城下の朝
fake〜うそっこ王子〜

 クロンウォールの城下は、いたるところ活気に満ちている。
 しかし、そうはいっても、どこにでも存在するように、ここにももちろんある。
 少し細い路地へ入れば、女子供には見せられない、すえた臭いが漂ってきそうなどんよりした場所がある。
 そこは、酒の臭いと煙草の臭い、そして女の化粧の臭いと男の汗の臭いが充満している。
 平穏な生活を望む者や、堅物などは決して近寄りたくないところだろう。
 けれど、平凡な生活に飽き刺激を求める者や、無法者、犯罪者、落伍者といった類の者たちは好んでここに集ってくる。
 時折、口汚くののしりあう喧嘩の声も聞こえる。
 どこからともなく、不気味な金属音、破壊音などまでもこだまする。
 そこの通りにある店の影に隠れるように、キオスがいた。
 ともに、顔を寄せ合い警邏兵が一人いる。
 その制服は、襟章から、どうやら警邏の隊長のもの。
 そして、ともに二人の警邏兵もいる。
 人目から逃れるようにそこに身を寄せている。
 彼らのななめ上には、酒樽の絵が描かれた看板があがっている。
「いいか、お前たち。お前たちはあっちを調べろ」
「御意。では、御前失礼します」
 キオスと身を寄せ合いひそひそ話していた警邏隊長が、すっと一歩後退し敬礼をする。
 それを見て、キオスは感心したように呆れたようにすっと目を細め、小さく吐息をもらす。
「シュリは真面目だよなあ。俺なんかにそんなに気を遣わなくていいのに」
「しかし……っ」
「ああもう、堅苦しいなあ。いいって、ほら、行った行った。こんなところ、誰かに見られたらまずいだろう」
 キオスは壁にもたれかかり、面倒くさそうにひらひらと手をふる。
「は、はい。では、わたしどもはこれで……」
 キオスの言葉にはっと気づいたようで、シュリはぴしっと姿勢を正す。
 たしかに、こんな陰気なところでこそこそしているところを見られたら、どんな誤解を受けるとも知れない。
 誤解を受けなくとも、あいつら≠ノ目撃でもされたらすべてが終わりになる。それだけではなく、ここにいる全員の命が危うくなる。
「うん、ばいばーい」
 ぴりぴりとした空気をまとい警戒し、人目を気にしながら去っていくシュリに、キオスはのんきにあっけらかんと手を振る。
 一瞬、非難に満ちた目をシュリがキオスに向けたけれど、それはすぐにあきらめたようになりをひそめ、そのまま去っていく。
 それを見送ると、キオスは壁につけた背を少しだけずりっとずりおろした。
 そして、ふうっと大きくため息をもらす。
「あーあ。なんか面倒なことになってきたなあ。早くなんとかしないと、クレイに殺されるよ」
 キオスはそう愚痴るようにひとりごちると、壁から背をはなし、やれやれといった様子で店の影から出て路地を歩いていく。
 だらだらと面倒くさそうに歩き路地から抜け出すと、横からすっとやってきた人影にぶつかりそうになった。
 キオスはすんでのところで後ずさり、よける。
 それから、相手の無事を確認しようと視線を移すとすぐに、ぎょっと目を見開いた。
 なんと間が悪いのだろう、ぶつかりそうになったのはアメリアだった。
「うわっ、ア、アメリア!」
「え? あ、キオス。どうしたの? こんなところか――」
 アメリアも今気づいたようで、キオスの顔を見て驚いている。
 かと思えば、そこまで言いかけてぴたりと言葉を切った。
 キオスは不思議そうに首をかしげようとしたけれど、すぐにはっと気づいた。
 中途半端に首をかしげたまま、顔色がさあと青くなっていく。
 確認しなくてもいいのに、あえてアメリアの視線の先へ、キオスも視線を移していく。
 するとそこには、酒の絵が描かれた看板と賭博に使うカードの絵が描かれた看板と、そしてそれらと大差ない数のいわゆる男が女を買う店の看板がずらっと並んでいる。
 薄汚れ薄暗いその路地にも、幾筋もの朝の陽光が注ぎ込んでいる。
 キオスの背後では、ふわあと眠そうにあくびをする、胸元が着崩れた男が一人だらだらと歩いている。
 そして、キオスの横を平然と通りすぎていく。
 アメリアはその様子を、ただ呆然と見ていた。
 今は早朝で、横を通って言った男は間違いなくそうで、ならばキオスもつまりは……その、お泊りを――!?
 アメリアの顔が、見る間に怒りのために真っ赤に染まる。
 きっと、キオスをにらみつける。
「ち、違うって! そうじゃない、誤解だ誤解! な? その証拠に、俺は今一人ででてきたよな!?」
「……不潔」
 慌てて弁解するキオスに、アメリアはぼそりとつぶやく。
 まるで軽蔑しているかのように、冷めた視線を注ぐ。
 一体、一人で出てきたからといって、何の証拠になるというのだろうか?
