再会は突然に
fake〜うそっこ王子〜

 夕食の買い物を終え、アメリアは家路につくため大通りを歩いている。
 ごつごつした煉瓦を敷き詰めた通りは、少し歩きにくい。
 時々、煉瓦が欠けたり抜け落ちたりしていて、そこに足をとられ危ない。
 馬車が通りやすいようにと造られた道なので、文句はいえない。そして、馬車が通るから、煉瓦が敷き詰められた道もすぐに痛んでしまう。
 けれど、これも仕方がないと割り切るしかない。
 舗装していない土がむき出しの道では、このたくさんの人口を抱える城下ではかえって困る。
 人々が行きかうたび、馬車が通るたび、おびただしい砂埃に覆われてしまうから。
 だから、多少歩きにくたって、やっぱり煉瓦の道の方がだんぜんいい。
 この国は、世界中から隊商が集まってくるだけあり、よく整備され清掃もいきわたっている。
 ごみが落ちていることはめったにない。
 少し地方の国へ行けば、道の端に汚物が散乱しているのだって当たり前のところすらある。
 それを思えば、馬車の車輪でけずられた轍だって、抜け落ちた煉瓦だって我慢できる。
 今はがたがたの道でも、気づけば修繕されている。
 やはり、商業の中心となる国は、それなりのものを求められる。
 そのような醜態は、国の誇りにかけてさらせない。威信にかかわる。
 日が傾きかけた街を楽しみながら、アメリアがぽてぽて歩いていると、正面から何やらにぎやかな集団がやって来た。
 太陽に照らされ顔はよく見えないけれど、一人の男が数人の若い娘にかこまれている。
 アメリアはそれを気にするふうなく、ごくごく当たり前のように横を通りすぎていく。
 軟派男など、女を何人も連れた男など、別にこれといって珍しくない。かかわりたくない部類に入る。
 一瞥すらすることなく、その集団の横をアメリアがあっさり通りすぎた時だった。
「あ、ちょっと待った!」
 いきなり、集団の中心にいた男が叫ぶ声がして、アメリアの肩がぐいっとつかまれた。
 このタイミングからすると、アメリアを引きとめる男は軟派男でまず間違いないだろう。
 アメリアには引きとめられる覚えなどないから、訳がわからない。これまでに、軟派男にかかわった記憶もない。……最悪。
 アメリアは大きく体を揺らし、慌てて振り向く。
 すると、アメリアの肩をつかんでいたのは、昨日のクロリーヌの青年だった。
 これを逃せば後がないといったような、どこか慌てたような、切羽詰ったような節がある。
「え? あ、あなたは……!」
「そうそう、俺。覚えていてくれた?」
 とりまく若い娘たちをすっとかきわけ、その中から青年が出てくる。
「え? あ、うん。あの……?」
 よりにもよって、娘たちにかこまれている男が昨日の青年だったとは。
 まさか、いちばんかかわりたくない部類の男と昨日の青年が同一人物だったなんて、アメリアの胸がちくりと痛む。
 アメリアは、青年と娘たちを交互にちらっちらっと見る。
 すると青年は、はっと何かに気づいたように、こくんとうなずいた。
「ああ、そうか。――ごめん、みんな、今日はこれで解散してもいいかな?」
 そして、背後で様子をうかがっている娘たちに振り返り、そう尋ねた。
 娘たちは、肩をすくめて困ったふりをしてみたり、にっこり笑ってうなずいてみたりと、皆それぞれ思い思いの反応を青年に返す。
「仕様がないわねー」
「この埋め合わせは必ずしてくださいね」
 それから、娘たちはみなこころよく承諾する。
「了解。ごめんね、みんな」
 青年がそう言って微笑むと、娘たちは「いいのよ」と笑いながらそれぞれ手をふり去っていく。
 青年も手を振り返し、なんともあっさりわかれてしまった。
 アメリアはその様子を、ぽかんと口をあけ見ていた。
 普通、こういう場合は、娘たちはもっと嫌な顔をしたり、嫌味のひとつでも言ったりするものではないだろうか?
 だって、彼女たちは、どこからどうみてもとりまきのように見えたのだから。
 それなのに、このあっさりとした対応は何だろう?
 アメリアは狐につままれたような思いで、ちらっと青年を見た。
 すると青年は、アメリアににっこり微笑んでみせる。
 瞬間、アメリアの胸が、どくんと不可解な動きをした。
 同時に、なんだか胸いっぱいに広がるふわふわとした感じ。
 さっきちょっぴり痛んだ胸がどうでもよくなる。
 それまで一緒にいた娘たちとさよならしてアメリアを選んだことが、アメリアはなんだかちょっとだけ嬉しい。――優越感?
