異国の隊商
fake〜うそっこ王子〜

 辺りには、陰気な空気が漂っている。
 この場所は、いつもこう。
 そして、それにひかれるように、力強い光を失った目をした者たちがじわじわ集っている。
 あまり人が近寄りたがらない、裏通り。
 そこは、他より一段低くなった土地にある。
 そのためか、空気が滞り常にじっとり湿った感触が肌をつく。
 かつてはここは沼地で、増えた人口を収容するために、この地は埋められたという。
 それまでの土地からはみ出た人々が競ってこの場へやって来た。
 現在では、とりわけ貧しい層が、犯罪と隣り合わせの中生活している。
 近頃では、後ろ暗い者ばかりが好んで集っているとも言われている。
 よって、太陽の光を好む人々は、ここへは近寄りたがらない。
 一本通りを入るだけで、活気あふれる大通りから想像すらできない世界がここにはある。
 平和に見えるクロンウォールにだって、蓋をしておきたい場所がある。
 それがこの一角だろう。
 犯罪者たちも好んで集うという。
 その通りは、大通りから続く人一人がようやく通れる程度の細い階段をくだりきったところにある。
 ちらちらと、白い影がうごめいている。
 昼間でもめったに陽が差し込むことのないその場所。
 その白い影のもとに、息せき切った男が現れた。
 その男も、そこにちらちら見える者たちと同じように、白いフードを頭からすっぽりかぶり白いローブで身を包んでいる。
「くそっ、しつこい連中だ! ようやくまけた」
 現れたばかりの男が、やって来た方をちらっと見て、そう吐き捨てた。
「何? またつけられたのか?」
 白装束男の一人が、いまいましげに問いかける。
 頭からすっぽりフードをかぶっているので、その表情は読み取ることはできないけれど、かもしだす雰囲気からなんとなくはわかる。
「ああ、しかし問題ない。我々のアジトまではばれていない」
「馬鹿め。そのようなへまをしたら、もとより命はないと思え」
「わかっている。我々の雇い主は、使えない者は即刻始末する人だからな」
「しかし、金払いはいい。何しろ、あの人は……」
 白装束の男はそこで言葉を切り、ふと何やら考えこむ。
 かと思うと、すぐに気を取り直し、そこにともにいる他の白装束連中を手招きして呼び寄せる。
「わかっているだろうが、油断するな。あの憎らしい王子の犬はますます邪魔をするようになった」
「ああ、そろそろ対処せねば、我々の身も危うい」
「そうだな、まったくいまいましい、あの王子はっ」
 ぼそぼそと、男たちは憎らしげに吐き捨てる。
 ……と、そんな会話がそこでなされていても、まったく不思議ではない。
 それくらい、大通りから一本はさんだだけのこの界隈は荒んでいる。
 もちろん警邏の監視の目は常に向けられているけれど、それでも紛れて悪事を働く者も後をあたたない。
 これが、この城下で唯一頭を痛めるものだろう。
 事実、夕暮れも近づき、怪しげな人影がひとつ、またひとつとここに集いはじめている。


