大切な友達
fake〜うそっこ王子〜

 会うなと言われても、まるで仕組まれたように見つけてしまうのだから、これはアメリアのせいではない。
 昼食を終え、アメリアは街に出ていた。
 今朝からぼんやりしているアメリアを気遣い、リリスが気晴らしに散歩でもしてくるよう言ったから。
 アメリアもこのまま仕事をつづけても能率が悪いと、少しばかり歩くつもりで家をでてきた。
 そしたら、家を出てすぐ見つけてしまった。
 通りの向こうの方で、幸せそうな若い娘と男と言葉をかわしているキオスを。
 ぺこりと頭をさげ去っていく娘と男を、キオスは微笑ましそうに見送っている。
 とても優しい微笑みをしている。
 娘の幸せを心から喜んでいるような、優しい瞳をしている。
 そんなキオス、アメリアは今まで一度も見たことがない。
 同時に、アメリアは違和感を覚える。
 どうして、こんな微笑をする人なのに、あんな噂ばかりが流れるのだろう?
 この光景を見せつけられたら、あんな噂話なんてできっこないはずなのに。
 もしかして、みんなはこんなキオスを見たことがないとか?
 アメリアは難しそうに首をかしげる。
 やはり、ひっかかるものがある。
 けれど、あえて気にしないことにする。
 アメリアごときが気にかけてはいけない、そのような気がなんとなくするから。
 アメリアがキオスについてとやかく考えることからして、おこがましい。
 その時、はたとアメリアとキオスの目が合った。
 するとキオスは、にぱっと笑い、アメリアに手を振る。
「よっ、アメリア!」
 キオスはそう言いながら、アメリアに駆け寄る。
「キオス……さま」
 アメリアはじりっと後ずさりながら、気まずそうにつぶやいた。
「さま=`!? どうしていきなりさまづけなんだよ。昨日まで呼び捨てていたのに」
 遠慮なく、キオスの顔が怪訝にゆがむ。
 口をとがらせ、ぶうぶう不平をもらす。
「だって……」
 アメリアは両手をぎゅっと握りしめ、ちろっと上目遣いにキオスを見る。
 どことなく、そわそわして落ち着きがない。
 キオスはそれではっと気づき、首をすくめた。
「ああ、とうとうわかっちゃったんだ? っていうか、今まで気づいていなかったの? にぶっ」
 からかいがちに、キオスがアメリアの顔をのぞく。
 さっと、アメリアは視線をそらした。
「……うん。キオスさまは王子様だったんだね。わたし、知らなかったとはいえ……」
 もじもじと体をよじらせ、アメリアはやっぱり居たたまれなさそうにちらちらキオスを見る。
 決して目を合わせようとしないのに、どうしてもキオスの顔色は気になるらしい。
 その矛盾したアメリアの行動に、キオスは思わずぷっと吹き出した。
 それから、アメリアの頬にそっと両手をそえ、むりやり顔をキオスに向けさせる。
 瞬間、アメリアの心臓は、びっくり箱のように飛び出しそうになった。
「ああ、やめやめ、そういう辛気臭いの。今まで通りでいいよ」
「でも……」
 アメリアはいきなり頬に触れたキオスの手に、ぼんと顔を真っ赤にする。
 けれど、視線は強固に合わせようとしない。
「俺は、アメリアには今まで通り接してほしい」
 キオスはまっすぐにアメリアを見て、ふと淋しそうに微笑んだ。
 それをそらした目のはしにとらえてしまい、アメリアは目を見開く。
 それから、いくらか視線をさまよわせ考えた後、アメリアはキオスに視線を合わせた。
 けれどまだ、どことなくぎこちない。
 恐る恐る、確認するようにアメリアがつぶやく。
「キ、オス……」
「……うん?」
 キオスはにっと笑ってみせるけれど、やっぱりどこか淋しそう。
 アメリアは衝撃を受けたように顔をゆがめた。そんな辛そうな顔を、キオスにさせる気なんてなかった。
 ぽんと、キオスはアメリアの頭をなで、そのまま手をつかんだ。
 それから、ぱっと顔をはなやがせた。
「アメリア、クロンウォール湖へ行こう!」
「へ!?」
 キオスのいきなりのその発言に、アメリアはぎょっと目を見開く。
 なんだか脈絡がなさすぎて、アメリアはあっけにとられそうになる。
 けれど、すぐに肩をすくめ笑っていた。
 キオスはきっと、ためらうアメリアのためにこんな突拍子もないことを言い出したのだろう。
 キオスはアメリアを気遣っている。ならばアメリアも、これ以上キオスに心配をかけてはいけない。
 キオスが望むようにすることがいちばんだろう。それは、アメリアも望むこと。
 アメリアもうかなかった顔をにっこり微笑ませ、キオスの手をぎゅっと握り返す。
 するとキオスはちょっぴり驚いたようにアメリアを見て、すぐに優しく笑った。
 キオスはアメリアの手をぐいぐい引き、クロンウォール湖へ向かう。
 道すがら、すれ違った人々の中には、ぎょっと目を見開き二人を見る者もいた。
 そうかと思うと、あからさまにキオスに嫌悪感を示す者や、アメリアを気の毒そうに見る者もいた。
 けれど、そんなことは、二人にはどうでもよかった。好奇の目も気にならなかった。
