その娘が好き?
fake〜うそっこ王子〜

 難攻不落とうたわれるクロンウォール城。
 そこの庭園に、金の髪をきらきら輝かせなびかせる少年がいる。
 瞳は大海のように澄んだ青色をしている。
 その容姿は、この国の王妃とよく似ている。
 漂わせる雰囲気も、とても気品に満ちている。
 けれど、その口から出る言葉は、気品の欠片もない。
「まったく、あんなのが王弟なんて世も末だね。あんな王族に仕えなきゃいけない君たちが気の毒で仕方がないよ」
 鍛錬場で訓練をしていた若い兵を何人かつかまえて、悪びれることなく当たり前のように、そうぶつぶつ愚痴っている。
 つかまってしまった兵たちは、どうしたらよいのかわからずおろおろしている。
 彼らの立場からして、賛同も反論もできない。
 まさしくあの王子は言われている通りの王子と常日頃から思っている。
 だからといって、素直に同調できない。
 だって、非難しているのは他国の王子で、その対象は一応自国の王子。認めては、自国の駄目っぷりも認めてしまうことになる。
 本当に、兵たちはなんて難しい話題を振られてしまったのだろうか。
 どちらもたてなければならないこの状況、誰か助けてくれと兵たちが心から思った時だった。
 時機よく救いの声がかかった。
「ローシャル様、それくらいでご容赦願います。兵たちが困っております」
「ん? 宰相?」
 立派なお髭をたくわえたおじさんが、困り顔でやってきた。
 同時に、そこにいた兵たちは、みんなぴしっと姿勢を正す。
「でもさー、宰相も思うでしょう? あれ、どうにかならないかな? 悪いけれど、この国の害にしかならないんじゃないのー? 何よりも、フィーナに不快な思いをさせているというだけで万死に値するね」
 しかし、宰相がとめるのも効果なく、ローシャルはさらに言い連ねる。
 やれやれといった様子で聞きながら、宰相はその背でさっと手を振った。
 それを認めた兵たちは、救われたように安堵の吐息をもらし、そそくさとその場を去っていく。
 そして、難を逃れ訓練をしていた兵たちの中へ入っていく。
「あれ? ローシャル来ていたんだ。お前も暇だなー」
 兵たちが無事逃げおおせたことを確認し、宰相もローシャルから逃れようとした時、背後からそう声がかかった。
 とってもその声に聞き覚えがある宰相は、嫌な予感がしてがばりと振り向く。
 するとそこには、なんて間が悪いのだろう、件の王子がとぼけた顔で立っていた。
 宰相はぐらりと嫌なめまいを覚える。
 宰相は、この二人がそろってろくなためしがないことをよく知っている。
 そして、宰相の予感は迷惑なことに見事的中する。
「あんたに言われたくないよ、このへっぽこ王子。僕はフィーナに、エイパスからもらったエメラブルーのお菓子をおすそ分けしに来ただけ。フィーナの喜んだ顔も見られたし、僕は帰るよ。あんたと同じ空気を吸っていたら、馬鹿がうつる。汚らわしいっ」
「ローシャル、てめっ」
 あざ笑うようにキオスをちらっと見て、ローシャルはおぞましそうに顔をゆがめた。
 そして、くるりと身を翻しキオスに背を向ける。
 エイパスといえば、エメラブルーの王子で、フィーナとローシャル姉弟の(悪)友人。
 そして、キオスも多少面識はあるけれど、まさかお菓子を気軽に贈りあうような仲だとは思っていなかった。
 なるほど、だからフィーナは、あんなにエイパスのことを嫌っているのか。
 だって、エイパス王子といえば、キオスとはまた違った意味で困った王子と有名だから。
「じゃあねえ、みんなちゃらんぽらん菌におかされないように気をつけるんだよー」
 あてつけるように訓練を続ける兵たちへ向かいそう言って、ローシャルはひらひら手を振り、くすくす笑いながら去っていく。
 ローシャルはフィーナの弟で、アルスティルの第一王子にして王太子。
 そんな王子が、いくら隣国で、姉の嫁ぎ先とはいえ、ふらふらとこんなところにやってくるなんて、キオスではないけれどよほど暇なのだろうか。
 事実、暇なのだろう。
 だって、お菓子ごときで、わざわざ他国の城にやってきて、そして大好きな姉の顔を見たからそのまま帰るというくらいだから。
 それとも、ローシャルのことだから、別に何か用が……?
