きっと嫌いじゃない
fake〜うそっこ王子〜

 これは、一体何事だろう?
 ゲイルの店へ仕立物を届け、肉屋の息子の繕いものをすませた帰り道、アメリアはばったりとそれに行き当たってしまった。
 間違いなく良家の子息に見える青年が、そうとは思えない言動をしている。
「いってーっ!」
 粗野な叫びを上げ、民家の外塀の柵にひっかけたマントをぐいぐい引っ張っている。
 そうかと思うと、それはぱっと柵からはなれ、どてんとその場に尻もちをつく。
 見ると、マントはびりびりに裂け、服の裾まで破れてしまっている。
 なんという間抜けっぷりだろう。明らかに思慮に欠けている。
 アメリアが知る限り、こんなに間抜けな良家の子息は見たことがない。
 街を行く良家の子息たちは、みんな颯爽としていて自信たっぷりに歩いていた。
 その間抜けな子息は無意味に大きな素振りをして叫んだりしているから、アメリアの目はどうしてもそっちへひかれてしまう。
 本当に、見れば見るほど、なんと間抜けなことか。
 行きかう人々も、あえて視線を向けないようにしている。
 アメリアもそんな人々に倣おうとしたけれど、どうにもその気にはなれない。
 だって、こんなことになってしまった原因を、アメリアは目撃してしまっていたから。
 暴走馬車を慌ててよけ、そのため、普通ならひっかけることがないものを、ひっかけることがないところにひっかけてしまった。
 それで間抜けというのは、さすがに少々気の毒かもしれない。
 彼は、見事なその反射神経によって命拾いしたのだから。これは、不幸中の幸いだろう。
 ただし、その後が間違いなく間抜けだけれど。
 ただぽけっと眺めているアメリアの前で、青年がまたしても珍妙な雄叫びを上げた。
「うおっ!? げっ、やっちまった! またフィーナちゃんに蔑まれクレイにどやされるー!」
 青年はびりびりに裂けたマントを握り締め、がばっと頭を抱える。
 気の毒そうに青年を眺めていたアメリアが、ふと今腕にかかっているかごの中の針仕事道具の存在に気づいた。
 気づいてしまったら、もういてもたってもいられない。おせっかい心がうずく。
 やっぱり、お針子のはしくれとしては、つくろってあげるべきだろうか?
 相手は良家の子息。普段、アメリアが仕事をしている相手とは違うけれど、つくろうくらいならば……。
「大丈夫?」
 そう思うと同時に、アメリアは地面に座り込み嘆く青年に歩み寄り、声をかけていた。
「え?」
 青年はきょとんとした様子で、アメリアを見上げる。
「それ、つくろおうか?」
「え? あ、うん。あ、そうか。君、お針子か」
 アメリアがおずおずとそう言うと、青年はぱっと顔をはなやがせた。
 青年の指は、アメリアが持つかごをさしている。
 その仕草が、おせっかいを申し出たアメリアに救いをもたらす。
 どくばくいっていた胸が、安心し凪ぐ。勇気を出してもよかったんだと。
 下手をすれば、相手が良家の子息だけあり、激怒されていた可能性も否定できない。
 少し考えるように首をかしげ、青年はにかっと微笑んだ。
「じゃあ、お願いできる?」
「うん」
 アメリアが安堵に微笑みうなずくと、青年はふわりと大きく翻しマントをはずした。
 いかにも良家の子息らしく洗練された一連の動作に、アメリアは思わず見とれてしまっていた。
 先ほどの間抜けっぷりとは、似ても似つかない。
 きっと、こういう男性を王子様≠ニいうのだろう。
 この国の本当の王子様には、なんだか不名誉な噂ばかりがつきまとっているけれど、目の前の青年こそが王子様≠ニいう言葉にふさわしいのかもしれない。
 何気ない所作ひとつで、アメリアはこんなにどきどきするのだから。
 青年からマントを受け取りつくろう手を、アメリアはふととめた。
 よくよく見ると、マントの裾に何か赤黒いしみができている。
「え……? これって……」
 アメリアはその正体にはっと気づき、思わずそうつぶやいていた。
 顔を険しくゆがめるアメリアには気づかずに、青年がアメリアの顔を不思議そうにのぞき込む。
「ところで、どうしてつくろってくれる気になったの?」
「え……?」
 アメリアは、迫ってきた青年の顔をさけるように思わずのけぞっていた。
 それから小さく深呼吸をし、どくどくいう胸を落ち着かせると、手をとめ、青年を見る。
 青年は地面にべったり座り込み、じいとアメリアを見ている。
 アメリアは思わず、ふいっと顔をそらしてしまった。
 頬がほんのり熱い。
「べ、別に、困っているようだったから。わたしみたいな庶民のものしか扱わないお針子じゃあ、あなたのような人には失礼かとも思ったけれど、応急処置としてはいいかなって」
「面白いこと言うなあー」
 あははと笑い、青年は感心したようにうんうんうなずく。
「面白い?」
「うん、面白い。君みたいな娘、はじめてだよ。――ねえ、ところでやっぱり、俺のことが気になるということは、もしかして一目ぼれしちゃったとか?」
 くすくす笑いながら、青年はからかいがちにアメリアの顔をのぞき込む。
 ――前言撤回。
 この青年にも王子様≠ニいう言葉は似合わない。まったく似合わない。
 その見た目と違って、すごく軽い男。
 軽薄ではないようだけれど、何というか……とにかく軽い。女に軽い。言動が軽い。
 人は見た目によらないというけれど、本当にそうらしい。
 先ほどのどきどきをアメリアに返せ。
 アメリアはふうと深くため息をもらすと、
「まったくない」
さらりと、きっぱり否定した。
 瞬間、青年はがっくり肩を落とすふりをして、すぐに顔をあげてにこにこ笑う。
 どうやら、思いのほかこの青年は軽かったらしい。
 そして、鋼のように頑強な――図太い神経の持ち主らしい。あるいは、ふられ慣れているとか?