 活気あふれるクロンウォール城下の大通り。
 楽しげに行き交う人々の中に、アメリアの姿もあった。
 今日も元気に城下を歩いている。
 以前は、必要がなければあまり外出をしたがらない方だったけれど、今は少しでも時間があれば散歩に出ている。
 そんな少しの時間でも、外に出れば、キオスに会えるかもしれないから。キオスの姿を、ひと目でも見ることができるかもしれないから。
 小さな可能性にかけた、アメリアの大きな望み。
 いつの間にそうなったのかはアメリアにもわからないけれど、そして多くは望まないけれど、たったひとつだけ、キオスとおしゃべりするだけで十分。
 その何気ない時間が、アメリアはとても気に入っている。
 もしかしたら、キオスを慕うお嬢さん方も、こんな気持ちなのだろうか?
 キオスといるだけでわくわくする。楽しくなる。
 けれど、お嬢さん方とひとつだけ違うところもある。
 アメリアは、多くは望んでいないはずなのに、キオスが他の娘とともにいるところを見ると落ち着かなくなる。胸がざわつく。
 そこだけが、違う。
 今日もほのかな期待を胸に、アメリアは大通りを歩いていた。
 すると、よく買い物に行く八百屋のおじさんが、「いいりんごが入ったから買っていけ、おまけもたっぷりするよ」なんて言うものだから、アメリアはついついたくさん買いこんでしまった。
 散歩のついでに夕食の買い物をするつもりだったので、まあそれはかまわない。
 ただ問題は、それはかごからあふれ出そうなほど買い込んでしまったところ。
 アルスティル産のりんごがこんなに安く手に入ることは滅多にないので、それも仕方がない。
 真っ赤なりんごを見ていると、パイにジャム、ケーキにメインディッシュの付け合せに、はたまたスープの隠し味にもなるかなと、いろいろ妄想が広がり、気づけばこんなことになっていた。
 まさしく、古い書物にも記されている禁断の果実。
 今にもりんごがこぼれ落ちそうな籠を両手で抱くように持ち、アメリアはえっちらおっちら歩いている。
 これでは、キオスに出会えるまで街を歩けなくなってしまった。
 それが、アメリアをしょんぼりさせる。
 思わず、気持ちのままくてっと体から力を抜いた時だった。
 その拍子に、りんごがひとつふたつと籠から飛び出し、ころころ転がっていく。
 街を行き交う人々をたくみにかわし、りんごがふたつころころ転がっていく。
 アメリアは慌ててそれを追いかける。
 そうして、裏通りへ続く階段の上で、ようやくりんごをふたつ捕獲した。
「よっしっ!」
 満足げにそうふんぞり返った瞬間、アメリアの目の端に白くちらりと動くものが入ってきた。
 見てみると、階段のちょうど下辺りに、ちらほら動く白装束の男が数人いた。
 この辺では見かけない、全身を大きな白い布で覆った男たち。
 どこか遠い国の衣装のように見える。
 しかし、近頃はいろんな国から隊商が来ているので、別段珍しくもない。
 問題は、彼らが今いる場所だけ。
 まあ、貧しい国の人もいるので、表通りの宿をとれなかっただけだろう。そう考えれば不思議でもない。
 皆ばらばらとその場から立ち去っていくように見える。
「あれ……? 珍しい格好。遠い国の隊商かな?」
 ぽつりとつぶやくと、アメリアはもと来た道を戻るべく、くるりと体を翻した。
 すると、その拍子に、せっかく籠におさめたりんごがまたひとつ、ぽとりと落ちる。
「あーっ!!」
 悲鳴に似た叫び声を上げ、アメリアは慌てて落ちたりんごを拾い上げる。
 ちょうどその横を通っていた若い男が、びくりと大きく体を震わせ驚いていた。
 アメリアはえへへと愛想笑いを浮かべ、そそくさとその場から去ろうとする。
 見慣れないその白ずくめの男たちにアメリアは違和感を覚えたけれど、りんごにくらべたら取るに足らない。
 それに、アメリアにはそんなことはどうでもよかった。
 ちょうど、向こうの方に、わき道からでてきたキオスの姿を見つけてしまっていたから。
 今日は若い娘たちではなく、警邏兵数人とともにいる。
 アメリアはそこに違和感を覚えつつも、今日はもう会えないとあきらめていただけに、気にすることなく駆け寄っていく。
 あきらめていた分だけ、胸のどきどきが激しくなる。
「キオス!!」
 そう叫び、アメリアは一目散にキオスに駆け寄る。
 先ほどの雄叫びと同時に、はじかれたようにアメリアを見た下の通りにいた異国からの男たちに気づくことなく。
「今の娘は……?」
「まさか、聞かれたか?」
「どちらでもいい、面倒だ、あの娘もやれ」
 そして、まだその場に残っていた白装束の男たちが、そんな言葉をこそこそかわしていたことも、アメリアはもちろん知らない。
「キオスとは、いまいましい名だ」
 キオスとその名を口にした瞬間、男たちは射殺すようにアメリアを見ていた。


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update:09/07/28