花の髪飾り
fake〜うそっこ王子〜

 上着を着てマントをはおり終わった青年が、びくんと体をゆらした。
 そして、がばっと下を向く。
 それにつられ、アメリアもそちらへ視線を移すと、そこには青年のマントをくいくい引く、花売りの少女が立っていた。
 小さな腕にいっぱいの花が入ったかごを抱えている。
「おはな、かってください」
 少女はそう言うと、訴えるようにじいと青年を見つめる。
「え? ああ、そうだなあ……」
 青年は花売りの少女の不意打ちに面食らったようで、動作がどこかぎこちない。
 けれど、ふと思案するように動きをとめた。
 それから、いくらもしないうちに、青年は太陽のようにあかるい笑みを浮かべた。
「じゃあ、それ、そのクロリーヌを一輪くれるかい?」
 少女が持つ色とりどりの花かごの中で、ひとつだけ白い花を指差す。
 真っ白くて小さな八重の花が、身を寄せ合うように咲いている。
 白く小さく、決して自らを主張するような花ではないけれど、何故だか目をひかれる。
 青年の言葉に、少女のそれまでの不安げな顔が嘘のようにぱっとはなやいだ。
「おにいさん、ありがとう!」
 青年は少女に硬貨を渡し花を一輪受け取ると、そのままアメリアへ向き直った。
 不思議そうに首をかしげるアメリアの髪へ、花を持った手がのびていく。
「……はい」
 それから、青年がそう言うと同時に、その花はアメリアの髪にささっていた。
 目を見開き見つめるアメリアに、青年はどことなく恥ずかしそうに微笑を浮かべる。
「こんなのだけれど、これのお礼な」
 青年は、マントをつんつん指して示して見せる。
 アメリアは青年の意図するものを悟り、にっこり笑う。
 そして、髪にささる白い花にそっと手を触れた時だった。
 遠くの方で女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、向こうの方から男が一人、慌てて駆けて来た。
 かと思うと、すれ違い様、「おねえさん、きれいね」とにこにこ笑う花売りの少女を突き飛ばし、アメリアにぶつかった。
「ガキ! 気をつけろ!」
 そう吐き捨て、駆けて来た男はそのまままた駆けて行こうとする。
 けれど、次の瞬間、男はその場にどでんと頭から無様に倒れこんだ。
 何事かと見ると、ちょうど倒れた男の足元から、すっと引いていく青年の足があった。
 アメリアはばっと青年へ振り返り、確認するようにまじまじ見つめる。
「貴様、何しやがる!」
 アメリアの予想はあたっていたらしく、倒れた男は勢いよく立ち上がると、青年へつっかかっていく。
 アメリアは花売りの少女を助け起こし、そのまま守るようにぎゅっと抱きしめる。
 青年の胸倉がつかまれるかというすんでのところで、男の手がぴたりと止まった。
 男ののどもとに、鞘にしまったままの剣を青年が押し当てていた。
 そして、一瞬の出来事に動きを失ってしまった男の胸の内へ青年はすっと手を入れ、そのまま引き抜いてくる。
 出てきた青年の手には、女性ものの巾着形の財布が持たれていた。
 まだ若い男が持つ財布とは、とうてい思えない。不自然。
 青年は妙に清々しくにっこり笑う。
「これ、なーんだ?」
「く、くそっ!」
 それだけで青年が何を言わんとしているのかわかったのだろう、男は乱暴に剣を振り払いそのまま逃げようとする。
「ちょっと待った」
「な、何だよ、まだ文句があるのかよ!」
 呼び止める青年に、男は妙に律儀に答える。
 自らの犯罪をあっさりあばかれ、男はかなり動揺しているらしい。
「まだあるだろう、全部出していきなよ」
「い、いいがかりかよ!」
「出すよね?」
 あたふたと逃げようとする男へ迫り、青年ははやりにっこり笑う。
 同時に、抜き身の剣を男の胸にぴんと突きつけていた。
 瞬間、男の顔は蒼白になり、けれどすぐに真っ赤に染まった。
「ちっくしょー!!」
 そう叫び、どこからともなく取り出してきたものを地面にばしんとたたきつける。
 花売りの少女をかばうように抱きしめ成り行きを見守っていたアメリアが、思わず小さく声をもらした。
「あ……っ!」
 地面にたたきつけられたもののうちのひとつに、アメリアはとても見覚えがある。
 見覚えがあるに決まっている。だって、それは、アメリアの財布……。
 アメリアは勢いよく顔を上げ、男を締め上げる青年を見つめる。
 まっすぐに男を見据える青年のその横顔に、アメリアは財布を拾い上げることも忘れ、思わず見入ってしまっていた。
 もう傾きかけた陽が注ぐその姿、明るい茶色の髪と淡い青の瞳の、なんと凛々しいことか。
 まるで、伝説の青年を描いた絵画を見ているようにすら思えてくる。
 そう、いつだったか聖堂の壁画で見た、この世界を救った一人の英雄のようにすら見える。
