心優しき乙女
fake〜うそっこ王子〜

「おや? アメリア、おかえり。なんか嬉しそうな顔をしているね」
 アメリアが玄関の扉を開け家に入るやいなや、夕食の支度をすませたリリスがそう声をかけた。
「ただいま、……って、ええ!?」
 アメリアはいきなりのその言葉に、目を見開き驚く。
 それから、何かはわからないけれど何かを隠すように、自分の心を誤魔化すように、何事もなかったように装い、裁縫道具が入ったかごをいつもの場所に置きに行く。
 アメリアがお針子仕事をする作業台にかごを置くと、そこにある対になった腕輪にそっと触れた。
 この国には、そろいの対の腕輪は愛の証として夫婦がひとつずつ持つ風習が庶民の間にある。
 その横にはともに、ロケットペンダントが置かれてある。
 誕生にアメリアが母に送って、そしてあの時父が最期ににぎりしめていた。
 そして、ロケットは決して開くことはない。
 アメリアも何度も挑戦してみたけれど結局開かず、今ではほとんどあきらめている。
 それらは、三ヶ月前になくなったアメリアの両親の形見。
 その時から、アメリアは母の妹のリリスの世話になっている。
「それに、その花。どうしたんだい?」
 食卓の上に、野菜を豪快に放り込み煮込んだスープの器を置き、リリスはアメリアの髪を指差しにやっと笑う。
 スープから、ほわほわと白い湯気があがっている。おいしそうな匂いが、ぷーんとアメリアの鼻をつく。
「た、ただのクロリーヌじゃない」
 アメリアは思わずぷいっと顔をそらした。
 なんだか、耳がとっても熱いような気がする。
 そう感じ、両耳を手でばっとおさえる。
 ちょっとだけ、手がひんやりして気持ちいい。
 ということは、アメリアの気のせいなどではなく、間違いなく耳は真っ赤になっているのだろう。
 これでは、顔をそらして頬のほてりを誤魔化したって意味がない。
 もちろん、リリスがアメリアのその反応を見逃しているはずがなかった。
「へえ、ただのねえ……。心優しき乙女なんて異名を持つ、この国の国花じゃないか、それ」
 リリスは、椅子を引きそこに腰かける。
 食卓に片肘をついてその上に顔をのせ、やはりにやにやとアメリアを見る。
「うん、そうだけれど、だから……?」
 びんびん感じるリリスの視線にびくびくしながら、アメリアは懸命に平静を装う。
 ここまでくればもうばればれなのに、それでも最後の最後まであきらめず誤魔化すことを考える。
 だって、リリスに屈服してしまったその後の惨状を、アメリアはめまいがするほどよく分かっているから。
 間違いなく、遊ばれる。
「んもうっ、まったく、あんたって娘は鈍いんだから。それ、男からもらったんだろう?」
 追い討ちをかけるように、リリスがあっさり核心をつく。
 それではさすがに、アメリアはもう平静を装うことができない。
 いや、まさかそこまで読まれているとは、アメリアは思っていなかったよう。
 思わずがばっと振り返り、まじまじとリリスを見つめる。
「ええ!? ど、どうしてわかったの!?」
「そんなものを贈るのは男って相場が決まっているんだよ。冴えない男が口説く時に使うありふれた小道具だよ」
「口説く……? それ、違うよ。服の破れをつくろったお礼にもらっただけ。それも、花売りの女の子にお願いされて買ったものだよ。それに、あの人は冴えなくなんてなかったよ。まあ、面白い人ではあったけれど」
 アメリアの顔から、すうとほてりが引いていく。
 たしかに、恐れていた方向へ事態は進みつつあるけれど、なんだかひっかかるものを感じて、それに動揺しているどころではなくなった。
 気づけば、アメリアは必死にあの青年をかばっていた。
 リリスに冴えない男呼ばわりされて、どことなくむっとしてしまった。
 ああ、ならば、そうなのだろう。アメリアがひっかかったのは、きっとそこなのだろう。
 あの人がアメリアに花をくれたのは、花売りの少女のついで――。
 いつもとは違うアメリアの反応に、リリスはもうからかうことをやめていた。
 リリスはにやにやした笑みを引っ込め、どことなく嬉しそうににっと笑う。
「ふーん。まあ、いいけれどねー。いいね、アメリア、男はちゃんと見極めるんだよ」
「だから、そういうのじゃないってば、リリスおばさん!」
 結局そこに結びつけられ、アメリアは力いっぱい否定した。
 本当に、アメリアがあの青年に感じたものは、そんなのじゃない。
 ただ純粋に、面白い人だなって、嫌いじゃないなって思っただけ。
 そういう色恋沙汰に関する思いでは決してない。人としてという意味でのもの。
 アメリアはぷうと頬をふくらませ、くるんと体を翻しリリスに背を向け、そのまま自分の部屋へ逃げ込む。
 ばたんと多少乱暴にしめた扉に背をあずけ、アメリアはきゅっと唇をかむ。
 しばらくそうしていたかと思うと、おもむろに服の胸元から首にさげた小さな巾着袋を出してくる。
 そして、その袋の中から紐のようなものをそっと取り出した。
 淡い緑の紐に星型の青い石、そして鈴がついている。
 それをきゅっと握り締め、そっと頬を寄せる。
 シャランと、涼やかな鈴の音が鳴る。
「わたしには、この紐の恩人さんがいるもの……。だから、そんなのじゃない」
 そう自分に言い聞かせるようにぽつりつぶやき、アメリアは首に下げた袋の中にそれを戻していく。
 これは、誰も知らないアメリアだけの秘密。


