勘違いしちゃだめ
fake〜うそっこ王子〜

 破れた膝小僧を繕い終わり、噴水前に置かれた簡素な木の椅子に腰かけ、アメリアと青年は評判店のパンをかじっている。
 昨日と同様、アメリアの仕事はそれはそれは見事なもので、「うわー、破れがわからないよ、やっぱり魔法だな!」と青年に言わしめる程度にいい仕上がりとなった。
 もうずいぶん太陽も傾き、西の山のてっぺんにかかりはじめている。
 アメリアは片手ほどの大きさのパンをかじり、青年は両手ほどの大きさのパンをほおばっている。
 ちょうど半分くらいパンを制覇し、アメリアがふうと一息入れた時だった。
 警邏兵が、噴水広場に続く通りを横切り、交差した道を駆けて行く。
 それを見て、青年がつぶやいた。
「なんか騒がしいな」
「そういえば、この頃よく警邏兵が走りまわっているのを見かけるね」
 アメリアは、なんともなしに相槌をうつ。
 たしかに、昨日リリスとマリサも言っていたけれど、近頃警邏兵をよく見るようになった。
 そして、彼女たちが言うには、この街は近頃何かと物騒らしい。
 ならば、警邏兵も忙しなく街を駆けまわるというものだろう。
「まあ、いろいろあるんだろうなあ。いくらクロンウォールが平和だといっても、商業の中心地。すべてが穏やかにはいかないだろうな」
「ふーん」
 実際にはあまり肌に感じているわけではないので、そう言われてもアメリアはピンとこない。
 食べかけのパンをかじる。
 赤くなりはじめた陽の光を受け、目の前にある噴水の水がきらきら光っている。
 時折、目くらましにあったように反射する光が目にささる。
「まったく、物騒になったものだな。君も気をつけるんだよ」
「うん?」
 いきなりふられたので、アメリアはやはりピンときていないようで、くいっと首をかしげてとりあえずそう返事をする。
 アメリアのその態度をどうとったのか、青年は眉尻を下げ微苦笑を浮かべる。
「とかいって、俺が引きとめていたのか。ごめんな、もう日も傾きかけているし、送るよ」
 そう言って、アメリアがパンを食べ終わったことを確認し、青年はすっと立ち上がった。
 アメリアの倍の大きさはあっただろうに、青年はアメリアよりも先にパンを食べ終わっていた。
「え? ええ? いいよ、家近くだし」
「それでも、駄目。女の子を一人で帰すなんてできないよ」
 見上げるアメリアを、青年はまっすぐ見つめきっぱり言う。
 ――一人で帰すことはできないって、それじゃあ、さっきの娘たちは……?
 ふとそう思ったけれど、アメリアはその言葉をごくんと飲み込んだ。
 きっと、先ほどはまだ日が高かったから、そして今はもう沈もうとしている、だから、だからきっと……。
 思わず抱きそうになった優越感に似た感情を、アメリアは押し殺す。
 アメリアだけが特別なんて、そんな勘違いはしてはいけない。
 昨日会ったばかりなのだから、間違ってもそんなことはない。
 昨日会ったばかりでなくたって、そんな可能性はないけれど。
 アメリアは、気づくとくすりと笑っていた。
 それは自嘲だったのか、はたまた真剣に語る青年がおかしかったのか……。アメリアにはわからない。
 青年は、いきなり笑ったアメリアに、不思議そうに首をかしげる。
「あなたって、変なところで律儀だね」
「うわおっ。俺、なんか言われていますけれど!?」
 にっこり笑ってアメリアがそう言うと、青年は大仰に傷ついてみせる。
 傷ついて見せているけれど、その目はいたずら小僧のように笑っている。
「あはは、別に悪い意味で言ったのじゃないよ」
「そう? それならまあ、いいけれど」
 どこか腑に落ちない様子で、青年はアメリアに立つよう促す。
 アメリアは素直にそれに従い、すっと立ち上がった。
 そして、スカートのすそをぱんぱんはたく。
 アメリアの横に青年の手がすっとのびてきて、そこにおいてあったかごを持ち上げた。
 慌ててアメリアがそれを制そうとしたけれど、青年はやんわり拒否する。
 アメリアがうかがうようにちらっと見ると、青年はにっこり笑ってこくりとうなずく。
 アメリアは肩をすくめ、ちょっぴり困ったように笑ってみせる。
 それから二人並んで、通りへ歩いていく。
 その道すがら、青年は冗談を言ってふざけて、アメリアを笑わせていた。
 普通だったら馬鹿げていると感じるその内容も、アメリアにはとても楽しいものに思えた。