 しかも、迷うことなく。青年の方から声をかけ。
 それって、なんだか、アメリアが特別といわれているよう。
 そんなことがあるわけないのに。ただの思い上がりなのに。
 そう考えることだけで、きっと失礼になる。
 それでも、なんだか勘違いをしてしまいそうになる。
 きっと、青年は、アメリアは昨日会った相手だから、破れを繕い花のお礼をした相手だから、それでちょっと話かけたくなっただけだろう。
 知らぬ仲ではないので、だから……。
 そうに違いない。
 そこに、特別な感情も、他意なんてものもないに決まっている。
「あ、あの、よかったの……?」
 去っていく娘たちを見ながら、アメリアはちらりとだけ青年を見る。
 すると青年は、なんともあっけらかんとした顔で、あっさりうなずく。
「うん、もうそろそろ彼女たちを家へ帰そうと思っていたところだし。それに、君に会えたしね」
「ええ!? ど、どういう論理!?」
 アメリアは娘たちから青年へがばっと顔を向け、ぎょっと目を見開く。
 娘たちとともにいた辺りから、恐らくこの青年は相当の女好き、女遊びをしているだろうと想像できるけれど、まさかアメリアにまでそんな軟派なことを言うとは思っていなかった。
 あの娘たちの容姿からして、アメリアは間違いなく青年の趣味の範疇にはない。こんな冴えないどこにでもいる街娘なんて……。
 けれど、そんな言動に、口先だけとわかっていても、アメリアの心が大き波打つのも本当。
「どういうって、そういう論理。また会いたいなーと思っていたから」
 アメリアの動揺など意に介した様子なく、青年は無邪気ににぱっと笑う。
 アメリアは思わず青年の顔を見つめ、すぐにばっと顔をそらした。
 そらした顔は、きっと真っ赤になっているだろう。
 社交辞令、はたまた軟派文句だとわかっていても、やはりそう面と向かってきっぱり言われると照れるものである。
 アメリアは一度ぱちんと両手で頬をはさみ、きっと顔をひきしめる。
 それから、くるりと振り返った。
「そういうこと、いつもさらっと言っているんでしょう」
「うん。そうだけれど、いけない?」
「いけない?って……ああ、もう、いいよ」
「ふーん?」
 どうやら、アメリアの皮肉は、青年にさっぱり通じていないらしい。
 そこまで悪びれもなくあっさり答えられると、逆に脱力感に襲われてしまう。
 恐らく、アメリアと青年の常識というものが、大きくずれているのだろう。
 女性に対して調子のいいことを言うのは、きっと青年の中では当たり前なのだろう。
 けれど、そういうことを言われなれていないアメリアは、どうすればいいのか対応に困る。
 別に嫌じゃないから、ちょっぴり恥ずかしくて嬉しいと思ってしまうから、余計にたちが悪い。
「それより、また破れているよ。一体、どんなことをしたらこんなに破れるの? いいところのご子息だろうに、やんちゃだねえ」
 アメリアはくすくす笑いながら、青年の右足をすっと指差す。
 見るとたしかに、膝の辺りが大きく裂けている。
 肩からすっぽりかけた大きめのマントに隠れ、一見しただけではわかりにくい。
 そのためだろうか、どうやら青年も、アメリアに指摘されてはじめてそれに気づいたらしい。複雑そうに笑っている。
「つくろってあげる。また=Aね?」
「うわー。さりげなくじゃなく強烈パンチだねー」
 楽しげに言うアメリアに、青年は肩をすくめる。
「どこか座るところないかな? さすがにこのままじゃ、ちょっと……」
「あっちの噴水広場はどう? お礼に何かおごるし」
 うーんと首をかしげ思案するアメリアに、青年がそう提案する。
 たしかに、破れた箇所が箇所だけに、どこかに座わらないとこれは繕えない。
 まさか、目の前で脱げなんて言えるわけがないのだから。
「わーい、やったー。あのね、わたし、そこの角のパン屋さんの焼きたてパンがいいな」
 両手をあげて喜ぶアメリアに、青年はにっと得意げに笑う。
「かしこまりました、お嬢様。なかなかにお目が高い」
「当然よ!」
 アメリアはえっへんと胸をはり、にっこり笑ってみせる。
 そうして二人、くすくすけらけら笑いながら、すぐそこに見える噴水広場へ歩いていく。
 その前に、約束通り焼きたてパンを買ってから。


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update:09/04/24