虹の女神
fake〜うそっこ王子〜

「キオス!」
 そう叫び、きらきらと瞳を輝かせ駆け寄るアメリアに気づき、キオスはにっこり笑った。
 ともにいた警邏兵をしっしっと追い払い、最後までとどまるシュリもうっとうしげに蹴散らす。
 シュリたちは、キオスのその様子に、やれやれと肩をすくめながら去っていく。
 このままキオスに逆らいこの場にとどまったところで、よいことなどまったくないとわかっているように。
 去り際に、ちらちらとキオスを確認するように見て、シュリはふうと小さく吐息をもらすと、ためらう警邏兵を追いやるようにともに去っていく。
 それを確認すると、キオスは再びアメリアへ視線を向け、さっと両手を広げた。
 すると同時に、その胸にアメリアがぽすんと飛び込んだ。
 それはまるで、そうすることが当たり前のように。
「アメリア、奇遇だな」
「うん、今日は会えないかと思っていた」
「そうか」
 腕の中で嬉しそうに笑うアメリアに、キオスは頬をゆるめながらもどことなく複雑そうに笑う。
 その時、さあと一筋の風が吹き、アメリアの茶色の髪をゆらしていく。
 ぽとりと、足元で何かが落ちる音がした。
「りんご?」
 ゆっくり腰をまげながら、キオスはアメリアに問いかける。
「うん、いいりんごだって言うから、ついたくさん買っちゃった」
「そうか。――はい」
 拾い上げたりんごをアメリアに手渡しながら、キオスは優しげに唇の端をあげる。
「今日はこれでね、パイを焼こうかなと思って」
「へー」
「うまくできたら、キオスにもおすそ分けしようか?」
 受け取ったりんごをぐいっと籠に押し込みながら、アメリアがたわいなく言う。
 キオスは思わず目を見開き、アメリアを見つめる。
 それから、くすりと小さく笑った。
「ああ、うまくできたら、な?」
「うわっ。なんかひっかかる言い方ねー。キオスの意地悪!」
 アメリアはぷっくり頬をふくらませ、上目遣いにキオスを見る。
 すねたように見せつつも、瞳の奥は楽しげにいたずらっぽく輝いている。
 二人、顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。
 それと同時に、アメリアの手から籠がさっと消えていた。
「え? キオス?」
 ぱちくりと目をまたたかせ、アメリアは不思議そうにキオスを見つめる。
「持つよ。今日はもう帰るんだろう? 俺もそろそろ戻るから、送っていくよ」
 アメリアの手から取った籠をふりふりふりながら、キオスはどこか得意げに笑う。
 アメリアは困ったようにくすりと笑うと、大きくうなずいた。
「うん、ありがとう」
 そして二人、触れるか触れないか程度の距離をあけ、沈み行く太陽へ向かって並んで歩き出す。
 この通りを西へまっすぐいき、角をいくらか曲がったところにアメリアの家がある。
 そうしていくらか歩いた時だった。
「あれ? キオス?」
 ふいに、誰かがキオスの名を呼んだ。
 アメリアは、思わずその声がした方へばっと振り返る。
 だって、その声は、涼やかで綺麗な女性の声だったから。
 いつも娘たちにかこまれているキオスなのだから別段珍しいわけでもないけれど、アメリアはいちいち反応してしまう。
 何より、キオスをキオス≠ニ呼ぶ女性など、いつものとりまきの娘たちの中にはいない。
 キオス≠ニ呼ぶのは、キオスに許された一部の者だけ、――のはず。
 アメリアが振り返ると、そこにはまだ少女といった方がいいくらいの女性が立っていた。
 くいっと首をかしげ、綺麗なプラチナブロンドを夕暮れの風にそよがせている。
 銀の髪は、赤く染まる景色の中、きらきらと虹色に輝いている。
「え? あ、リシー」
 振り返ったキオスが、女性を確認しにっこり微笑みかけた。
 すると、リシーは「やっぱり、キオスね」と言いながら、ゆっくりキオスへ歩み寄る。
「なに? またナンパ?」
 女性はキオスのもとまでやって来ると、にやっとからかうように笑う。
