幻の悪魔の薬
fake〜うそっこ王子〜

 キオスはちらっとまわりを確認すると、すぐ近くの路地へアメリアをさっと促した。
 アメリアは不思議に思いつつも、素直にそれに従う。
 少しだけ路地に入った暗がりで、人目をはばかるように、キオスはまたちらっと辺りを見まわす。
 そして、何かを確認したように小さくこくっとうなずくと、厳しい顔でアメリアに視線を落とした。
 声を押し殺し、キオスはぼそりとささやく。
「基本、クロンウォールは平和なんだけれど、今はちょっとまずくてね。この立地を利用して、やばい商売をはじめた連中がいるんだよ」
「やばい商売?」
 瞬時にアメリアの顔が険しくなる。
 こんな路地に促して何をするのだろうと思っていたら、なんだかとっても怖そうなことをキオスは話し出した。
 けれど、これはきっととても大切なことなのだろうと思い、アメリアは素直に耳を傾けている。
 同時に、人目をはばかってまでもアメリアに伝えようとしていることが、アメリアは心のどこかで少し嬉しくもあった。
 それはなんだか、アメリアが特別のように思える。
 思い上がりだとわかっていても、それでもアメリアの胸はちょっぴりだけあたたかくなる。
 キオスが、アメリアの顔にすっと顔を寄せる。
 アメリアの胸が、思わずぴょんと飛び跳ねた。
 けれど、懸命にそれを落ち着かせ、まっすぐにキオスを見つめる。
「アメリアは、プルレインって知っている?」
 その言葉にはとても聞き覚えがあるだけに、アメリアの中にさっと嫌な予感がよぎる。
 何しろそれは、とても有名な――。
「う、うん。名前だけなら、たしか……」
「そう、この世でいちばん危険な麻薬。この世を支配できるとさえ言われているくらいにね。正しく使えば良薬になるけれど、間違った使い方をしたら地獄絵図。それを、クロンウォールに持ち込んだ不逞の輩がいるんだ」
「え? 嘘……」
「本当」
 険しい眼差しを向けるアメリアに、キオスもまた厳しく顔をゆがめきっぱり答える。
 今キオスが告げたそれの重大さに気づき、アメリアの顔からさあと血の気が引いていく。
 プルレインとは、遠く離れた森の国セントレオナールの奥深くの谷の底でのみ栽培できる麻薬。
 正しく使えば、医者に見放された助かることはない患者の苦しみをやわらげることができる。痛みなく安らかに逝かせることができる。
 その他にも、剣の傷などといったものや、小さいものから大きいものまで、どのような痛みもやわらげる。
 つまりは、痛みを感じなくさせる作用がある、とても重宝されている薬。
 けれど、間違った使い方をすれば、それは一瞬のうちに人から理性を失わせ、命を奪うものとなる。大量殺戮の道具にさえなる。
 そこで、厳しい管理下で栽培され、なかなか出まわることはない。幻の麻薬と言っても過言ではない。
 必要な時に必要な者に必要な分だけわたるように、セントレオナールで厳しく統制されているという。
 簡単に手に入れられるようなものではない。
 もともと、セントレオナールの谷の底でしか栽培できない植物だから、希少で価値も高い。
 ゆえに、とても高価な薬だと聞く。秘薬とも言われている。
 そのようなものが、何故クロンウォールに?
 アメリアは腑に落ちなくてたまらない。
「そんなこと、わたしに言ってもいいの?」
「むしろ、言っておいた方がいいかなと思って。アメリアも気をつけておくんだよ、決して近づいちゃだめだからな。俺たちがなんとかするけれど、ちょっと大変なんだ。なかなかしっぽをつかませてくれなくて」
 変わらず険しい顔で見つめるアメリアに、キオスは困ったように肩をすくめる。
 ふわりと、アメリアの頬を包み込み、キオスは苦しそうに微笑む。
 辛そうな中にも艶かしささえ感じられるキオスの微笑に、アメリアは思わずみとれてしまった。
 アメリアは、気づけばそっとキオスの胸に頬を寄せていた。
 きゅっと、頬を寄せるそこをにぎりしめる。
 なんだかわからないけれど、とても怖くて、アメリアはそうせずにはいられなかった。
 何が怖いかはわからない。漠然と何かが怖い。
 こうしてキオスをつかまえていないと、消えてなくなりそうな気がする。
 先ほどのキオスの微苦笑が、アメリアにそう思わせる。
 たしかに、アメリアは近頃変な噂を耳にする。
 まるで麻薬の中毒者のような症状の者が、警邏に連れて行かれていると。よく見かけるようになったと。
 この豊かで平和なクロンウォールではあり得ないことだと。
 実際、アメリアも三ヶ月ほど前、恐ろしい目に遭っている。
 アメリアに襲いかかってきたあの男も、今思えばきっとこれにおぼれてしまった者なのだろう。
 クロンウォールは、贅沢さえ望まなければ、高望みさえしなければ、民は普通に暮らせていける恵まれた土地。
 これまでは知識はあれども、そのようなものを実感したことなんてアメリアはなかった。
 麻薬とは、貧しい国ほど広がっていると聞く。
 だから、まさかクロンウォールでそれが広まろうとしているなど、信じ難い。自ら堕ちていこうなど、理解し難い。
 けれど、王子であるキオスが言うなら、それはきっと本当だろう。
 この平和な国を守るため、王族はもちろん城に仕える者たちは常に内外の危険に気を払っていると聞く。
 これは、国民なら誰でも知っていること。
 今の王様は、すべての憂いを取り除くために日夜勤めているという。
 守られた平和なクロンウォールでも、そんな危険なものはないと思うこと自体から間違いで、驕りだろう。
 どんなに平和に見えても、必ずどこかにひずみがある。光があれば影もある。
 きっと、今のクロンウォールの平和は、まやかしなのだろう。
 そして、キオスたちは、そのまやかしを現実のものにしようと動いている。
 そう思うと、アメリアは素直にキオスの言葉を聞き入れられる。
 聞き入れたくはないけれど、きっとそれが、今のクロンウォールの現実なのだろう。
 キオスは頬を寄せるアメリアの背に、ためらいがちに腕をまわしていく。
 それはまるで、このまま腕をまわしてもよいものかと、探るようにまわされていた。
 思い切り抱きしめたいけれど、それはしてはいけないと、キオスの中の欠片は存在した理性が総動員しておしとどめている。


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update:09/07/06