 くすくす笑い合いながら、通りを歩いていく。
 沈む太陽へ向かって歩いているので、ちょっぴりまぶしい。
 アメリアは思わず、顔の前に手をかざす。
 その横では、風にそよぐアメリアの髪を頬に感じ、青年がすっと目を細めていた。
 その時、ふとアメリアの手と青年の手が触れた。
 同時に、二人はばっと体を引き離す。
 気づかないうちに、二人の手と手が触れ合う程度に距離を縮めて歩いてしまっていたらしい。
 アメリアは、なんだかとても恥ずかしさを覚えた。
 そして、それを誤魔化すように慌てて言う。
「あ、家、すぐそこだから。ほら、あそこのちっちゃい家、あれなの」
「そ、そうか。それじゃあ、ここまででいっか」
 すると、青年もどぎまぎしながら、へらっと笑ってみせる。
 青年もまた、手が触れ合ったことを誤魔化すようにそう言いながら、アメリアに持っていたかごを手渡す。
「うん、ありがとう!」
 間髪をいれずアメリアはそう言うと、奪うようにかごを受け取り体を翻し駆け出していた。
 青年の顔の前で、アメリアの深い茶色の髪がふわりと舞う。
 一瞬、それに心奪われそうになったけれど、青年ははっと気づいて慌てて叫んだ。
「待って!」
 すると、アメリアはびくりと体を震わせ、ぴたりと足をとめ振り返った。
 不思議そうに青年を見る。
 青年は、思わずとった自分の行動に慌てているのだろう、あたふたとしている。
 かと思うと、ぴたりと動きをとめ、力いっぱい叫んだ。
「俺、キオス。君は!?」
 アメリアははじかれたように答える。
「え? ア、アメリア!」
「そうか、うん。アメリア、またな!」
 アメリアが答えると、青年――キオスは一人納得したようにこくりとうなずき、にっこり笑う。
 アメリアは目を見開き、まじまじとキオスを見つめる。
 けれどすぐに、キオスの言葉の意味を理解したように、ほわりと頬をゆるめ微笑む。
「うん、またね、キオス!」
 そう言って、アメリアは手をふり駆けて行く。
 その後姿を、小さくなり、アメリアがさっき言っていたちっちゃな家の中に消えるまで、キオスは微笑ましそうに見送っていた。
 アメリアの帰宅を見届けると、キオスはほっと胸をなでおろす。
 どうやら、アメリアのあの言葉は嘘ではなかったらしい。
 キオスを振り切るためのでまかせではなかったらしい。
 そこに、キオスは何故だか安堵する。
 女性につれなくされたって平気なキオスだけれど、何故だか、他の誰でもないアメリアにだけは、そういう嘘はついてほしくない。
 アメリアは頬をそめ、背に熱を感じ、ぱたぱたと家の中に駆け込んだ。
 ぱたんと扉をしめ、そこに背を預ける。
 同時に、ほてる頬を両手で覆っていた。
 ほんのちょっとしか走っていないのに、何故か胸がどくんどくんうるさい。
 扉に背をあずけたまま、アメリアはちらりと後ろを見てみる。
 もちろん、そこにあるのは扉なのだから、何が見えるというわけではない。
 けれど、なんとなくそうしてみたくなった。
 この閉じられた向こう側に、きっとまだキオスがいるだろうと思うと、たまらなくこそばゆい。
 思わず、ぱたぱたとその場で足踏みをしてしまいそうなほど、そわそわして落ち着かない。
 そうかと思うと、アメリアは急にぴたりと動きをとめ、怪訝に首をかしげた。
 ――キオス? はて? どこかで聞いたことがある名前のような……?
 ふとそれに気づいてしまったから。
 ――でもま、いっか。
 けれどすぐにそう思い直し、アメリアはふふっと思い出したように笑った。
 その名前には妙なひっかかりを覚えるけれど、アメリアはたいして気にとめないことにした。
 一度気にしはじめたらきりがない。だったら最初から気にしなければいい。
 キオスはキオス。それでいいではないか。
 両手をぎゅっとにぎりしめそう力強くうなずくと、アメリアはかごを食卓の上へ放り投げ、自室へ駆けて行く。
 まだリリスは帰宅していないので、少しの間くらいそうしていても怒られることはない。
 部屋に入り扉をしめると、アメリアはまっすぐ窓の方を見た。
 窓際には、器に生けた一輪の花が飾られてある。
 それを確認すると、アメリアはほわりとまた頬をゆるめた。
 昨日キオスにもらった花は、今日もまだ元気。


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update:09/04/30