急襲
fake〜うそっこ王子〜

「アーメリアっ!」
 いつものように夕食の材料を買いにでて、そして一通りをそろえた時、ふいにアメリアにそう声がかかった。
 大通りから一本中へ入ったこの通りは、昼間でもあまり人がいない。
「わっ、キ、キオス、びっくりしたー」
 振り向くことなくそう声をあげたアメリアに、キオスはちょっとびっくりしたように目をぱちくりとしている。
 その声を聞けば、アメリアにはそれが誰か振り向かなくたってわかる。
 ゆっくり振り返るアメリアに、キオスは嬉しそうに顔をほころばせる。
「キオス、どうしたの?」
「ん? どうもしないよ。アメリアに会いたいなーと思っていたら本当に会えて、喜んでいるだけ」
 さりげなくアメリアの手から籠を奪い取り、キオスはにっこり笑う。
「な……っ!? ば、ばかっ!」
 瞬間、アメリアの顔がぼんと噴火した。
 同時に、胸の内から言葉にできない感情がこんこんとわきでてきて、それがじんわりと体中に広がっていく。
 泣きたくなるほど嬉しい。
 嘘でもいい、口先だけでもいい、そんなことをキオスに言われては、アメリアはもうまともにたっていられなくなる。
 がくがくと体が小刻みに震える。
 それくらい、嬉しくて仕方がない。
 気づいてしまったから。アメリアはキオスのことを、もう友達以上にしか見られないということに。
「本当だって。アメリアと話していると落ち着くんだよね。こんな友達はじめてだよ」
「友達……。そうだね」
 にこにこ無邪気に笑うキオスに、アメリアはふと陰りを見せ、へにゃっと笑った。
 けれど、一人何故かうきうきしているキオスは、アメリアのそんな少しの変化には気づいていないらしい。
 片方の手に籠を持ち、もう片方の手で当たり前のようにアメリアの手をとる。
 そして、そのままぐいっと引っ張り、ずんずん歩き出す。
「キ、キオス?」
 手を引くキオスに、アメリアは不思議そうに声をかける。
 まだ顔はほてっているけれど、キオスのこのいつもと違う、けれどやっぱりいつものような行動に戸惑っている。
「あっちの広場で話をしよう。時間、あるだろ?」
「え? うん、時間はあるけれど……」
 くるっと顔だけをアメリアに向け、キオスはにっと微笑んだ。
 アメリアは困ったように肩をすくめ、微苦笑を浮かべるしかできなかった。
 やっぱり、今日のキオスはどこかおかしいように、アメリアは感じてならない。
 けれど、何かあったのだろうことはわかるから、そしてキオスはそれに触れられたくないように感じるから、アメリアもあえて何も聞かない。
 ただひとつ、気まぐれでもいいから、アメリアに会いたかった、アメリアと話したい、そうキオスが言ってくれるだけでアメリアは嬉しいから。
 アメリアはキオスの横にひょいっと歩みを進める。
 すると、キオスはにっと笑って、少し歩調をゆるめた。
「なあ、アメリア、そのロケット、いつもつけているよね?」
 ふと気づいたように、ちらりと視線をアメリアの胸元へ向け、キオスがつぶやいた。
 アメリアははっとして、慌ててキオスの視線から胸元を隠すように体をねじる。
 別にキオスはいやらしい目で見ているわけではないけれど、下心なんてないだろうけれど、そんなにじっと見られてはやっぱり恥ずかしい。
「う、うん。母さんの形見なんだ」
「形見? そっか。大切にしなよ」
「うん」
 キオスは一瞬ばつが悪そうに目を見開いたけれど、すぐに微笑を浮かべた。
 アメリアは、そんなキオスに心配をかけまいと、精一杯明るくうなずく。
 キオスはアメリアの両親がすでに亡くなっていることを知っているから、恐らくそれ以上は触れないようにしたのだろう。
 それは、他人が軽々しく聞いてもいいものではない。
 アメリアは話したいと思っ人に話したい時に話せばいいこと。
 きっと、キオスはそう判断したのだろう。
 アメリアとしては、別にそこまで気を遣ってもらわなくても平気なのだけれど、せっかくの思いやりなのだから、素直にそれを受け入れる。
 両親がいないというだけで変な顔をする人もいるし、同情を見せる人もいる。けれど、キオスはそのどちらでもない。ただ、本当に、心からそう思って、アメリアのことを気にかけているとわかるから、アメリアも逆にちょっと嬉しくなる。
 キオスを知れば知るほど、アメリアは惹かれてしまう。
