王子様の本当
fake〜うそっこ王子〜

「あら? キオス王子」
 罪悪感めいたものを感じながら、それでもアメリアに嫌がる様子がないことに甘え、キオスがぐるぐると葛藤している時だった。
 そう声がかかり、びくんと体がはねる。
 そして、はじかれたように抱き寄せていたアメリアをばばっと引き離す。
「ええー!? フィ、フィーナちゃん!? フィーナちゃんがどうして!?」
 声のした方へがばっと振り返り、同時にキオスは叫んでいた。
 いつの間にか、キオスの背後に、フィーナとクレイが立っていた。
 かあと、キオスの顔が真っ赤に染まる。
 そこにそうしているということは、間違いなく、キオスの欲にまみれた行動を二人に見られている。
 そして、この二人のことだから、ここぞという時に、今やってきたように声をかけたのだろう。
 そう思うと、キオスの顔は羞恥にますます赤くなる。
 キオスの腕から解かれたアメリアもまた、頬をぽっと染めている。
 どうしたらよいのかわからず、どぎまぎしている。
「うふふ、お忍びですのよ」
 ふわりとクレイの腕に手をまわし、フィーナは優雅に笑ってみせる。
 その言葉通り、いつもより控えめに中流貴族の装いをしている。
 フィーナいわく「いくら変装しても、この内からにじみ出る気品は隠せませんものね? だから、変装するにしてもこのくらいがちょうどいいのですわ。下手に庶民に化けてもすぐにぼろが出るだけですわ」と、なんともフィーナらしい不遜な理由で、中流貴族の装いをお気に召している。
 それに、もちろんクレイもつき合わされている。
 まさか、一国の王が、このクロンウォールの王が、当たり前のように供もつれず城下を歩いているとは誰も思うまい。
「ああ、もうっ、まったくこの夫婦はっ!」
 クレイまでもフィーナにつられ半分くらいはのりのりなことに気づき、キオスは面倒くさそうにはき捨てる。
 そう、まったくもって面倒くさい。この二人にそんな危険なことはするなと言っても無駄だとわかっている。むしろ、返り討ちに遭うのが目に見えている。
 そうわかっていて、あえて何かを言おうという気には、さすがのキオスもなれない。
 ばりばりと頭をかくキオスににっこり微笑みかけ、フィーナは楽しそうにさも当然とばかりに言い放つ。
「だって、クレイさまが、わたくしに似合う髪飾りを見つけたというのですもの、仕方がないでしょう」
「というか、それはたてまえで、本気で城下散策をしたかっただけでしょ。クレイと二人きりで」
「うふふ、当然じゃない」
 けろりと責任転嫁までしてのけるフィーナに、キオスはがっくり肩を落とす。
 フィーナはかわらず、にこにこと楽しげに笑っている。
 キオスは呆れたようにふうと息をはきながら、ちらりとクレイを見る。
「それで、クレイが慌ててついてきたと」
「キオス王子のくせに、よくわかっているじゃない」
「くせには余分だよ。フィーナちゃんの行動パターンくらい、誰だってよめるよ」
「まあ、失礼しちゃうわね」
 脱力感たっぷりに断言するキオスに、フィーナはぷっくりと頬をふくらます。
 どうやら、図星だったらしい。
 まあ、それは、この二人を知る者ならば、容易に想像できることだけれど。
 王妃様のわがままには、王様はどうしたって逆らえないことくらい、城内ではとっても有名。城内どころでなく、もしかしたら、城下にも広く知られているかもしれない。
 二人は、誰もがうらやむ、ラブラブな夫婦。
 あまりもの言い分にめまいすら覚えていそうなクレイの腕にきゅっと抱きつき、フィーナはくいっと首をかしげる。
「ところで、そちらのかわいらしいお嬢さんは? キオス王子、まさかあなた……」
 ちらりとアメリアに視線を向け、抱きつく腕にぎりっと力をこめ、フィーナはキオスを怪訝ににらみつける。
 よほど力がこもっているのか、クレイの口のはしがわずかにひきつる。
「ち、違う! 騙してもたぶらかしてももてあそんでもいないから!」
 キオスははっと気づき、顔の前でぶんぶんと手をふり、慌てて叫ぶ。
 フィーナはすうと表情をゆるめ、今度は蔑むようにキオスに視線を送る。
「そのようなことをしていたら、切り刻んでミンチにしているところよ」
「うーわー。さすがフィーナちゃん、容赦ない」
 キオスは、ひくひくと恐怖に頬をひきつらせる。
 じりっと、さりげなく一歩後退した。
 それほど、にっこり笑うフィーナが恐ろしいということだろう。
 フィーナはにこにこ笑いながら静かに激怒することを得意としていると、キオスは身にしみて知っている。
 ふふふと、やはり優雅ながらも、どこか不気味さを感じさせるようにフィーナは笑う。
 ここが、フィーナがフィーナである所以とも言えよう。
 この王妃様を怒らせては、クロンウォールでは生きていけない。
 だって、あの賢王と名高い王ですら、王妃様にはかなわないのだから。王妃様のわがままは何でもきいてしまう程度のべた惚れなのだから。その点においてだけは、とってもへたれている。
 腹に一物も二物も抱えながら笑っていたかと思うと、フィーナはアメリアにすっと向き直った。
 もちろん、恐ろしさにぶるぶる身を震わせるキオスなど、さっくり無視。
 フィーナはクレイの腕から手をはなし、そのままアメリアの頬へのばしていく。
