乙女の願い
fake〜うそっこ王子〜

 剣を鞘に戻すキオスの背を、アメリアはじっと見つめている。
 けれど、陽光がきらめき、アメリアの目には黒い影で映りその姿がよく見えない。
 この光景、アメリアはいつか見たことがある。
 あれは、そう、ひと月ほど前、ここと同じように大通りから少しそれた道でだった。
 アメリアは、買い物帰りに不気味な男に追いかけられ逃げていた。
 その時、突如現れた青年にアメリアは助けられた。
 そして、その青年はアメリアの礼も聞かぬまま去って行った。
 その時見た青年の夕日に浮かぶ後ろ姿が、ちょうど今のキオスと似ていた。
 いや、似ていたなんてものじゃない。
 アメリアの記憶の中の夕日に照らされた青年の背は、鮮明になり、走馬灯のように駆け抜け、そして今、キオスのそれと一致した。
「キオス、あなたはあの時の……」
 気づくと、アメリアはぽつりつぶやいていた。
 キオスはそのつぶやきにはじかれるように振り向き、慌ててアメリアへ駆け寄る。
「アメリア、大丈夫だった? ごめん、乱暴につきとばしたりして」
 壁に両手をつきふるふる震えるアメリアの顔を、キオスは心配そうにのぞきこむ。
 そして、アメリアの両肩に手をおき、そのまま背へまわそうとする。
 その腕から逃れるように、アメリアは少し体をよじる。
 一瞬、キオスはひどく傷ついたように顔をゆがめた。
 けれど、今のアメリアにはそれを気にしている余裕はなかった。
 足元に落ちたままになっていた籠に足をとられるように、さっと壁から体を離す。
 そして、震えたままの自分の手がもどかしそうに、不器用に胸元から紐がついた巾着を取り出してきた。
 それは、アメリアがいつも母の形見のロケットとともに首にかけているもの。
 アメリアはその巾着を乱暴に首からはずし、中から緑の紐を取り出してきた。
 それから、両手に大切そうにのせ、すっとキオスへ差し出す。
 緑の紐に、青い星型の石がついている。
 ともにつけられた鈴が、シャリンと涼やかな音色を奏でる。
 キオスはそれを認めると、驚いたように目を見開いた。
「どうして、アメリアがこれを!?」
 キオスはアメリアの手から、その紐をそっと取り上げる。
 それは、キオスがここのところずっと捜していたもの。
 なくしたはずのフィーナにもらった星の騎士守りだった。
 キオスのつぶやきにアメリアは確信したように、こくんとつばを飲み込む。
 そして、じっとキオスを見つめる。
「ひと月前、大通りの向こうのこういう通りで、男に追いかけられていた女の子を、キオスは助けなかった?」
 問いかけるアメリアに、キオスは曖昧に答える。
「え? あ、うん。たしかに、そういうことがあったような気が……」
 たしかに、キオスにはそういう記憶はある。
 けれど、あれはついでだったような気がして、よく覚えていない。
 何より、ああいうことは、キオスにとっては一度や二度ではないので、これといったものがわからない。
 なかなか記憶が定まらないキオスに、アメリアは微苦笑を浮かべながら静かに言った。
「その時、キオスに助けてもらったのがわたしなの」
「ええ!?」
 キオスは一瞬ぽかんと口をあけ、そして次の瞬間、奇妙な雄叫びを上げた。
 アメリアの顔が、ますます苦くゆがむ。
 そして、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「あの時は、助けてもらったのにお礼も言えなくてごめん」
「いや、それはいいけれど……」
「その時に落としていったんだよ。いつかまた会えたら返そうと思って、ずっともっていたの」
 握るキオスの手からたれた青い紐を、アメリアはすっと指差す。
 キオスは力をゆるめ、ゆっくり手をひらく。
 そして、そこにある星の騎士守りを大切そうに見つめる。
「アメリアが拾ってくれていたのか」
 キオスのその顔、そして急にやわらかくなった声音に、アメリアは苦しそうにきゅっと顔をゆがめた。
 明らかなキオスのその変化は、何も言わずとも語っている。
 その紐がいかにキオスにとって大切か、そしてそれは大切な人にもらったものだろうことを。
 そんな大切に思える人がキオスにはいるのかと思うと、アメリアの胸はきりきり痛む。
「素敵な飾り紐だね。特にその紐が綺麗。キオスの瞳の色そのもの……」
 胸は痛むものの、アメリアはたしかにそうも思っている。
 この飾り紐を拾った時から、この紐には何か特別なものを感じていた。
 今になってわかる、それはきっと、これだったのだろう。
 キオスのこの飾り紐へ寄せる思い。思いの深さ。
「ああ、これは、隣国アルスティルに伝わるお守りらしいよ。星の騎士守りというんだって」
 星の騎士守りとは、古くからアルスティルに伝わるお守り。
 かの世界を巻き込んだ大戦の際、花のように可憐な乙女から、その無事を祈って星のようにきらめく騎士に贈ったのがはじまりとされ、アルスティルの乙女たちに伝わっている。
 星型の石は、乙女の瞳の色。それを飾る紐は、騎士の瞳の色。
 片時もはなれずともにいましょう、という乙女の願いが秘められた飾り紐。
 鈴は、いつ頃からか、物足りないという理由でおまけでつけられていた。
「お守り……? ああ、だから、その石からは深い愛情が感じられたのね」
「……え?」
 どこか淋しそうにつぶやくアメリアに、キオスは驚いたように目を見開く。
 まるで、その言葉は想像すらしていなかったと言いたげに。
 まさか、そんなはずはない。
 この星の騎士守りを贈った人は、きっとキオスのことをとても大切に思っているのだろう。
 アメリアにはそう感じられてならないのに、キオスがその思いに気づいてないなんてことはないだろう。
 くいくいとしきりに首をかしげるキオスが、アメリアはなんだか少し憎らしくなる。
 それは、わざとなのか、それとも本当なのか……。はかりかねる。
 けれど、これまでのキオスを見ていて、アメリアにもわかっていることがある。
 キオスは思ってもいないことをできるような、そんな器用な芸当は持ち合わせていない。
 だからきっと、アメリアの言葉を本気で不思議に思っているのだろう。
 そう思うと、星の騎士守りをキオスに贈った人は、普段、一体どんなふうにしてキオスと接しているのだろうか?
「誰かからの贈り物?」
「え? あ、うん」
 キオスは困ったように、けれど幸せそうに微笑む。
 わかっているのに、アメリアはあえてそう聞いてみた。
 万が一の可能性に賭けて。
 けれど、それは予想通り、見事打ち砕かれた。
 誰かから贈られたものでないなんて、あり得ない。
 アメリアには星の騎士守りがどのようなものかわからないけれど、そこには深い愛情を感じた。
 愛情を感じるということは、つまりはそういうことだろう。
 大切な人から贈られた、大切なもの。
 ためらいなく当たり前のように答えたキオスに、アメリアの胸がずきんと痛む。
 わかっていたとはいえ、自らそう仕向けたとはいえ、これはなんてひどい痛みなのだろうか。
 自ら傷口をえぐるようなことをしてどうするのだろう。
 もしかしたら、アメリアも気づかぬうちに、そうしてキオスへの思いを消し去ろうとしているのだろうか?
 どのようなことも決して望んではいけない相手だから。


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update:09/09/13