抱き寄せられた胸
fake〜うそっこ王子〜

「なあ、アメリア。俺、さっきすごい目でにらまれていたんですけれど!?」
 アメリアのもとまでやって来ると、キオスはいきなりそう言った。
 アメリアは何のことだかわからず一瞬ぽかんとしたけれど、すぐにそれに気づいたようにぽんと手を打った。
 どうやらキオスは、先ほどリリスといたアメリアに気づいていたらしい。
 けれど、その様子を見て、あえて気づかないふりをしていたのだろう。
 そして、アメリアが追いかけてきていることに気づき、キオスはこうしてやってきた。
「ああ、うん。リリスおばさん、わたしのことを心配してくれているから」
「心配?」
 キオスは難しそうに首をかしげる。
 それを見て、アメリアはにっと意地悪く笑う。
「うん、たった一人の姪が、王子様にもてあそばれないかって」
「何だよ、それ! 失礼しちゃうなー。俺ってとっても誠実なのに」
「嘘くさーい」
 ぷうと頬をふくらませすねるキオスに、アメリアはくすくす笑う。
「何をー!? 本当なんだぞ、俺は今もたった一人の女性だけを見ているのですー」
 両手をぎゅっと握り締め、キオスはそう力説する。
 瞬間、アメリアの顔が複雑に曇る。
「……たった一人の女性……?」
 訝しげに見つめるアメリアに気づき、キオスは慌ててぱっと顔をそらす。
「い、いや、何でもないよ」
 それは、明らかに、今言ったことを誤魔化そうとしている。
 アメリアの顔から、ますます元気がなくなっていく。
 キオスはわざとらしく明るく振る舞い、話題を変えようとする。
「ところで、おばさんって?」
 あたふた慌てたようなキオスに気づき、アメリアは困ったように微苦笑を浮かべた。
 どうやら、アメリアはまたキオスに気を遣わせているよう。
 アメリアはふうっと小さく息をはき、さっきキオスが口走ったことは望むようになかったことにする。
 きっと、キオスはあれ以上は触れてほしくないのだろう。
 とっても気になるけれど、キオスに嫌われるくらいなら、アメリアはあれ以上は聞かないでおく。
 それに恐らく、アメリアが触れてはいけないことなのだろう。
 たった一人の女性だけを見ている。
 まさか、キオスにそんな人がいたなんて……。
 信じられない。信じたくない。
 けれどあの慌てようから、それはきっと本当なのだろう。
「わたし、おばさんと二人暮らしなんだ」
「え……?」
 むりやり気持ちを切り替え、アメリアがけろりと答えると、さっとキオスの顔色が変わった。
 ちょっとばつが悪そうな顔をして、目をきょろきょろさまよわせ、次の言葉を探している。
 誰でもそう。アメリアの事情を知らず、はじめてそれを聞いた人は、みんなそういう困った顔をする。
 けれど、もう平気。
 アメリアは、そんなに弱くはない。
 弱くては、生きていけない。
 それに、アメリアには一緒にいてくれるリリスがいるから大丈夫。
 何より、そんな困った顔をされたくない。
 キオスはまだいい。だって、哀れんだような目でアメリアを見ないから。ただ本当に、困っているだけ。
 それが、救い。
 同情はされたくない。
 アメリアは、決してかわいそうなんかじゃないから。
 今が幸せなのは本当だから、それまで否定するような目で見られるのだけは嫌。
「両親がね、三ヶ月前の昨日なくなっちゃったんだ。それで、おばさんがわたしを引き取ってくれて、それから一緒に暮らしているの。だからわたしは平気」
「そうか、ごめん、悪いことを聞いちゃったな」
 あえてけろっとしたふうな顔をつくり、アメリアはやっぱりけろっと言う。
 キオスは眉尻を下げ微笑を浮かべ、アメリアの頭をぽんとなでた。
 それから、真綿で包み込むような目でアメリアを見る。
 ほら、やっぱり、キオスはいい。
 キオスはあっさり、アメリアの言葉を受け入れた。
 かわいそうな子としてみない。