 アメリアは、思わずぎゅっと目をつむった。
 すると、のばしたフィーナの手は、ふわりとアメリアの頬に添えられた。
 アメリアはぱちくりとまばたきをし、不思議そうにフィーナを見つめる。
 キオスに向ける邪悪な微笑みとは違い、フィーナの優しい笑みがアメリアに向けられた。
「あなたも大変だとは思うけれど、キオス王子のお守り、よろしくね」
「え? あ、あの……っ」
 突然のフィーナのその言葉に、アメリアは訳がわからずあたふたする。
 一応王子であるところのキオスと気安くつきあっていることをとがめられることはあっても、まさかその言葉が出てくるとは、アメリアは思っていなかった。
 キオスに気安く声をかけるこの二人のことはわからないけれど、きっとそれが許される身分なのだろうことはアメリアにもわかる。
 そんな二人に、先ほど、キオスに抱き寄せられていたところを見られていたはず。
 あのような場面を見られて、ただですむとはアメリアだって思っていなかった。
 なのに、フィーナから出てきた言葉は、そんな思いもかけないもので……。
 アメリアの頭も目も、ぐるぐるまわってしまう。
 明らかに混乱しているアメリアに、フィーナはおかしそうにくすりと笑う。
「こんなにちゃらんぽらんで困った王子だけれど、これでも一応、わたくしの義弟ですものね」
 フィーナはアメリアの頬に触れていた手をすっとひき、そのまま口の前で人差し指をたておどけてみせる。
 瞬間、アメリアはばっと目を見開いた。
「え!? そ、それじゃあ、あなたは王――」
「ストップ。言ったでしょう? お忍びなのよ。キオス王子のように城下を歩きまわっても平気な身分じゃないのよ、本来は」
 フィーナは立てた人差し指を、そのままアメリアの口元へぴしっと持っていく。そして、にっこり笑う。
 アメリアはフィーナをじっと見つめ、息をのむ。
「フィーナ、わかっているなら頼むから……」
 楽しげににこにこ笑うフィーナを、クレイが背からふわりと抱きしめる。
 そして、フィーナの顔の横で、困ったように眉尻をさげ「めっ」としかる。
 フィーナは一瞬とろんと幸せそうに微笑んだかと思うと、意地悪くにっこり笑った。
「クレイさまも楽しんでいるじゃない」
「ああ、もう、こんな奥さん、嫌だ」
「うふふ、そんな奥さんが好きで仕方がないのでしょう」
 顔のすぐ横にあるクレイの頬を、フィーナはつんつんつつく。
 すると、クレイは驚いたように目を見開き、素直にこくんとうなずいた。
 それから二人、驚きあっけにとられるアメリアの前で、うっとうしいくらい見つめあいはじめる。
 アメリアの横では、キオスが呆れたように、そしていまいましげにはき捨てる。
「……けっ。勝手にやってろよ、馬鹿馬鹿しい。こんなところまできて、いちゃつくなっつーの。――行こ、アメリア!」
 フィーナとクレイのあまりものいちゃつきっぷりに圧倒されるアメリアの腕をキオスはつかみ、ぐいっと引き寄せる。
「え? あ、あの、キ、キオス!?」
 ここはキオスに従うべきか、それとも王妃様に従うべきか迷い、おどおどするアメリアにかまわず、キオスはずんずん歩き出す。
 アメリアはひっぱられるように、足をもつれさせながらそれに従う。
 キオスに引かれる腕が、熱を感じている。
 胸がどきどきいっている。
 今キオスに手を引かれているという事実が、アメリアの心を嬉しくさせる。
 けれど、その幸せにひたってばかりもいられないと気づき、ちらりと背に視線を移した。
 すると、同時に、ばちりとフィーナと目があった。
 アメリアは慌ててぺこりと頭をさげる。
 そうしている間にも、アメリアはずるずるとキオスにひっぱられていく。
 いよいよどうすればいいのかわからず混乱しはじめたアメリアに気づき、フィーナは楽しげにくすりと声をもらし、優しい笑みを浮かべた。
「アメリアさんといったかしら? くれぐれもキオス王子をお願いね。本当におばかだから。相手の力を素直に認めるのよ、馬鹿正直にね。いいえ、正真正銘、紛う方なくおばかだけれど」
 そのように訳がわからないことを言って、フィーナはやっぱりくすくす笑う。
 フィーナに寄り添い、クレイもおかしそうにくすくす笑っている。
 アメリアはそんな二人を、やはり不思議そうに見ている。キオスにずるずるひっぱられながら。
 その言葉は、早くこの場を去ることだけに気をとられているキオスには、恐らく聞こえていないだろう。
 アメリアだけが聞けたその言葉。
 それが、じんと、アメリアの胸の奥をしびれさせる。
 アメリアには、ちゃんとわかった。訳がわからない言葉なんかじゃない。
 きっと、他意なく、たわいなく言われた言葉だろうけれど、アメリアにはとても心強い言葉に聞こえた。
 だってそれって、なんだか……。
 そんなことはあるはずはないとわかっていても、それでもアメリアを嬉しくさせる。
 やっぱり、アメリアが感じているキオスは嘘じゃない。
 キオスに感じていた違和感が何か、アメリアはわかったような気がする。
 わかる人にはちゃんとわかる、キオスの本当。
 確信めいた思いが、アメリアの中に広がっていく。


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update:09/07/17