星の騎士守り≠フ鈴を、指先でちりんと鳴らした。
「当たり前ですわ」
「えへへー」
 その音色、その言葉を聞き、ローシャルは幸せそうに再びぎゅむっとフィーナの胸に顔をうずめる。
 それから、両腕をフィーナの背にまわし、きゅっと抱きつく。
 だって、それは、乙女が大切な人≠ノ贈るものだから。
 それに気づけば、なんて簡単なことだったのだろう。
 そんな簡単なことを、ローシャルはどうして忘れていたのだろう。
 たとえクレイのものになったって、フィーナがローシャルを大切だと思うことはかわらない。
 大切な人――大切な弟だと思いつづけることはかわらない。
 ……だったら、もういい。
 フィーナはもうローシャルのことなんて大切でなくなったとそう思い、そこにひどく淋しさを覚えていた。
 けれど、それはもう、フィーナの言葉でぬぐいされた。
 ローシャルが、フィーナの大切なもの≠セとわかった。
 その事実さえあれば、ローシャルはそれだけで十分。
 やっぱり、ローシャルが望むことは、誰よりも愛しい姉が誰よりも幸せになることだから。
 姉がローシャルに対しそう思ってくれているように。
 ここぞとばかりに甘えるローシャルを、フィーナはどこか困ったように、けれど愛しそうに見つめている。
 その胸の中で、ローシャルは幸せをかみしめる。
 星の騎士守りは、大切だという思いの証。


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update:08/07/10