噂の貴婦人
fake〜うそっこ王子〜

「それじゃあ、わたしはそろそろ行くわね。ぐずぐずしていたら、あいつに見つかっちゃうわ。キオス、後でまたお城で会いましょう」
「うん、後でねー」
 ぱんと手をたたきそう言うと、リシーはくるりと身を翻した。そして、キオスに手を振る。
 それにこたえるように、キオスもふりふり手を振る。
 次第に、リシーの姿は赤く染まる景色の中に消えていった。
 たしかに、リシーが消えたその先には、クロンウォール城が見える。
「今の人……」
 もうすっかりリシーの姿が見えなくなった頃、アメリアがぽつりとつぶやいた。
「ん? リシー?」
 赤く染まるクロンウォール城をまっすぐ見つめるアメリアを、キオスは不思議そうに見る。
 いつも元気なアメリアが、今はなんだか沈んでいるようにキオスの目には映る。
 けれど、あえてそれには気づかなかったように、キオスは明るくふるまってみせる。
 恐らく、アメリアもそれを望むだろうと思い。
 キオスの考え通りだったのか、キオスのその思いをくみとったのか、アメリアは何事もなかったようにぱっと顔をあげにっこり笑った。
「うん、とても綺麗な人だね」
「ああ、だって、俺をふったうちの一人だからね。そして、ホーランディカの王子と婚約しちゃった」
「え?」
 あっさりとしかも明るく言い放つキオスに、アメリアはぎょっと目を見開く。
 まさか、そんなとんでもないことを、こんなにさらっと言われるとはアメリアは思っていなかった。
 そもそも、そんなことすら想像できていない。
 アメリアの胸に後悔が押し寄せる。
 もしかしなくても、これは触れては、聞いてはいけないことだったのではないかと。
 キオスは明るく振る舞っているけれど、そんなこと、普通はそうやすやすと言えるものではないだろう。
 また元気を失ったアメリアに気づき、キオスはばつが悪そうに微苦笑を浮かべる。
 そしてやっぱり、あっけらかんと言い放つ。
「基本的に女の子はみんな大好きだけれど、結婚相手は絶世の美女って決めているからね」
「キオ――」
「ねー? マリーン嬢」
 険しい顔でキオスを見るアメリアの言葉をさえぎり、キオスはにっこり笑ってそう言った。同時に、ぐるんと振り向いた。
 アメリアもつられるように、キオスが振り向いた方を見る。
 するとそこには、レースの白い日傘をさし、驚いたようにキオスを見る貴婦人がいた。
 キオスにいきなり声をかけられ、思わず足をとめてしまったふうに見える。
「まあ、キオスさま? 驚きましたわ。お久しぶりです」
「久しぶりー。元気だった?」
「おかげさまで」
 キオスは足元にりんごの籠を置き、ぴょんぴょんとはねるようにマリーンへ近づいていく。
 アメリアはその後に続くことができず、その場でそれを見守ることしかできない。
 取り残されたりんごの籠に気づき、アメリアはきゅっと顔を苦しげにゆがめる。
 アメリアは、取り残されたその籠に、思わず自分を重ねてしまう。
 それから、のろのろと籠を持ち上げた。
 同時に、ころんとりんごがひとつころがり落ちる。
 それは、ころころと、ゆっくりキオスへところがっていく。
「でも、本当にひどいよねー。マリーン嬢って、俺をふって結婚しちゃうんだもん」
 ぷうっと頬をふくらませ、キオスはすねるようにマリーンをじっと見る。
 けれどマリーンはその視線をさらっとかわし、優雅ににっこり微笑んだ。
「うふふ。だって、キオスさま、あなた、女性には分け隔てなくお優しいけれど、誰も本気でお好きではないでしょう? ……かの姫君を除いては」
「……うっ」
「ご安心くださいませ。不穏な動きをつかみましたら、またちゃんとお知らせいたしますわ。わたくしのキオスさまへの思いは、今も昔もちっとも変わっておりませんもの。――では、ごきげんよう。わたくし、友人と約束をしておりますの」
