違う世界を生きる人
fake〜うそっこ王子〜

 マリーンには、身分違いの近衛の恋人がいたとアメリアは噂に聞いている。
 もちろん、それはまわりから猛反対され、そしてそれが落ち着いた頃、彼女は親子ほど年が離れたこの国の要人の妻になることになっていた。
 それは、城下では誰でも知っていること。
 彼女と近衛の恋は悲劇。
 彼女が近衛と別れることで、近衛はその職を失わずにすんだ。
 結局、権力に押し負かされてしまった悲恋として、城下の人々は噂している。
 そして、キオスの言葉。
 キオスはその理由をわかっていないようだけれど、マリーンはキオスに感謝しているだろう。
 それはつまりは、裏でキオスが彼女のために奔走していたということではないだろうか?
 アメリアはふとそう思った。
 そう思うと同時に、城下にあふれる噂にあらためて違和感を覚える。
 キオスは、本当に噂通りの王子なのだろうか?
 無類の女好きで、どうしようもないちゃらんぽらん。
 本当に、そうなの?
 アメリアは、だんだんわからなくなってきた。
 キオスを知れば知るほど、違和感は大きくなっていく。
 その違和感の正体がアメリアはわかったような気がしたけれど、また違う違和感も生まれる。
 けれど、ただひとつ、これだけはアメリアにもわかる。
 アメリアとキオスは、つりあわないということだけは。
 どうして、キオスのまわりには、優れた女性ばかりがいるのだろう。
 しかも、キオスの理想は絶世の美女。
 普通の容姿のアメリアでは、どう逆立ちしたって無理。
 いや、最初から望むことすらはばかられる、それくらい大きな身分の差がある。
 キオスは王子様。アメリアとはまったく違う世界を生きている人。
 今こうして一緒にいることが、奇跡。
 キオスはどうして、アメリアとともにいるのだろう?
 毛色が違う女の子が珍しくて、ただ面白がっているだけ?
 今さらだけれど、キオスのまわりには、きらびやかな女性がたくさんいる。
 これでは、アメリアなんて本当、ただの気まぐれ。おもちゃ。
 今は物珍しさでかまっているけれど、あきた時には……?
 それは、恐ろしすぎて、考えたくもない。
 もっともっと、たくさん、キオスと一緒にいたいと思うのに、いろいろなものが邪魔して、アメリアを悩ませる。苦しませる。
 もとより、アメリアがキオスに何かを求めること自体、大罪に等しい。
 そんな考えがアメリアの頭の中をぐるぐるまわり、さらに気分が沈んでいく。
「アメリア、どうした? 元気がないけれど」
 抱き寄せても抵抗しようとしないアメリアを不思議に思い、キオスは顔をのぞきこむ。
「え? ううん、その、ただ……」
「ただ?」
「な、なんでもない」
 キオスの腕の中でもぞもぞ動き、アメリアはばつが悪そうにぷいっと顔をそらす。
 キオスはふうとため息をもらし、ふわりと微笑んだ。
「本当、やりきれないよねー? 生まれてはじめて本気になった女性が、まさか兄貴のお嫁さんになっちゃうなんてね?」
 そして、アメリアをすうっと解放して、これまでのことが嘘のようにあっけらかんと言い放つ。
 キオスは自嘲するように肩をすくめて、ちらりとアメリアに視線を流す。
「え……?」
 どうやらそれは、キオスなりのなぐさめなのだろうけれど、アメリアにとっては余計頭を混乱させることになる。
 険しい顔で、じっとキオスを見つめる。
「違う? アメリアが聞きたかったのって、これだろう?」
「う、うん。ごめんっ」
 たしかに、それも気になっていた。
 けれど、そんなことより、今のアメリアとキオスの距離に気づき、そっちの方がアメリアにとって重要になった。
 けれど、それは言えない。
 むしろ、こちらと勘違いして答えてもらって、アメリアは救われた。
 キオスはどうして、アメリアが欲しい時に欲しい言葉をくれるのだろうか?
 キオスの言葉ひとつひとつが、アメリアを助ける。
 助けるけれど、時に諸刃の剣のようにひどく苦しませる。
「謝ることないよ。あんな状態で放っておかれたら、誰だって気になるよな。もうどうにもならないことだし別にいいよ。それに今は、フィーナちゃんが幸せならそれでいいんだ」
「キオス……」
「だからかなー、今になってあんな噂が流れたのって。きっと、傷心の王子が手当たり次第若い娘に手を出すとでも、どこかの輩が言い出したんだよ。失礼しちゃうよねー」
 キオスはくいっと首をかしげて、おどけるようにけらけら笑う。
 アメリアは答えることができず、思わずすっと視線をそらしてしまった。
 するとその目の前に、キオスの手がすっと差し出された。
 アメリアはがばっと顔をあげ、じっとキオスを見る。
「キオス、知って……」
 不安げに見上げるアメリアに、キオスは困ったように微笑を浮かべた。
 そして、差し出した手をそのままアメリアの頭へもっていき、くしゃりとなでる。
「ほら、そんな顔しない。女の子はいつもにこにこ笑っている方がかわいいよ」
 にっこり笑ってそう言うと、キオスは少し強引にアメリアの手をとった。
 そして、くいっと引っ張る。
「う、うん!」
 アメリアは慌てて、そう返事をした。
 そして、ずいぶん道草をしてしまったけれど、ようやく帰路へつく。
 アメリアの手を引き、アメリアの籠を持ちずんずん歩いていくキオスの後姿を、アメリアは泣き出しそうな顔でじっと見つめていた。
 アメリアはむしろ、そんなキオスの幸せを願う。
 そう言うように。
 夜の帳がおりはじめた頃、街の明かりの中へ、二人の姿は消えていく。


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update:09/08/18