 キオスは慌てて、両手をぶんぶん振りまわし、叫ぶ。
「ああっ、だから誤解だって! たまたまここを通っただけでー!」
「どうだか」
 さらに疑わしげにアメリアはキオスを見る。
「うわーん。頼むから、そんな目で俺を見ないでくれー! たしかに女の子は好きだけれど、こんなところを利用するほど不自由はしていないよ!」
「……語るに落ちているよ、それ」
 あきれたようにキオスを見て、アメリアは大きくため息をもらす。
 すると、キオスははっと気づき、そのまま頭を抱える。
「うがーっ! 俺様としたことが!!」
 そして、抱えた頭をぶんぶんふりまわし、一人苦悩にさいなまれる。
 その様子を眺めていたアメリアが、くすりと小さく声をもらす。
 それに耳聡く気づき、キオスはぴたりと苦悩のポーズをやめ、恐る恐るアメリアの顔をのぞきこむ。
「ア、アメリア?」
 するとアメリアは、くすくす笑い出し、しまいにはあははと大声を上げ笑う。
 ひとしきり笑うと、笑いすぎて出てしまった涙をぬぐいながら、口元をふわりとゆるめた。
「ああ、おかしい。大丈夫、わかっているよ。キオスはこんなところに来なくても、女の人なんてよりどりみどりだものねー、あんなにはべらせているのだから。なんだか、どこかの噂の王子様みたいよね?」
「……え? アメリ――」
 ちろりと舌を出し試すように見るアメリアに、キオスは顔をふっと曇らせた。
 そして、訝しげにそうつぶやこうとすると、アメリアがそれをさえぎった。
「あ、そうだ。今度キオスに会ったら渡そうと思っていたんだ」
 そう言いながら、アメリアはごそごそとかごの中をまさぐる。
「ん? 俺に?」
 キオスはなおもどこか難しそうな顔をして、けれど平静を装い首をかしげる。
 ここで動揺の色を見せては、せっかくそれた話題を蒸し返されかねない。これ以上墓穴を掘ってはならない。
「うん、はい、傷薬」
 ようやく探し当てたのか、アメリアはそう言ってかごの中から小さな壺を取り出してきた。
 たしかに、その壺は一般的な薬壺。
「傷薬? どうして?」
 キオスは今度は本気で不思議そうに首をかしげる。
「だって、生傷がたえないみたいだもん」
「生傷……?」
 けろりと答えるアメリアに、キオスはますます首をかしげる。
 アメリアは不満げにむうと頬をふくらませ、キオスにすっと手をのばす。
「ほら、ここ」
 アメリアはそう言って、キオスの手をとり甲を上にする。
 すると、血がにじんでいた。
 どこかですったような傷に、じんわり血がにじんでいる。
「あ……」
 キオスは思わず、ぽつりともらしていた。
 アメリアに指摘されるまで、気づいていなかったらしい。
 アメリアは大仰に肩をすくめてみせ、薬壺の蓋をあける。
「はじめて会った時も、この前もそうだったよね。破れをつくろっている時、血がついていたから。少しだけだったけれど」
 アメリアはそう言いながら、傷に薬をぬる。
 キオスは気おされるように、けれど微笑ましそうに、傷に薬をぬっていくアメリアを見ていた。
「目ざといな」
「うふふ。お針子ですから」
 傷に薬を塗り終わり、アメリアはぱっと顔を上げにぱっと微笑む。
 すると、キオスはにやっと笑った。
「それ、関係ないって」
「あはは、そうだねー」
 そうして二人、顔を寄せ合い、くすくす笑う。
「キオスはきっと、あれだね。おまぬけさんだから、気づかないうちにいっぱい小さなけがをしているんだね」
 アメリアは、キオスから顔をはなしくるんと振り返り背をむける。
 けれど、顔だけはしっかりキオスへ向け、皮肉るようににっこり笑う。
「おおーい、アメリアちゃん。なんかさらっとひどいことを言っていないかい?」
 ぽんとアメリアの頭に手をおき、キオスは顔をのぞきこむ。
「だって、事実でしょう?」
 その顔をべちょっと押し返しながら、アメリアはくすくす笑う。
 顔に触れるアメリアの手を両手でがしっと握り、キオスはわざとらしく泣き叫ぶ。
「いやーん。アメリアちゃんがいじわるするー!」
 嘆くキオスに、アメリアはつぼにはまったようにお腹を抱えて笑っている。
 手をキオスに両手で包まれたまま。
 包み込むキオスの手は、大きくてとってもあたたかい。
 アメリアは思わず、ほわっと顔をほころばせていた。
 そろそろ、街は動き出す。
 横を、人々が二人を気にしたふうもなく通り過ぎていく。
「あれは……」
 けれど、たった一人、通りの向こうからその光景を見て、そうつぶやく女性がいた。
 それは、アメリアとよく似た深い茶色の髪の女性。


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update:09/05/06