「そんな感じー。リシーはまたお忍び?」
「うん。フィーナ王女――あ、もう王妃ね、フィーナ王妃に結婚のお祝いを持ってきたの。……こっそりね」
 リシーはくすくすといたずらっぽく笑う。
 がっくりとキオスの肩が落ちる。
「やっぱり普通には来ないんだね。――ところで、クリサスは?」
 キオスが、そう言いながら、確認するようにちらちらと辺りを見まわす。
 ころころ笑っていたリシーの顔が、急にくもった。
 そして、ぷうと頬をふくらませ、うっとうしげにはき捨てる。
「まいてきた。だってあいつったら口うるさいんだもん」
「たしかに口うるさいよね。うちのクレイとどっちが口うるさいかな?」
「んー、難しいところね」
「うん、難しいところだ」
 キオスとリシーはそう言うと、あははと楽しげに豪快に笑い出した。
 あまつさえ、キオスはシリーにばしばしと胸をたたかせている。
 そんな二人は、アメリアの目には、ずいぶん親しい仲のように映ってしまう。
 事実、そうなのだろう。キオスのリシーを見る目は、他の娘さんたちを見る時とはちょっと違った、とても優しい目をしている。
 アメリアは二人のやりとりを、ただ静かに見ていることしかできない。
 その会話には、アメリアは入っていけない。
 それが、アメリアの胸をずきずき痛める。
 アメリアの目の前で、アメリアの知らない女性と、アメリアの知らないことを楽しげに話さないでほしい。
 そんなあさましい思いが、アメリアの胸の内でじわりと広がる。
「それより、お祝いって?」
 キオスは、一通り笑い終わり満足そうなリシーの肩を押し、離れさせる。
 リシーもふと気づいたように、「やばやばだわ」とつぶやきながら、誰かを気にするようにそそくさと離れる。
「ああ、うん。聞いて驚きなさい。なんと、虹の女神をちりばめた宝石箱よ。本当はティアラを贈りたかったのだけれど、クロンウォールには王妃に受け継がれるティアラがちゃんとあるでしょう? だからあきらめたの」
 リシーは片手を腰にあて、もう一方の手の人差し指をついっとつきだす。
 キオスは目をぱちくりと一度まばたかせ、感心したようにリシーを見る。
「虹の女神って、またすごいのを持ってきたなー。まあ、リシーならたいしたことないだろうけれど」
 うんうんとうなずくキオスの横で、アメリアも思わずじっとリシーを見つめてしまった。
 だって、虹の女神といえば、アメリアですら知っている、この世の奇跡と言われる最上の宝石。
 鉱山の国ホーランディカでのみ採掘できる、虹色に輝く鉱物のこと。
 その希少性、美しさから、世の権力者たちがこぞって欲しがる宝石。
 そうやすやすと手にできるものではない。
 それを、宝石箱にちりばめてしまうなど、どこの王侯貴族だろうか。
 キオスの知り合いらしいので、どこかの王侯貴族ではあるのだろうけれど。そうでなくても、大金持ちの令嬢ではあるだろう。
「ええ、わたしならたいしたことないわよ」
 それを裏付けるように、リシーはけろりと言い切った。
 あまりにもあっけらかんとしたリシーの様子に、さすがのキオスの肩もがくりとさがる。
「いや、そこは謙遜してよ」
「だって、本当のことだもん」
 けれどやはり、リシーはたわいなくにっこり笑う。
 二人、ばっちりと視線を合わせ、くすりと笑い合う。
 つまりは、そういうことだろう。
 二人、とんでもないことを言い合って、アメリアにはわからない世界の話をして、楽しんでいる。
 けれど、アメリアの目は、それはあながち冗談ではない、嘘ではないように映る。
 こんなとんでもない会話をたわいなくするなんて、やっぱりキオスとは住む世界が違うのだと、アメリアはあらためて釘をさされたような気がした。
 すうと、アメリアの胸の内をつめたいものが駆け抜けていく。


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update:09/08/04