噂の王子様
fake〜うそっこ王子〜

 近頃城下で流行るもの。
 隣国アルスティルからの高品質農作物。
 緑の観光王国エメラブルーの景勝地めぐり。
 軍事大国バーチェスとの永世友好条約、またの名を仲良し宣言。
 そして、年頃の娘は王子に絶対見せるな、とまことしやかにささやかれる警告。
 そんな噂にあふれ、城下は今日も活気に満ちている。
 噂飛び交うなか、王子様は今日も元気に街を行く。
 毎日毎日飽きもせず、城下へやって来る。
 年頃の娘を持つ親はその姿を見つけると、娘を家の奥へさっと隠す。
 それが繰り返されて、一体どのくらいたつだろう?
「美女が好きだあー!」
 そして、どこからともなく王子様のそんな雄叫びが聞こえてくる。


「あ、王子様よー! みんな、ほら早く早く!」
 どこからか、若い娘がそう叫ぶ声が聞こえてくる。
 すると、わらわらと、家の奥へ押し込められていたはずの若い娘たちが通りに姿をあらわした。
 親は、そんな娘を再び家の中へ入れようとするけれど、力及ばず振り払われている。
 娘たちはもはや、王子様以外眼中にないといった様子。
 そうして、うきうきとした様子で王子様を待ちわびる娘の前へ、ようやく王子がやってきた。
 やたら愛想をふりまき、すでに何人かの娘がとりまいている。
 しかも、その娘たち、美女ばかり。粒ぞろい。
 なかには、気立てよしと、若い男たちがこぞって求める娘までいる。
 王子も王子で、絶世の美女好きだというからたちが悪い。
「ねえ、今日はどのお店でお茶にする? 王子様」
 王子に寄り添い、娘の一人がそう言うと、続けて他の娘たちもそれぞれ言い合う。
「わたし、橋の向こうにいいお店を見つけたの。ねえ、みんな、そこにしない?」
「あ、そこ、わたしも知っているわ。いいわよね、あそこ」
「それじゃあ、そこに決定ね!」
 そして、そう時間を要さないうちに決定づけられていた。
 いつのまにこんなに大所帯になっていたのだろう、王子のまわりには両の手ではたりないほどの娘たちがいる。
 どこからともなく集まってきた娘たちは、皆それぞれ黄色い声で楽しそうに語り合う。
 そんな娘たちを、王子は愛しむように目を細め、一人一人見ている。
 時にばっちり目が合う娘がいると、にっこりと極上の笑みを落とす。
 すると娘も、嬉しそうにはにかむ。
 無理もないだろう。
 王子は、眉目秀麗、頭脳明晰、それでいて運動神経抜群とうたわれている。
 そんな一見完璧な王子なのに、身分など関係なく、誰にでも愛想よく気軽に接する。ただし、女性限定。
 女性ならば、老若は問わない。
 どうやら、その辺りが、若い娘たちがかまう要因なのかもしれない。これほど寄る理由なのかもしれない。
 そこに王子がいるだけで、娘たちは楽しそうに笑う。
 けれど、そんな様子は、娘の親たちからするとたまったものではない。はらはらどきどきしっぱなし。
 間違って手でもつけられたら……想像するだけで、おぞましい。
「嗚呼、あの王子は、まったく。またやっているね」
「まあ、仕方がないよ。放っておこう。とりあえず、害はないようだから」
 野菜売りのおばさんと、それを買いに来たおばさんが、前の通りを通っていく王子様ご一行をながめながら、そんな世間話をしている。
 するとそこへ、目くじらをたてた親父が口をはさむ。
「馬鹿! お前たちは何を言っているんだ。あの王子は一見まともそうだけれど、手の施しようがない女好きと有名じゃないか! 遊ばれて捨てられるのがおちだ! しかも、あの噂にはまだ続きがあるだろう!」
「そ、そういえば……っ!」
 親父の言葉に、おばさん二人はさあと顔色を青くする。
 そんなおじさんおばさんの会話などどこ吹く風、王子様は今日も元気に街を行く。
 まわりに若い娘たちをはべらせて。
 彼女たちはみんなにこにこ笑って、とても楽しそう。
 それでも、王子様が民に受け入れられないのは何故だろう?
 それは、決まっている。
 王子様が特殊な性質の持ち主だから。
 その唯一の欠点さえなければ、民たちもこんなにひやひやしたりしない。