 床にじりっと額をこすりつけ、キオスは土下座している。
 それを見下ろす恐怖の大王――もとい、麗しの王妃、フィーナ。
 かたや永久凍土にでも放り込まれたようにがくがく震えているかと思えば、かたや岩漿(マグマ)よりも熱く煮えたぎっている。
 そんな真逆の環境を生み出している一室が、クロンウォール城内にある。
 憤るフィーナの横に、そっと寄り添い一人おだやかにぽわわんと微笑んでいる王クレイが、なんだか場違いのように見える。
「信じられませんわ。しつこくしつこく、それはもううんざりするほどしつこく欲しいと言うから、仕方なくほどこしてあげたというのに、このへっぽこ王子ときたらなくしたですって!?」
 床につくキオスの手のすぐ横を、フィーナのつんととがったヒールの足がだんと踏みつける。
 キオスは思わず「ひーっ」と悲鳴をもらし、手を引っ込めた。
 すると、フィーナの眉がぴくりと動き、「もう土下座は終わりですの?」と異様な圧力をかける。
 キオスは慌てて、また床に手をついた。
 仮にも、曲りなりにも、一国の王子に対してこのようなことができてしまうなんて、フィーナの権力はいよいよもって絶大なものになりつつあるよう。
「なくしたですめば、斬首台はいらないよね」
 クレイはにこやかに微笑んだまま、さわやかに言い切る。
 すると、フィーナは即座に相槌を打った。
「ええ、そうですわ。これは、万死に値する大罪ですわ」
 無慈悲に言い放たれたフィーナの言葉に、キオスは「い、命だけはお助けをー」と今度は命乞いをはじめる。
 クレイはため息をもらしながら、すぐ横にある椅子を引きそこに腰かけた。
 足を組み、蔑むようにキオスを見下ろす。
「フィーナからもらった星の騎士守りをなくすなんて、キオス、わたしが刀のさびにしてくれよう」
 クレイはさりげなくフィーナの腰を抱き寄せ、そのまま自分の膝の上に座らせる。
 けれど、もう一方の手はしっかり腰のものに添えられている辺り、あながちクレイのその言葉は脅しではないだろう。
 クレイは、やると言ったらやる男。
 星の騎士守りとは、フィーナの母国アルスティルの乙女に伝わる、大切な人に贈るお守り。
 そんな乙女の思いがたっぷりこめられたものをなくしたというのだから、怒られても仕方がないだろう。
「だ、だから、ごめんって。悪かった! 俺の不注意です!」
 ぱちんと音を鳴らし、キオスは顔の前で両手を合わせる。
 それから、ちらりと、顔色をうかがうようにクレイを見る。
 しかっているのはフィーナのはずなのに、キオスが恐れているのはクレイらしい。
「……なくすのはまあ、すっとこどっこいのキオス王子だから仕方ないとして、今まで気づかなかったなんて、本当におばかさんよねえ。一体いつからなかったの?」
 フィーナはキオスをすうと見下ろして、ゆったりとクレイの首に両腕をまわしていく。
 そして、クレイの首に顔をうずめる。
「そ、それは……。気づいたらなくなっていて……」
「ぐず、のろま、最低」
 おずおず答えるキオスに、フィーナはさっくりきっぱり言い放つ。
「うわーん。フィーナちゃん、ごめんよー!」
 キオスはそう叫びながら、フィーナの足元へすがりつきにいく。
 しかし、直前で、その顔に見事にフィーナのヒールがお見舞いされた。
 キオスは、べちょっとその場に倒れこむ。
「キオス王子のわたくしに対する気持ちって、その程度でしたのね。いいわ、今回のことでよーくわかりました」
「いやーん! クレイー、フィーナちゃんがいじめるよー!」
 しかし、キオスは学習能力がないのか諦めが悪いのか、むくりと起き上がり、再びフィーナにすがりつこうとする。
 すると今度は、クレイにげしっと蹴飛ばされ、ころんと背から倒れこむ。
「存分にいじめられていなさい。命をとられなかっただけ、フィーナの寛大な処置に感謝することだね」
 クレイはそう言うと、フィーナとともに、くすくすと意地悪く楽しそうに笑い出す。
 それから、フィーナを抱いたまま立ち上がり、フィーナと顔を近づけあい不敵に笑う。
 そうして、フィーナをお姫様だっこして、クレイは颯爽と去っていく。
 うちのめされうちひしがれるキオスを一人残して。
 つまりは、そういうことだろう。
 キオスが星の騎士守りをなくしたことについては、過ぎたことは仕方がないので、これといって怒ってはいない。
 いいねたが向こうからやってきたので、ここぞとばかりにからかい遊んでいるにすぎないのだろう。
 本当に、なんてたちが悪い二人なのだろう。
 けれど、狼狽しきっているキオスには、それに気づく余裕はない。いや、もとからそんなものはない。
 二人の後姿に向かって、キオスはすがるように叫ぶ。
「わーん。みーすーてーなーいーでー!!」
 しかし、その願いむなしく、フィーナとクレイに聞き届けられることはなかった。


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update:09/04/17