「ううん、もういいの。ただ……」
「ただ?」
 アメリアの顔に、ふっと陰りがかかる。
 建物の合間から見える空へ、すっと視線を向ける。
 思いをはせるように、遠く遠く青い空の上を見る。
「両親が死んだ時の様子がまったくわからないの。今日みたいにすごく天気がいい日だった。二人が乗った馬車が、崖の下で発見されたの。その時にはもう……。きっと、操作を誤ったのだろうと処理されたの」
「ちょ、ア、アメリア……!?」
 アメリアの突然の告白に、キオスがぎょっと目を見開き慌てる。
 無理もない。きっと、キオスもそれだけでその事実に気づいたのだろう。
 まさか、アメリアの口からそんなことが出るとは思っていなかったのだろう。
 アメリアだって、よもやキオスに言うなんて思っていなかった。
 けれど、気づけば素直に、ずっと胸にひっかかるそれを言ってしまっている。
 きっと、キオスならいいと、心のどこかがアメリアに許可を与えたのだろう。
 空から視線を戻してきて、アメリアは苦しそうにキオスに微笑みかける。
「決して難しい場所じゃないし、大雨ならともかく、晴れていたのにどうして……。そればかりが今でも気になるだけ。わたしは本当のことが知りたいだけなの」
 今のアメリアは明らかに無理をしている。
 苦しいだろうに、辛いだろうに、懸命に虚勢を張ろうとしている。
 それが、痛いくらいにキオスにも伝わる。
 キオスの手が、思わずアメリアにのびていた。
「……いつか、真相を確かめてやるよ」
 そうささやきながら、キオスはそっとアメリアを抱き寄せる。
「いいの? そんなに安請け合いしちゃって」
 キオスの胸にそっと頬を寄せ、アメリアは皮肉るように笑って見上げる。
 するとキオスは、何故かにっと得意げに微笑んだ。
「俺様に不可能なことはない」
 キオスは自信たっぷりにそう宣言する。
 アメリアはぽかんとキオスを見つめ、ぷっと吹き出した。
 すっと、頬を寄せるキオスの胸から体をはなす。
「あはは! むしろ、不可能だらけのような気がするけれど?」
 アメリアは、にやにやと意地悪く笑う。
「何をー! アメリア、言うようになったなー」
 怒ったように口のはしをあげ、けれどその目は楽しげに細め、キオスはアメリアの頭をわしゃわしゃなでる。
 アメリアもあははと笑いながら、頭をくしゃくしゃにするキオスの手に触れ、抵抗する素振りを見せる。
「だって、キオスに遠慮するほど馬鹿らしいことってないもの」
「うわーん、アメリアのいじめっこー!」
 キオスはアメリアの頭からぱっと手を放し、今度は泣きまねをする。
 アメリアはお腹を抱えて笑い出してしまった。
 やっぱり、キオスといるのはとても楽しい。
 けれど、これ以上キオスに頼っていては、アメリアはきっととめられなくなる。
 そうなる前に、予防線をはっておかなければならない。
 抱き寄せられたキオスの胸は、とても心地よかった。
 できれば、もっともっとそこにいたかった。
 だけど、それをしてしまっては、誘惑に負けてしまっては、すべてが終わってしまう。
 だから今は、精一杯の理性でそれを拒絶する。
 思いに負けてしまったら、きっと、アメリアはもう二度とキオスに会えなくなってしまう。
 それだけは嫌だから、そうならないように、アメリアはキオスに甘えてはいけない。
 思う存分笑い、ようやく笑いをとめた頃、アメリアはちらっとキオスの顔を見た。
「だけど本当、わかるといいな」
 それからすっと視線をそらし、アメリアはぽつりとつぶやいた。
 そんなアメリアを、キオスはただじっと見つめている。
 微笑を浮かべ、けれどその目には強い意志をにじませて。
 さあと、涼風が駆け抜けていく。


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update:09/06/04