茜空の落し物
fake〜うそっこ王子〜

 今から三週間ほど前のことだっただろうか。
 いつものようにゲイルの店に仕立物をおさめた帰り、まだ時間があったこともあり、アメリアは少し遠回りをして帰ることにした。
 その日はリリスが少し具合が悪く、彼女が好きなお菓子をお見舞いに買って帰ろうとした。
 そして、ちょっぴり人気店のため少しだけ並んでお目当てのお菓子を買い、帰り道を急いでいた時だった。
 人通りが少なくなった夕方の道。
 前方の建物の影から、一人の男がふらふら出てきた。
 焦点が合っていない目で、何やらぶつぶつ意味不明なことをつぶやいていた。
 アメリアの中の何かが瞬時に警告を発し、足をとめじりっと一歩後退する。
 そして、次の瞬間、もときた方へ引き返そうとした時、男は急に血走った目を見開きアメリアに飛びかかってきた。
 それをすんでのところでかわし、アメリアはそのまま走り出す。
 けれど、男は相変わらず意味不明な魔物のような叫びを上げつつ、執拗にアメリアを追ってくる。
 恐怖のあまり、アメリアの足がからみこけそうになった時、勢いがついたまま誰かにぶつかった。
 かと思うと、アメリアの肩をぐいっと引き、そのぶつかった人物は背後におしやった。
 そして、茜色の空に銀の光が一筋きらめいたかと思うと、何かが倒れる鈍い音がした。
 その後に、ばらばらと警邏兵がやってきて、倒れた先ほどまでアメリアを追いかけていた男を取り押さえた。
 それから、青年が警邏兵の一人と言葉をかわしたかと思うと、警邏兵たちは倒れた男をつれてぞろぞろとこの場を離れていく。
 アメリアは何事が起こったのか理解できず、ただただその場で座り込みがくがく震えていた。
 すると、先ほど踊り出てきた人物が、震えるアメリアの頬をふわりと包み、そしてすぐにはなしていく。
「大丈夫?」
 その声の調子から、まだ若い青年のようだった。
 はじかれたようにアメリアが顔を上げると、青年は遠くの方から警邏に呼ばれたのだろう、さっとアメリアに背を向けそちらへ振り返っていた。
 逆光で、アメリアにはその姿がはっきり見えない。
 夕日にくらむ目を細め、アメリアは必死にその姿を見ようとする。
 けれど、青年はアメリアの無事を確認すると、その一言だけを残しそのまま去って行った。
 アメリアの礼の言葉も聞かないまま。
 アメリアはいつの間にか震えがおさまっていることにも気づかず、夕日に溶け込むその後姿をただじっと見つめていた。
 そうして、すっかり青年の姿が見えなくなった頃、もう夕日は山の向こうに沈んでいた。
 はっとして、アメリアは急いで家路につこうとして、のっそり立ち上がった。
 その時、足元でこつんと小さな音がなり違和感を覚えた。
 視線を落とすと、のぼりはじめた月の光に照らされぼんやり青白く光るものを見つけた。
 何かと思い拾い上げると、それは、青い星型の石と鈴がついた緑の紐だった。
 シャランと、涼やかな音が鳴る。
 ――きっと、この紐はあの青年の落し物だろう。
 アメリアには、そう確信できた。
 アメリアはばっと顔をあげ、青年が去って行った方を確認するようにもう一度見る。
 青年の姿は、やはりもう見えなくなってしまっている。
 一瞬ためらったように顔をゆがめ、そのままきゅうっとそれを抱きしめた。
 胸に、切なく苦しい、けれどほんのり甘い痛みが走る。
 それから三週間後の今、アメリアは自室の窓辺に立ち、あの日と同じやわらかな光を放つ月を見上げている。
 手には、あの日、あの人が落としていった、この国ではみかけないおかしな紐を握り締めている。
 いつかまた会うことがあれば、あの人にこれをきっと返そうと思い、アメリアはそれからずっとこの紐を持っている。
 そして、その時こそ礼を言おう。
 そこに、もっと別の感情がまざっていることには、アメリアは気づいていない。
 もう一度、この緑の紐の落とし主と会えるよう、アメリアは願っている。会えることを信じている。
 すうっと吹く夜風が、アメリアの頬をかすめひんやりとした空気を残していく。
 さあと、クロンウォールに初秋の風が吹き抜けていく。
 そろそろ、夏も終わりを迎える。


 いつものように、アメリアは城下の大通りを歩いていた。
 行きかう人々は、みんなどことなく楽しそう。
 恐らく、近頃頻繁に見かけるようになった警邏兵の存在など、たいして気にしていないのだろう。
 アメリアのように気にかけている方が珍しいかもしれない。
 この街は、世界中から隊商がやって来ることもあり、みんながみんないちいち把握していないといった方が正しいかもしれないけれど。
 アメリアの横を、農作物をいっぱいに積んだ荷馬車がごとごとと通り過ぎていく。
 そこにかけられた幌の紋章より、隣国アルスティルから運ばれてきたものだろう。
 アルスティルの作物は、とりわけ良品がそろっている。
 しかし、アメリアのような庶民でも、ちょっと頑張れば手に入れられる程度の良心的な高級品。それが、アルスティル産作物。
 本来ならば値が張るものだけれど、アルスティルからやってきた王妃の計らいで、クロンウォール庶民にも優しい価格設定になっている。
 今夜は奮発してアルスティルの豆を使ったスープにするかな?とのんびり考えながら、アメリアは通り過ぎる荷馬車を見送る。
「ねえ、あなた、たしかお針子のアメリアよね?」
 すると、ふいにそう声をかけられ、アメリアは慌てて振り向く。
 振り向いたそこには、裕福な家の令嬢らしい娘が三人、アメリアを見下ろすように立っていた。
 アメリアはなんだか嫌な予感がしたけれど、とりあえずおずおずと言葉を返す。
「え? ええと、あの……どちら様でしょう? わたしのお客様には、あなた方のような身なりのいい立派な方は……」
 どことなく怯えたような様子があるアメリアに気づき、娘たちは何かに気づいたように一度目をぱちくりとして、にっこり笑う。
 先ほどアメリアが感じたものと違い、人懐こい微笑み。
「ああ、そうね、ごめんなさい。わたしたちが一方的に知っているだけだったわね」
「あの、ええと……?」
「時々見かけるのよ、王子様とあなたが一緒にいるところ」
 くすりと笑って娘の一人がそう言った瞬間、アメリアの体は清々しいまでにびくんと震えていた。
 やはり、先ほどアメリアが感じた悪い予感は的中してしまったのだろうか。
 恐らく、この令嬢たちは、その発言からキオスのとりまきだろう。
 そして、この流れからすると、もしかしなくても、不釣合いだから近寄るなとか、身の程をまきまえろとか言われるのだろうか?


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update:09/06/10