 どうやら図星だったようで、うろたえるキオスに再び嫌味なくらい優雅な笑顔をふりまいて、マリーンは颯爽と去っていく。
「マリーン嬢のばかーんっ!!」
 その後ろ姿へ向かって、キオスは悔しそうに雄叫びをあげる。
 マリーンの耳にも届いたようで、キオスに背を向けたまま、おほほほと愉快そうに笑っている。
 キオスは恨みがましくじいっとマリーンを見ていたかと思うと、ふとそれをやめた。
 そして、すいっと体を少しななめに動かして、ぷうっと頬をふくらませる。
「……ちぇっ。マリーン嬢にはかなわないなあ」
 そして、「わざとだよ、あれ、わざとだよ、絶対」などと、ぶつぶつ言っている。
 その時、ころころころがっていたりんごが、キオスの足にこつんとぶつかった。
 いきなりのその違和感に、キオスははたと気づいて足元を見る。
 ひょいっと、足元に転がるりんごを拾い上げた。
 それから、きまり悪そうにゆっくりアメリアへ振り返る。
 そんなつもりはなかったけれど、どうやら、キオスはアメリアを置き去りにしてしまっていたらしい。
 りんごが籠から落ちたことにも気づかず、アメリアは不安そうにじっとキオスを見ている。
 思わず、キオスの口の端がふっと小さくゆるむ。
 罪悪感と同時に、優越感のようなものが、キオスの胸にじわりじわり広がる。
「ごめん、待たせて。その籠、持つよ」
 キオスはそう言って、まるでじらすようにゆっくりと、アメリアへ歩み寄っていく。
 そうすることによって、ますます頼りなげに求めるよう見つめるアメリアに、キオスは胸にくすぐったさを覚える。
「キオス、今の女性はたしか……」
 やってきたキオスに、アメリアはやはり不安げにそう語りかける。
 今の女性は、アメリアにもわかった。
 だって、有名だから。
 まさか、キオスがあの女性とも知り合いだったなんて、アメリアは思ってもいなかった。
 キオスもそれに気づいたように微苦笑を浮かべ、ぽんとアメリアの頭に手を置く。
 そして、籠の中にりんごを入れそのまま、アメリアの手から当たり前のように籠を奪い取った。
 どうやら、キオスは少々意地悪が過ぎてしまったよう。
「ああ、切れ者と噂のアエトス卿のマリーン夫人だよ」
「うん、噂で聞いている。たしか、身分違いの恋に破れ……」
 ふとアメリアの顔がくもった。
 それに気づき、キオスは困ったように微笑を浮かべる。
 すっと、さりげなく腕をのばし、アメリアの腰を抱き寄せる。
「そうだねー。最初は大変だったけれど、なんかいつの間にかそうなっていたよ。俺、あまり彼女の力になれなかったはずなのに、何故か感謝されちゃって、それからは友達で、よき協力者」
 キオスはにっこり笑って、こともなげに言う。
「そう……なんだ……」
 いつもならキオスがこんなことをしたら、どぎまぎして顔を真っ赤にしてしまうところだけれど、今のアメリアにはそんな余裕はなかった。
 むしろ、キオスのこの軽い振る舞いが、救いのように思えてしまった。
 キオスにとってはたわいない、いつも他の娘さんたちにしているような感覚かもしれないけれど、アメリアにはこれが特別なことのように感じる。
 特別なんかじゃないとわかっていても、アメリアの心はじんわり満たされていく。けれど同時に、激しい不安と苦しみにも襲われる。
 優しくされればされるほど、気安く接せられればられるほど、アメリアの胸はしめつけられる。
 今にも泣き出しそうに見つめるアメリアを、キオスはそのままそっと腕に包み込む。


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update:09/08/10