もうちょっと進んだ恋物語
change〜とりかえっこ王子〜

 翌日。
 さんさんと陽光が降り注ぐ、朝の食堂。
 窓の外からは、ちちちと、鳥のかわいらしいさえずりが聞こえてくる。
 開け放たれた窓から、さわやかな風が吹き込んでくる。
 その他ともにいる者たちをさっくり無視して、フィーナと仲良く朝食をとるクレイの前に、想像すらできなかった光景が広がっている。
 目をきらきら輝かせ、うっとりとクレイを見つめる、ローシャルの姿が……。
 胸の前で両手を握り合わせ、クレイだけをじっと見つめ、ずずいっと身を迫らせる。
 これは、一体どういうことだろう?
 クレイは、持っていたフォークを、思わずぽろりと落とした。
 皿にあたり、がちゃんっと不快な音が鳴る。
 しかし、それにもかまわず、ローシャルは食事そっちのけで、向かい合うその席からテーブルを乗り越えんばかりの勢いで、ずずいっとクレイに身を寄せる。
「師匠っ!」
 しかも、しまいには、なんだか不気味なその言葉が、ローシャルの口から飛び出した。
「……はい?」
 クレイはわが耳を疑い、ぽけらっとローシャルを見る。
 ローシャルの横で優雅に、しぼりたてのミルクを給仕にグラスに注がせているエイパスが、笑いをかみ殺している。
 その姿を見て、クレイが訝しげに眉根を寄せた時だった。
 ローシャルはついにテーブルを乗り越え、びくびくと怯えた節さえあるクレイの両手をがしっとつかみ握り締めた。
 器用なことに、テーブルの上に並ぶ料理たちをきれいに回避している。
 食べ物を粗末にしたら大好きなお姉さまにお仕置きをされるので、ローシャルもその辺りは気をつけている。
 食べ物さえ粗末にしなければ、多少お行儀が悪くたって、ローシャルが大好きなお姉さまはさっぱり気にしない。むしろ、楽しむ。
「フィーナから、師匠のいろいろな鬼畜っぷりを聞きました。聞けば聞くほど、僕の理想。ああ、僕も、師匠のように鬼畜の限りをつくしたいものです……っ!」
 そう叫ぶと、ローシャルはうっとりと目をうるませ、意識をどこか遠くへ飛ばしていく。
 クレイは恨めしげに、すぐ隣のフィーナをじっと見つめる。
 元凶はやはりここにあったのかと言いたげに。
「フィーナ、一体何を吹き込んだの?」
 フィーナは食事をしていた手をふととめ、口元にさっとそれをそえ、この朝の陽気にも負けないほど、さわやかすぎるほどさわかやかに、にっこり微笑んだ。
「うふふ。人聞きが悪いですわ、クレイさま。わたくしはただ、たっぷりとのろけただけですもの」
「嗚呼〜」
 がっくり肩を落としたクレイの口から、疲れきったような声がもれた。
 ずるずるずるーと、椅子の背にもたれかかる。
 どうやら今回もやはり、フィーナの思うままに踊らされていたらしい。
 だってフィーナは、クレイがあんな苦労をせずとも、必死にいやがらせにたえずとも、そのように簡単にローシャルを操作できてしまえるのだから。
 フィーナのお邪魔虫″戦は、今回も見事華麗に成功してしまっていたらしい。
 難なくこなせることも、自分のお楽しみ、欲望のためなら、この王女様は平気でできないふりをする。
 すべてはこの王女の思うがまま。最初から最後まで、何もかも。
 本当に、なんて恐ろしく、けれど愛しい姫君なのだろうか。
 クレイはあらためて、とっても理想の姫君にめぐり会えたことを心の底から喜ぶ。
 フィーナ以上に、クレイのお相手にふさわしい女性はいないだろう。
 クレイはぺいっとローシャルを振り払い、困ったように、けれど愛しげに、フィーナを見つめる。
 すっと姿勢をただし、その愛しい姫君を抱き寄せようと腕をのばしていく。
 その時だった。
 それまでもくもくと食事をしていたキオスが、ふと気づいたように、フィーナといちゃつきだしたクレイを見た。
 そして、くいっと首をかしげ、不思議そうに尋ねる。
「なあ、クレイ。ところで、さっきアルスティル王にばったり会って聞いたんだけれど、どうして今日になって急に、婚礼を早めるなんて言い出したんだ? 本当なら半年後だろう? 親父に親書を送らなければーって慌てていたぞ?」
 不意打ちのように問いかけられたそれに、フィーナとクレイはぱちりと目をまたたかせうなずきあう。
 そして、にやりと意地悪い笑みを浮かべ、ゆっくりとキオスへ振り返る。
 そうかと思うと、クレイはばつが悪そうに肩をすくめ、フィーナは幸せそうにうっとりと微笑む。
 またフィーナとクレイはうなずき合い、上目遣いにちらりと視線を流す。
「キオス、それはね……」
「できちゃいましたの」
 二人同時にぽっと頬を染め、恥ずかしそうに見つめあう。
 それから、ぴとりと身を寄せ合い、くすくすくすと笑い出す。
 瞬間、キオスの思考がぴたりととまっていた。
 ぽかんと間抜けに口を開き、フィーナとクレイを凝視している。
 そして、真っ白だったキオスの思考が、次第にゆっくりと動きを取り戻していく。
 チチチチチチチチ……チーン。
「てっめーっ! クレイ! 尻にしかれているくせに、やることだけはしっかりちゃっかりやっていやがったんだなー! 許さねー!!」
 そうして、アルスティルの城に、今日も愉快なキオスの雄叫びが、迷惑なことに響き渡る。
 ぎゃあぎゃあわめき散らすキオスの横では、ローシャルが「さすが、師匠! 抜け目ない」と手を打ち鳴らし褒めたたえ、エイパスが「キオスくん、下品だよ」とたしなめつつ必死に笑いをこらえていた。
 フィーナとクレイは、そんな外野はそっちのけで、二人だけの幸せな時間を満喫しはじめた。


 そうして、緑豊かな小国アルスティルの王女と、商業大国クロンウォールの王子との、もう少し、まだもうちょっと進んだ恋物語がはじまりを迎える。
 この後、二人が心通わせた時よりもっと大きな驚きを、両国の人々に与えることになるだろう。
 けれど、それは、その時よりももっと大きな喜びを同時にもたらすことになるに違いない。
 本当に、この困った恋人たちは、常に人々の予想をこえたことばかりしてくれる。
 それは、いついつまでも、変わることなく繰り返されるのだろう。
 やはりこの二人は、用意周到に、思うがままに事を運び、最後に必ず笑う。
 さすがは、この世で最もたちが悪い、最強の二人。
 これは、たくさんの優しい人々に見守られた、彼らにとっては幸せな恋物語。
 おとぎ話のような恋物語。


change〜とりかえっこ王子〜 おわり

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update:08/07/20