 今さらだけれど、かかわらない方がよかったのかもしれないと、アメリアは後悔しはじめていた。
 けれど、呆れるアメリアにかまわず、何がそんなに面白いのか、青年はお腹をかかえあはははと笑っている。
 アメリアはもう一度ため息をもらした。
 そして、マントをつくろい終わり糸を切ると、すっと手を差し出した。
「そっちも」
「ん?」
 青年はぴたりと笑いをやめ、くいっと首をかしげる。
「上着の裾も破れているよ」
「ああ、そうか。こっちは気づかなかったや」
 アメリアが指差す場所を見て、青年はこくんとうなずく。
 そして、よこせと言わんばかりにひらひら動くアメリアの手を見て、ふっと頬をゆるめた。
 かと思うと、勢いよく上着をがばりと脱ぐ。
 瞬間、アメリアは思わず目を見開いていた。
 脱いだ上着の下には、白く薄いシャツが一枚。
 予想外に引き締まった胸が、おしげもなく透けて見えている。
 一見優男だけれど、案外しっかり鍛えているよう。
 透ける素肌で、アメリアはふとそう思った。
 そして、次の瞬間、はっと気づき、ばっと目をそらした。
 それから、乱暴に上着を奪い取り、慌てたように破れをつくろいはじめる。
 思わず、青年の胸元に見とれてしまっていた自分に気づき、アメリアはどうしようもない恥ずかしさに襲われた。
 なんてはしたないことをして、思ってしまったのだろう。
 男の人のこんなあられもない姿に、どきんと胸を鳴らせるなんて。見とれるなんて。あまつさえ、綺麗と思ってしまうなんて。
 本当、はしたない。破廉恥。
 だけど、やたらきらきらした派手なお兄さんというのは変わらない事実だろう。
 だって、アメリアが青年を見つけた時も、そのきらきらしたものに引かれて、それで思わず目がいってみてしまっていたのだから。
 だけど、その後「また%{られるー!」と叫んでいたから、アメリアに人見知りという壁をくずさせた。
 見た目は派手でいかにも格好をつけているふうなのに、なんてどじっこなのだろうとおかしくなってしまった。
 そう思うと、思わずくすりと笑い、アメリアは手を差しのべていた。
 羞恥と動揺が明らかなアメリアの様子に、横で青年がくすくす笑っている。
 笑いをこらえようとしているけれど、ちっともこらえきれていない。
 アメリアの顔は、ますます恥ずかしさで赤くなっていく。
「はい、終わったよ」
 すうはあと大きく深呼吸をして、何事もなかったように装い、アメリアは青年につくろい終わった上着を押しやる。
 青年はそれを受け取ると、まじまじと見つめる。
「ありがとう! うおっ、すっごい! 破れたところがわからないよ。まるで魔法みたいだな」
「そ、そんなことないよ」
「いや、本当にすごいって。俺じゃあ絶対に無理。まあ、もともと針仕事からして無理だけれどな?」
 うきうきとした様子で上着をはおり、青年は妙にまじめにそう答えた。
 アメリアは思わず、ぽかんと青年を見つめる。
 やっぱり、青年は見た目との差が激しい。
 見た目からしたら絶対に言いそうにないことをさらっと、さもそれが当たり前のように言う。
 男の人なのに、なんて素直なのだろう。
 アメリアは、ぼんやりそう思った。
 なんだかわからないけれど、この統一性のない青年が、アメリアはきっと嫌いじゃない、そう感じる。


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update:09/04/04