王子様の名前
fake〜うそっこ王子〜

 アメリアがひとしきりキオスをからかい楽しんだ後、二人は別れた。
 何やら、キオスはこれから野暮用があるという。
 その野暮用とは、間違いなく、若い娘さんたちとふれあうことだろう。
 そう思うと、アメリアは少しおもしろくなかったけれど、アメリアにもこれから行かなければならないところがあるので仕方がない。
 あまり気はすすまないけれど、そのまま別れることにした。
 そして、手をふりキオスを見送ると、アメリアはふいに声をかけられた。
 振り向くと、そこにはリリスがどこか険しい顔をして立っていた。
「アメリア、あんた今の……」
「え? あ、リリスおばさん」
 アメリアは振る手をさっとひっこめ、えへへと誤魔化し笑いをする。
 けれど、その程度では、リリスは誤魔化されてくれない。
 リリスはアメリアの肩に両手を置き、ぎゅっと握る。
「いいかい、悪いことは言わない。もう二度とあの男と会うんじゃないよ」
「お、おばさん!?」
 リリスはいきなり現れたかと思うと、やっぱりいきなりそんな訳のわからないことを言う。
 急に、もう二度と会うなと言われても、アメリアは納得できない。
 くいっと首をかしげて、難しそうにリリスを見る。
 するとリリスは、呆れたように息をはあと大きくはきだした。
 アメリアの肩から、両手をゆっくり離していく。
「まったく、あんたってこは……。今のがあの噂の王子様だよ。年頃の娘を見せるなという」
「……え!? じゃあ、キオスが王子様!?」
 アメリアはぎょっと目を見開き、思わず叫んだ。
「そう、できる王様と違って、あっちの弟の方はどうしようもないちゃらんぽらん。うちの国の頭痛の種だよ」
 リリスはまた、ため息をひとつついた。
 アメリアは世情にうといとは思っていたけれど、まさかここまでとは思わなかったというように。
 そう、噂の王子と知らずにともにいられる程度に、アメリアは世情にうとかった。
 リリスは困ったような微笑を浮かべ、今知ったその事実に困惑しおろおろしているアメリアの頭をぽんとたたく。
 アメリアは、決して頭が悪いわけではない。理由を述べればちゃんと理解する。リリスはそう信じている。
「それじゃあ、わたしは布の仕入れに行ってくるから、あんたはゲイルの店に仕立てたものを持っていくんだよ。――いいね、もう絶対にあの男と会うんじゃないよ!」
 そう言いおいて、リリスが去っていく。
 アメリアはただ、呆然とそれを見送ることしかできなかった。
 頭が混乱する。ぐるぐるする。
 今までどじっこな良家の子息と思っていたその青年が、まさか噂の王子様だったとは……。
 けれど、たしかにそうだった。
 キオスというその名は、噂の王子様の名前だった。
 どうして名前を聞いた時に、アメリアはすぐに思い出さなかったのだろう。
 「ま、いっか」ですまされることじゃなかった。
 王子様とわかったら、すべてのつじつまが合う。王子様は女好きだから、キオスも娘たちをはべらせている。なんと簡単な方程式なのだろう。
 そう思うと、アメリアは今まで、王子様に対しなんて失礼なことをしてしまっていたのだろうか。
 急に、アメリアは自分自身がとてつもなく恥ずかしくなった。


 その日の夜。
 アメリアはベッドにごろんと寝転がり、母の形見のロケットを天井にかざしていた。
 カーテンの隙間から月光が差し込み、それをきらんと光らせる。
 何か少しでもしょんぼりすることがあると、アメリアはこのロケットを見る。
 すると、少し気分が楽になる。辛いことがあった時は、少しだけ気分が上昇する。ちょっぴりどきどきすることがあれば、ほんわか気分が落ち着く。
 アメリアは、ロケットの蓋をするっと一度なでた。
 このロケットは、あの日から決して開くことがない。
 何度も何度も開けようと試みたけれど、結局開くことはなかった。
 両親の変わり果てた姿を見つけた時、これは父の手に力強く握られていた。
 もしかしたら、それが影響しているのだろうか?
 ――わからない。けれど、このロケットはアメリアに何かを伝えようとしている。
 アメリアはなんとなくそう思っている。
 ロケットを握り締めたまま、アメリアはごろんと転がり横を向く。
 そしてそのまま、ロケットを抱きしめ、毛布に顔も体も押しつけるようにぎゅうっとしずめる。
「父さん、母さん……」
 ぽつりとそうつぶやいたかと思うと、アメリアははじかれたようにばっと上体を起こした。
 それから、いそいそと巾着形の小さな袋を取り出してくる。
 そして、その中から、青い星型の石がついた淡い緑色の紐を取り出した。
「……会いたい」
 ロケットとその紐を両手でぎゅっと握り締め、アメリアはまたそうつぶやいた。
 そして、ベッドから這い出て、カーテンをしゃっとあける。
 アメリアが窓越しに夜空を見上げると、腹立たしいくらい力強く月が輝いていた。
 こんな夜は、どうしても気分が滅入ってしまう。
 あれは、こんな夜の翌日だった。
 帰ってくるはずの両親が帰ってこないと不安な一夜を過ごした。
 その翌朝、あのことが起こった。
 明日、不吉なことが起こらなければいいのに。
 今朝から引きずるあのとてつもない恥ずかしさも加わって、アメリアは余計に落ち込んでしまう。
 次にキオスに会う時、一体どういう顔をすればいいのか……。
 もちろん、アメリアにはリリスの言いつけを守る気なんてさらさらない。
 アメリアは乱暴にカーテンをしめ、そのまま乱暴にベッドに倒れこむ。
 その拍子に手からロケットと紐が弾き出され、アメリアと一緒に毛布にうまる。
 アメリアは顔をぎゅうと毛布におしつけた。
 耳が真っ赤に染まっている。


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update:09/05/13