 いや、そんなはずはない。
 ローシャルは普段からこうして、時折クロンウォールへやって来る。
 フィーナはもちろんだけれど、師匠とあおぐ、キオスの兄クレイに会うために。
 キオスにとっては、とんだ迷惑だけれど。
 だって顔をあわせれば、今のようにすぐに喧嘩を売られ、キオスが買わないうちに帰っていくのだから。
「あんのやろっ……」
「まったく、うちの王子もローシャル様のつめの垢ほどでも良識があれば」
 憤るキオスの横で、ローシャルを見送りつつ、宰相がため息まじりにつぶやいた。
 宰相も、礼としてはじめの頃は城門までローシャルを見送りに出ていたけれど、最近はまったくない。
 好きな時にやってきて、好きな時に帰っていく。
 なので、近頃は放っている。自由にさせている。
 フィーナもローシャルもそれでいいと言っているから、皆それに従っている。
「あれのどこが良識があるんだよ、極度のシスコンだぞ」
「あなたはブラコンではないですか」
「……うっ」
 非難めいた眼差しを向けさっくり言い放つ宰相に、キオスは言葉に詰まってしまった。
 まさしく、図星だから。
 認めたくないけれど、図星だから。
 キオスは、あんな腹黒でも鬼畜でも慈悲の欠片もなくても、クレイがとっても大好き。
 どんなに罵倒されようとも、どんなに蹴散らされようとも、やっぱりとっても大好き。
 誰にも知られないように隠しているはずなのに、何故か宰相には知られてしまっているらしい。
 いやまあ、宰相の他にもあの人やこの人、はたまたその人などにも知られているような気もしないこともないけれど。
 結局のところ、隠していると思っているのはキオスだけだろう。城の者なら、誰もが暗黙のうちに了解している。
 口をとがらせぶつぶつ言ってすねるキオスを見て、宰相はふうとため息をもらした。
 そして、きっと顔をひきしめ、まっすぐキオスを見る。
「ところで、キオス王子、少々小耳に挟んだのですが……」
「ん? 何? 宰相」
 ぶうっとすねたまま、面倒くさそうにキオスが答える。
 すると宰相は、こほんとひとつ咳払いをした。
「えー、王子、あなた、近頃、街娘にずいぶん入れ込んでいるそうですね」
「な、何のこと!?」
 ぎょっと目を見開き、キオスはずざっと身をのけぞらせる。
 宰相がずずいっとキオスに迫り、威圧するようにじとりとにらみつける。
「よろしいですか、よくお聞きなさい。いくらあなたが三国一のちゃらんぽらん王子だとはいっても、相手は選ばなければなりません。街娘などとんでもない。馬鹿王子だろうと、相手はしかるべき家柄の娘でないと、それこそ国民に示しがつきません。せめてお妃だけでもしっかりとした――」
「宰相殿、それくらいで勘弁してさしあげてはいかがですか」
 ずりずり後退したじたじのキオスにさらに迫る宰相に、そう声がかかった。
 はっと気づき、宰相はばっと振り返る。
「アエトス卿! 何をおっしゃるのですか、あなたともあろう方が!」
「しかし、真偽のほどはまだ不明。この時点で王子を責めたてるのもいかがなものかと」
 宰相が迫るように、やってきた壮年の男性――アエトスに怒鳴った。
 するとアエトスは、困ったように眉尻を下げ微笑を浮かべる。
 アエトスのその様子が癪に障ったのか、それとも的を射ていると思ったのか、宰相は悔しそうにぎりっと奥歯を噛み、ぐるりと身を返し背を向ける。
 そして、顔だけをぐるんとまわし、キオスとアエトスを鋭い眼光でにらみつける。
「まったく、あなたはこの馬鹿王子に甘いのですから。わたしは知りませんよ、後で大変なことになっても!」
 アエトスにびしっと指差しそう叫ぶと、宰相はぷんぷん怒りながらどすどす足音をさせ去っていく。
「はー、やれやれ。宰相はますます親父に似てきたな。主従そろって嫌なおやじどもだ」
 宰相の後姿を見送りながら、キオスは両手を頭の後ろで組み、悪びれることなく言い捨てる。
 そして、あっかんべーと舌を出す。
 ふうっと、重いため息がアエトスの口からもれた。
「キオス王子、あなたも少しは自重してください。いつもふらふらしているからこういうことになるのですよ」
「お前、マリーン夫人に似てきたんじゃないか?」
 非難はしていないものの言葉の端々に他意を感じてならないアエトスのとげとげしい口調に、キオスはおもしろくなさそうに眉根を寄せ、じいっと見つめる。
 アエトスはいまいましげに顔をゆがめた。
 けれどすぐににっこり笑って、清々しいまでにさわやかに言い放つ。
「妻にですか。あはは、そうかもしれませんね」
 アエトスのその一瞬の表情の変化に、キオスは違和感を覚えた。
 なんだか、やはり他意を感じてならない。
 アエトスは、大空へすっと顔を向ける。
 その時、アエトスの腰にある剣の鞘に刻んだ鷹の紋章が、陽の光を受けきらんと光った。
 キオスは目くらましになったように、思わずきゅっと目をつむる。
 それと同時に、キオスの耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。
「キオス王子は、その娘がお好きなのですね?」
 びくんと大きく体をふるわせ、キオスはぷいっとそっぽを向き、そのままぶうっと頬をふくらませる。
 頬がどことなく熱を帯びていることは、あえて気づかないふりをする。
 そんなキオスの様子を見て、アエトスは楽しげにくすくす笑っている。
 結局、アエトスには見破られてしまっているらしい。
 アエトスはわかっていて、あえて宰相をとめたのだろう。
 キオスが、街娘――アメリアを気に入っている、他の娘たちとはまた別に思っていることに。特別に思っていることに。
 そう思うと、キオスはまたアメリアに会いたくなった。


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update:09/08/29