 このクロンウォールという国は、商業を中心とした商業大国とうたわれている。
 世界のいたるところから隊商がやって来て、交易がなされている。
 もしかしたら、世界で一二を争う程度に富める国かもしれない。
 何しろここは、世界の中心グリーエデン島のお膝元なだけあり、世界中から豊富な物資が運ばれてきて交易がなされているのだから。
 そんなクロンウォールの首都の街を、ばたばたと乱暴に駆ける兵の姿がある。
 その制服から、恐らく、城下を護る警邏兵だろう。
「本当、近頃は物騒な世の中になったものだねえ」
 通りを駆けていく兵たちを顔をしかめつつ見て、井戸端会議をしていたおばさんがため息まじりにつぶやいた。
「どういうこと?」
 すると、ちょうど家から出てきたばかりの若い娘が首をかしげて問う。
「おや? アメリアは知らないのかい? リリス、その辺りのことをちゃんと教えておいてやらないと危ないよ。アメリアはおひとよしだから、いつ誰に騙されるともしれないよ」
 娘――アメリアに気づき、おばさんは世間話を楽しんでいたリリスにそう忠告する。
 リリスはおばさんと違い、まだ若い。少女というには年をとっているけれど、おばさんというには若すぎる。
 この国では一般的な茶色の髪を、綺麗にひとつに束ねたその姿が、どことなく艶めかしくもある。いちばん色気を帯びる年頃だろう。
 リリスは困ったように首をかしげ、ふうとため息をもらした。
「わかっているよ。でもまさか、ここまで世情にうとかったとはねえ」
「うとくなんてないよ。わたし、ちゃんと知っているもの、王子様の噂くらい」
 アメリアはむうと頬をふくらませ、抗議してみせる。
 世情――城下で出まわっているその噂くらい、いくらのんびりしているアメリアだってちゃんと知っている。
 それを知らなかったら、よほどのもぐりだろう。この城下で暮らしているとは言えない。
「って、わかっていないよ、このこはまったく……。今はその話をしているんじゃないよ」
「え? そ、そうなの?」
 すぐさまリリスに否定され、アメリアはおたおた慌てだす。
「そう、近頃、おかしな輩が増えているという話さ。さっき、警邏兵が血相を変えて駆けて行ったようにね。たいていはよそ者で、裏で何かよくないことをしているっていう噂だよ」
「なかには、何かの中毒症状らしいものを発症している者もいるという話だよ。本当、嫌な世の中だよねえ」
「本当に、クロンウォールは平和な国だと思っていたのに」
 リリスとおばさんは、ちんぷんかんぷんと首をかしげるアメリアそっちのけで、再び井戸端会議をはじめる。
 普段なら、アメリアはそれがはじまるとさささっと逃げるところだけれど、今日の会話の内容はどうも捨て置けない。
 だって、この街の平和が脅かされているような内容なのだから、捨て置いてはいけないだろう。
 いつ何時、アメリアにも災いが降りかかるともしれない。
 何より、アメリアはこの平和な街が好き。それが壊されそうになっているという話を聞いたら、いつものようには逃げ出せない。
「でもまあ、そのためだろう、こう警邏が多くなったのは。王様はちゃんと見ているんだね。わたしたちが気づくより先に、動いてくれていたようだから」
「そうそう、先代の王様も素晴らしい方だったけれど、今の王様はそれ以上に切れ者らしいしねえ」
「どこかの王子様と違って」
「ああ、どこかの王子様と違って」
 リリスとおばさんは、弾みをつけて一気にそう言い合う。
 それから、あはははと声を上げて笑い出す。
 この街の平和について話していたはずなのに、いつの間にか話題はどこかの王子様に変わっている。
 それくらい、今の城下では王子様の噂話が流行っているということだろう。
 街を行けば、日に一度は必ず、王子様の噂に出くわす。


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update:09/03/15