 ぼんやりと青年を見るアメリアの耳に、乱暴に駆ける足音が聞こえてきて、その幻のような光景はぱちんとはじけ飛び消えた。
 はっとして振り返ると、男が駆けて来た方から警邏の兵がやって来ていた。
 青年もそれに気づいたようで、強張っていた顔をぱっとゆるめた。
「ああ、ちょうどいいところに」
 やって来た警邏の一人に、青年は締め上げる男をぽーんと放り投げる。
 警邏兵はいきなり男を放り投げられ嫌な顔をしたけれど、青年の姿を認めるとぎょっと目を見開き、一瞬動きをにぶらせた。
 そして、わたわたと慌てて男を逃がさないようにしっかり捕まえなおす。
「それ、あげる。すりの現行犯ね」
「え? あ、は、はい!」
 たわいなくけろっとさらっと言い放つ青年に、警邏兵はやはり慌てて返事をする。
 まさか、一般人がすりを捕まえているとは思っていなかったのだろう。警邏兵はこの状況にまだいまいちついてきていないよう。
 けれど、それでもどうにか頭を整理して、くらいついてきているらしい。
 遅れて、その制服から警邏隊長だろう兵がやって来た。
 青年とぴたりと目が会うと、警邏隊長はぴしっと姿勢をただし敬礼をしようとする。
 それをさえぎるように、青年は落ちていた財布を拾い上げ、ひとつを残しあとは兵へ向けぽいっと放り投げた。
 警邏隊長が慌てて投げられたものを受け取る。
 一度に全部投げるものだから四散したけれど、どうにかひとつも落とさずに受け取れたよう。
 さすがは警邏隊長。だてに城下の警邏兵をまとめていない。
「それ、あちらのかわいらしいお姉さんに返してあげて」
 青年がそう言って示したところには、顔を真っ青にした老女が荒い息をしながらやって来ていた。
 警邏隊長はその姿を確認すると、こくりとうなずく。
「承知しました。ご協力感謝します。キオ――」
「別にー。たいしたことないよ」
 警邏隊長の言葉をさえぎって、青年はあっけらかんと言うと、にっこり笑う。
 それから、警邏の姿を見てようやく安心してアメリアの腕の中からでてきた花売りの少女の頭を、ぽんと優しくなでた。
「もう遅いからお帰り。ここの警邏のおにいさん、好きなの一人連れていっていいから」
 青年は、それがさも当たり前かのように警邏兵を差し出す。
 花売りの少女はその言葉通り、好みの兵でも見つけたのだろう、迷うことなくいちばん若い警邏兵の腕を引き、素直に帰っていく。
 「ばいばーい」と、青年に手を振りながら。
 青年も「ばいばーい」とぶんぶん手を振り返している。
 警邏兵たちも老女をつれて、青年に言われるままぞろぞろとこの場から去っていく。
 それを確認して、青年はアメリアにくるりと向き直った。
「ごめんね、怖い思いをしただろう?」
 申し訳なさそうに眉尻を下げる青年に、アメリアはぶんぶん首をふる。
「ううん、大丈夫。それに、あなたが助けてくれたから」
「そっか、よかった。はい、じゃあこれ」
 不安そうな顔をぱっと嬉しそうにはなやがせ、青年はアメリアの手をとると、そこに財布をのせた。
 それは、先ほど警邏隊長に渡さなかったひとつの財布。――アメリアの財布。
「ありがとう」
 アメリアは青年から財布を受け取ると、今度はすられてなるものかと、裁縫道具を入れたかごの奥へ奥へと押し込む。
 その姿を横目で見てくすりと小さく笑い、青年は抜き身の剣を鞘へ戻していく。
 瞬間、青年の顔からさあと血の気が引いた。
「な、ない……っ!?」
 それから、アメリアに聞こえない程度の小さな声でそう叫ぶと、ばっと地面に視線を落とした。
 まるで挙動不審者のように、あちらこちらを勢いよく見まわす。
 けれど、なかなか目的が達成できないようで、青年は本格的に慌てだした。
 両手を胸の前でぎゅっと握り締め、乙女のようにぷるるっと体を震わせる。
「ど、どうしよう。フィーナちゃんに殺される〜」
 アメリアはまだ、かごの奥へ奥へ財布を押し込んでいて、青年の情けないそんな言動には気づいていない。
 それから、ようやく満足したのかかごの中から手を取り出してきて、ぶるぶる震える青年の肩をぽんとたたいた。
「あなたってすごいね。格好よかったよ」
「……え!?」
 満面の笑みでさらっともたらされたアメリアのその言葉に、青年は目を見開いてかあと頬を赤くする。
 聞きなれないのだろうか、その言葉にとっても照れているように見える。
 青年には、先ほどまでの慌てふためき恐怖におののいたような姿はもうどこにもない。
 ただ、顔を赤くしてもじもじ恥らっているだけ。
 それを見て、アメリアはまたくすりと笑う。
 やっぱり、アメリアはこの青年が嫌いじゃない。


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update:09/04/11