お針子の娘
fake〜うそっこ王子〜

 いよいよ王子様の話題が本格的になりそうと判断し、アメリアはこっそりこの場を去ろうとリリスとおばさんに背を向けた。
 すると、逃げようとするアメリアをめざとく見つけたリリスが、きっと表情をひきしめた。
「まあ、それはともかく、アメリア。決して、王子様を見かけても目を合わせちゃいけないよ。近頃、ますます城下でよく見かけるようになったからね。そのたびに、若い娘をたぶらかしているという話だよ」
 リリスはアメリアの腕をぐいっと引き、顔を近づけ迫る。
 その迫力に気おされそうになるのを必死にたえ、アメリアは平静を装う。
 普通にしているはずなのに、どうしてリリスはこんなに迫力があるのだろうと、アメリアは小さくこくりとのどを鳴らす。
「ふーん。でも、王子様って、そんなに素敵な人なの?」
「その逆だよ。とんでもないちゃらんぽらん。兄上の王様がかばってくださっているおかげで、国を追放されずにすんでいるという噂だよ。まったく、とんだ厄介者だね。若い娘とみたらすぐに手を出すとてつもない女好きだし。迷惑きわまりないよ」
 リリスは、ここぞとばかりに王子に対する不満をぶちまける。
 普通なら、こういうことを堂々と言えば不敬罪にでもなるところだろうけれど、この国では、いやこの国の王子に関してだけはそれはあてはまらない。
 何しろ、王子の悪口を言う者をかたっぱしから捕まえようとしたら、何年かかるかわからない、国民のほぼ全てを捕まえなければならない程度に、みんな当たり前のように言っているのだから。
 むしろ、王子の噂話が、近頃城下の親交手段となっている。王子の話をすれば、一致団結し自然盛り上がる。
「でもねえ、たしかに見てくれだけはいいんだよねえ」
 嫌悪感をあからさまにするリリスの横で、おばさんがしみじみつぶやいた。
「ちょっと、マリサ。アメリアに変なことを吹き込まないでよ」
 即座に、リリスがおばさん――マリサをじろっと見て不満を唱える。
「だって事実だろう? 茶色の髪に淡い青色の瞳。その瞳に見つめられると、吸い込まれそうになるという話だよ。……まあ、それに、噂によると、頭脳明晰、それでいて運動神経も抜群らしいしねえ。でも、それらすべてをそのちゃらんぽらんぶりがぶち壊している。あの性癖さえなければ、売れ残ることもないという話だよ。どこまで本当かはわからないけれどね」
 マリサが一気にそう言うと、リリスは悔しそうに歯噛みする。
 どうやら、その噂も城下に流れているということには違いないらしい。
 たしかに、マリサの言う通り、見てくれだけはいいらしい。
 ただ、問題はそれ。唯一の欠点。
 それだけそろっていればひとつくらい……と目をつぶれるような生ぬるいものではないだけにたちが悪い。
「な、なんかすごい人なんだね、王子様って」
 今さらながらにそれに気づいたのか、アメリアはしみじみつぶやく。
 噂が流れていることは知っていても、アメリアはあまり興味を持っていなかった。
 だから、それほど詳しくは知らなかった。
 けれど、よくよく聞いてみると、一体どんな人なのだろうと、違う意味で興味がでてきてしまう。
 だからといって、これ以上王子のことを知りたいとも思えない。
 だって、結局どう逆立ちしたって、アメリアには雲の上の人、関わることなんてないのだから。
 ……奇跡でも起こらない限り。
 この先関わることのない人の話を聞いたって、意味がない。
 それに、人のことをあれやこれやと本人以外の人から聞くのは、アメリアはなんだか罪悪感を覚える。
「ああ、だから、アメリアも気をつけておくんだよ。あんたはこんなにかわいいんだから」
 王子の噂に圧倒されるアメリアをぎゅっと抱きしめ、マリサはすりすりと頬をすり寄せる。
「や、やだ、マリサさん、お世辞はやめてよ。恥ずかしいよ」
 マリサのふくよかな胸の中で、必死に窒息死だけはさけるようにアメリアが小さく抗う。
 けれど、かまわず、マリサはさらにアメリアを抱きしめる。
「んー。本当にかわいいこだねー」
「当たり前よ。何しろ、わたしの自慢の姪だからね」