 アメリアはもう気づいているから。噂ってあてにならないことを。噂って一人歩きが好きなことを。
 本当のキオスはきっと、噂とは全然違う。
 なんだか、アメリアは本当のキオスを見つけたような気がする。
 噂がどうであれ、アメリアはやっぱり、アメリアが知っているキオスを信じる。
 こんなに人を気遣うことができる人なのだから、ちゃらんぽらんなんかじゃない。
 手を引きずんずん歩くキオスの横顔を、アメリアはちらっと見上げる。
 すると、キオスと目が合った。
 キオスはやっぱり優しい顔で、アメリアににっこり笑いかける。
 アメリアはまた、さっと目をそらし頬を染める。
 なんだか恥ずかしいから、あえて目をあわさないように、アメリアはまっすぐ前を見る。
 これから向かうクロンウォール湖へつづく緑の道をまっすぐ見る。
 成り行きでそうなってしまったけれど、アメリアはちょうど散歩をしていたところだし、湖に行ってみるのも悪くはない。
 木立の向こうから、さあとさわやかな風が吹いてくる。
 それが、いたずらにアメリアの髪を揺らす。
 顔のすぐ下で風にふわふわ揺れるアメリアの深い茶色の髪に、キオスはすっと目を細めた。
 そればかりか、気づけばその髪に触れようとすらしていたので、慌ててさっとその手を引いた。
 キオスの顔が、アメリアに気づかれないように苦しげに小さくゆがむ。
 すぐ横でふわふわ揺れる茶色い髪の、なんと心引くものか。触れたいという衝動にからせるものか。
 けれど、触れてはそこですべてが壊れてしまうような気がして、キオスはそれ以上手をのばすことができない。
 どうにかおしとどめているのに、たったひとつのその行為だけで、もうとめられなくなるだろう。抱く、その思いを。
 キオスだって薄々気づきはじめている。
 アメリアは他の若い娘たちとは何かが違うことに。
 けれど、それを振り切るように、キオスはぶるんと首を小さく振った。
 木漏れ日が、優しく二人を包んでいる。
 もうすぐそこに、陽光を受けきらきら輝くクロンウォール湖が見えてきた。
「俺はてっきり、アメリアは俺のことを知っていて、普通に接してくれているのだと思っていたんだ。だけど……」
「キオス?」
 クロンウォール湖までやってくると、キオスがそう切り出した。
 すぐ足元には、虹色に輝く湖面が迫っている。
 キオスに対し、なんだかすごくひどいことをしているように思えてきて、アメリアは困ったようにキオスを見る。
 無知がゆえに、アメリアはキオスを傷つけてしまったのだろうか?
 キオスの手を握るアメリアの手から、どことなく感じた罪悪感のためすっと力が抜けていく。
 それに気づいたキオスが、アメリアの手をぎゅっと握りひきとめる。
 それから、握る手をぐいっと引き寄せ、キオスはにっこり笑ってみせる。
「ま、いっか。嬉しかったことには違いないし。な、アメリア?」
 アメリアはぽっと頬を染め、おろおろとキオスを見る。
 たたみかけるように、キオスはなおも微笑を浮かべ、アメリアの頬に手を添えた。
「アメリアは、俺の大切な友達だよ」
「友達……?」
 頬に触れるキオスの手に、アメリアはすっと手を重ねる。
 もしかしたら、それは無意識のうちに行われていたのかもしれない。
「なに? 嫌なわけ? 俺、すねるよ?」
 キオスは意地悪くにやにや笑ってみせる。
 アメリアはふるふると首を振った。
「ううん、嫌じゃなくて……」
 ――それは、アメリアにとって嬉しすぎる言葉。十分な言葉。
 駄目だとわかっていても望んでしまう言葉。
 アメリアは、まっすぐにキオスを見る。
 すると、キオスもアメリアを見ていて、また目が合った。
 今度はもう、アメリアも目をそらすことはない。いや、そらすことができない。
 それ以上は言葉にする必要は、もうなかった。
 見つめ合うだけで、互いに思いは伝わっている。
 キオスはどうして、そんなに優しい目でアメリアを見ているのだろう?
 キオスが言った友達という言葉が、嬉しいはずなのにちくんとアメリアの胸をさした。
 やっぱり、アメリアとキオスは友達なのだろうか? それ以上は望めないのだろうか?
 ――え? それ以上って何?
 友達と言ってもらえるだけでも十分すごいことなのに、それ以上望むなんて傲慢すぎる。
 相手は、これでも一応王子様。
 どんな噂をされていたって王子様。
 一方、アメリアはただの街のお針子。
 それも、派手な仕事はまったくない庶民相手の地味なものばかり。今をときめいてすらいない。
 身分違いもはなはだしい。
 思い違いをしてはいけない。
 もとより、アメリアはキオスに友達すら望めるような立場ではない。
 こんな思いを抱くことからして、とても失礼だろう。
 それでも、キオスは友達と言っているのだから、アメリアにとってこれ以上栄誉なことはない。
 これ以上望んでは、罰があたる。


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update:09/05/21