 これ以上思いを強めてはまずいとわかっているけれど、思いは堰きとめられない。
 これ以上キオスを思っては、いつかきっと近い未来、こうしてともに何気ないおしゃべりもできなくなってしまうだろう。
 アメリアはそんなに器用ではないから、好きな人に何とも思っていないふりなんてできない。
 そのうち態度にでてしまうかもしれない。
 そうなってはいけない。そうなっては、きっとキオスを困らせることになる。
 アメリアは急に淋しさに襲われ、ちらっと横目でキオスの顔を見る。
 そして、思わずキオスに握られた手にきゅっと力を入れた時だった。
 キオスはいきなり、アメリアに持っていた籠をおしつけ、どんと突き飛ばした。
 その勢いのまま、アメリアは建物と建物の間の小路に転がり込んだ。
 とんと壁にかるく体をうちつけ、そこでとまる。
 アメリアは一体何が起こったのかわからず、慌ててばっと顔をあげる。
 すると、目の前にはちょうど、振り下ろされた剣を、鞘を引き上げ受けとめるキオスの姿があった。
 それは、間一髪のところでぎりぎり受けとめたように見える。
 かと思うと、すでに抜いていた剣でそのまま、振り下ろす剣を持つ腕をざっと切りつけた。
 同時に、剣は乱暴な音を鳴らし、地面に落ちた。
 キオスの足元には、切られた腕をおさえる覆面の男が跪いている。
 かと思うと、今度はキオスに向かい、左右から一人ずつ、同じ覆面の男が襲いかかっていく。
 やはり、何が起こっているのかアメリアには理解できない。
 ただ、キオスが急襲を受けているということだけはわかる。
 そして、その直前それに気づいて、アメリアをキオスから離したことも。
 アメリアは壁にがくがく震える両手をつき、その様子をじっと見ていることしかできない。
 ここは叫ぶなり何なりして、誰でもいいからこの窮地を知らせなければならないとわかっているけれど、体が言うことをきいてくれない。
 まわりに人がいないのだから、アメリアが何とかしなければいけないとわかっていても、恐怖のあまり声はかすれてしか出てくれない。
 このままじゃキオスが危険だとわかっていても、足ががくがくして動いてくれない。
 恐らく、キオスはあれでも王子様だから、王子様の命を狙う刺客なのだろう。
 そんな話にしか聞かないようなことが、アメリアの目の前で今行われている。
 左右から襲いかかる二人をキオスがなぎ倒すと同時に、今度はその背後に忍び寄る影がふたつあった。
 それに気づいたアメリアは、恐怖ででなかったはずの叫び声をあげていた。
「キオス、危ない!」
 瞬時にその声に反応したキオスが振り向くと、すぐ目の前には陽光を受けぎらりと輝く銀の刃が迫っていた。
 シャランと涼やかな音が鳴り、キオスの目の前を青い紐が通り過ぎて行く。
 次の瞬間、覆面同士の剣がキオスの目の前でぶつかり合い、火花を散らした。
 同時にキオスに切りかかった剣がぶつかり合った。
「ち……っ」
 それに気づいた覆面の一人が舌打ちすると同時に、またキオスに剣を振り下ろしていく。
 けれど今度は、とっさに身を翻し、キオスはその剣を剣で受け止めた。
 かきんと、無機質な硬い音が響く。
 キオスがぐんと腕を引くと、キオスと覆面の体が互いに近づく。
 そして、同時に互いの剣を払い、さっと距離をあける。
 かと思うと、覆面はまたキオスへ襲いかかり、それをキオスが受けとめる。
 顔と顔がすぐ目の前まで近づいた時、覆面の下からはらりと一筋の金糸がたれた。
「え……!?」
 思わず、キオスの口から声がもれた。
 この髪色にもあの太刀筋にも、キオスは何故か覚えがある。
 そこに、キオスは気持ち悪い違和感を覚える。
 キオスが訝しげに顔をゆがめた瞬間、覆面はキオスとぶつけ合う剣をはらった。
「邪魔だよ」
 覆面はそうつぶやき、たれた一筋の髪を、乱暴に覆面の中に押し込む。
 そして、この騒ぎを聞きつけぽつりぽつり集まってきた人々に気づき、動けない仲間を捨てて慌てて去っていく覆面の仲間の後を追いかけていく。
「あいつ……?」
 それをやはり怪訝に見ながら、キオスはぽつりつぶやいた。
 そして、剣を鞘へゆっくり戻していく。


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update:09/09/04