 マリサの横で、リリスが得意げに胸を張る。
 窒息死がかかった戦いを繰り広げているというのにさっぱり助けようとしないリリスを恨めしそうに見ながら、アメリアはどうにか「よいしょ、うんしょ」とマリサの胸の中からはいでる。
 大きく息をはきだし、胸をなでおろす。
 それから、ぴんと背筋をのばし気持ちをあらためる。
「それじゃあ、わたしはそろそろ行くね。ゲイルさんのところにこれを届けに行かなきゃ」
 腕にかけたかごを示し、アメリアはどことなくぎこちなくにっこり笑う。
 まだ命がけの戦いの余韻が残っているらしい。
「ああ、気をつけて行っておいで」
 リリスがアメリアの背をぽんとうち、こくんとうなずく。
「うん、それじゃあ、行ってきまーす!」
 アメリアはすっと振り返り、ぶんぶん手を振って、元気よく駆けていく。
 それを、リリスたちが微笑ましそうに見送っている。
 素焼き煉瓦作りの通りを、アメリアはかろやかに駆ける。
 お日様は上ってきたばかり。
 空は青く広がっている。
 今日も一日、いいお天気になりそう。
「アメリアー! 時間がとれたら、またうちの子の膝っ子増をつくろってくれないかい?」
 アメリアが通りを駆けていると、肉きり包丁を振りまわし、肉屋の店主がひょいっと姿をあらわした。
 それに気づき、アメリアは走る速度を少し落とし、片手をあげぶんぶん振る。
「うん、わかった。今からゲイルさんのお店にこれをおさめに行ってくるから、終わったら寄るねー!」
「ああ、待っているよ。アメリアは、城下一のお針子だからね」
 そう言って、再び店の奥へ店主が引っ込んでいく。
 アメリアは、はにかみ、もじもじと照れてみせる。
 けれど、店主の姿が見えなくなると、誰にも気づかれないように小さく顔を曇らせた。
 ここは城下の主要な通り。
 道を行きかう人々はたくさんいる。
 もちろん、そのなかにはアメリアの顔見知りだっているから、そんな景気が悪い顔なんて見せられない。
 アメリアが城下一のお針子などであるはずがない。
 それは、お世辞、社交辞令ということくらい、アメリアもよくわかっている。
 わかっているから、店主の前では笑ってみせても、心はちっともうかない。
 この城下には、貴族に仕立物をおさめる洋品店お抱えの、それこそ目を見張るような美しい衣装を仕立てるお針子がそれなりにいる。王族お気に入りのお針子だっている。
 そのお針子たちをさしおいて、庶民のために庶民の服を縫っているアメリアが、城下一になどなるはずがない。比べることからして失礼。
 ささやかだけれど、生きていけるだけの糧が得られているので、アメリアはそれで十分満足している。
 多くは望まない。高望みはしない。
 それが、どんなにむなしいことかアメリアは知っているから。
 望めば望んだだけ、それが果たされなかった時の辛さを知っている。
 上には上がいるのだから、どんなに望んだってつきることがない。
 ささやかな望みすらかなわないのに、どうしてそんなに大きな望みがかなうことがあるだろう。
 ならば、自分が満足できる地点に到達したら、それでいいではないか。
 だからといって、切磋琢磨しないとは言っていない。
 現状維持だって、それはそれでかなりの労力と努力を要する。
 アメリアが望むささやかなそれは、日々安穏に暮らしていくことだけ。それだけでいい。
 世の中にはどんなに望んでも手に入れられないものがあることを身をもって知っているから、身に余るものは望んだりしない。
 あの時、どんなに望んでも、両親はアメリアのもとへ帰ってきてはくれなかった。去って行ってしまった。
 二度と会えない、次の世へ。
 だから、多くは望まない。
 今はただ、このおだやかな時間がずっとずっと続いていけばいい。それが、アメリアの望み。
 ぐいっと顔をあげ広がる青空を見て、アメリアは自らを奮い立たせ、再び駆け出した。
 今はとにかく、仕立てたばかりのこの服を、ゲイルの店へ届けることだけを考えていればいい。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:09/03/24