願うことすら許されない
fake〜うそっこ王子〜

 あの後、席に戻ったキオスとアメリアは昼食の続きを楽しんだ。
 そして満腹になり店を出て、水路の上にかかる橋で、二人仲良くきらきら光る下の流れを見て「きれいだね」と顔を見合わせくすりと笑い合った時だった。
 くいくいとキオスのマントのすそがひかれた。
「おにいさん、おはなかって」
 キオスが気づき視線を落とすと、そこには花をいっぱい入れた籠を抱える小さな女の子が立っていた。
 しかも、その少女にはキオスはとても見覚えがある。
 キオスには、若い娘ならばどんなに幼くたって一度会えばたいてい覚えるという特技が、実はこっそりある。
 恐らくそこの辺りも、キオスが女好きといわれる所以だろう。
「あれ? 君はあの時の……」
 アメリアとはじめて会った時にも、キオスはこの少女から花を一輪買っている。
 あの時は、破れをつくろってくれたお礼にと、アメリアにクロリーヌを贈った。
「うん、あのね、かあさんが、おにいさんならぜったいにおはなをかってくれるっていうから」
 少女は無邪気ににっこり笑う。
 瞬間、キオスの体から、がくがくがくーと力が抜けた。
 よりにもよって、少女がキオスを選び声をかけた理由がそれって……。
 キオスが思っているよりも、あの噂は城下に浸透しているらしい。
「うわー。俺、よまれているよ」
 キオスがへにょりと欄干にもたれかかると、アメリアは楽しげにくすくす笑う。
 たしかに、キオスなら、たとえ幼くたって女の子に声をかけられたら、絶対に花を買うだろう。
 買わないなんてそんな無粋なことはしない。
 キオスは女の子が大好きだから。女の子が幸せになることが大好きだから。
 そう、年頃の娘に限らず、幼女だって老女だって、女性≠ナあれば平等に笑顔と優しさをふりまく。それが、キオス。
 笑っているということは、アメリアもそんなキオスのことをわかっているということだろう。
「あーあ。やんなっちゃうなあ。まあ、仕方がないか。――アメリア、どれがいい?」
 笑うアメリアの手をくいっと引き、キオスはそう問いかける。
 するとアメリアは、きょとんとした顔でキオスを見つめた。
「え?」
「今日、アメリアの両親の月命日だろ?」
「キオス、覚えて……?」
 目を見開き驚くアメリアに、キオスはにっこり笑ってこくんとうなずく。
 キオスはアメリアの手を引く手とは反対側の手で、花売りの少女の頭をぽんとなでる。
 驚く顔を次第にふにゃりと崩し、アメリアは嬉しそうにほころばせた。
 そして、キオスの横でにこにこ笑いアメリアを見上げる女の子に視線を移す。
 女の子が抱える籠の中には、色とりどりの花がいっぱい入っている。
 その花のひとつに、アメリアがキオスとはじめて会った時に贈られたクロリーヌもあった。
 さらにアメリアの頬がふにゃっとゆるみそうになる。
 そして、そのクロリーヌの横にある紫色をした花にぴたりと視線をとめた。
「じゃあ、このタータリアンを……」
 それを指差し、アメリアは静かにつぶやいた。
 するとキオスは、アメリアの手をそのままぐいっと引き寄せ、腰にすっと手をまわす。
 アメリアの体が一瞬びくんとはねた。
 けれど、アメリアはまったく嫌な気がしなかった。
 むしろ嬉しくて、このままそっとキオスに身を寄せたくなってしまった。
 そんなことを願っては、してはいけないとアメリアはわかっているので、ぎりぎりの理性で押しとどまる。
「追想、あなたを忘れない、か……。いい選択だ」
 そして、キオスがそうつぶやくと、二人顔を見合わせにこりと笑い合う。
 きっと、キオスならそう言ってくれると、アメリアは心のどこかで確信していた。
 キオスは、アメリアの望むことを言ってくれて、してくれる。


 アメリアとキオスは、花売りの少女からタータリアンをあるだけ買い、ここへやって来た。
 ここまでは、そんなに時間はかからない。
 城下と言ってもそんなに広くはなく、すぐに次の街へ行くことができる。
 ただそれには、城壁をくぐり、ある街道は川を、ある街道は田畑を、ある街道は谷を抜けて次の街へいかなければいけないけれど。
 街からはそう遠くない、向こうの街へつづくこの峠の谷。
 この谷の崖から、アメリアの両親が乗った馬車は落ちた。
「ここが……?」
 谷底から吹き上げる風にあおられながら、キオスは視線だけでそこをのぞきこむ。
 キオスのマントがはたはたたなびいている。
 アメリアはその陰に隠れるように立ち、静かにつぶやく。
「うん」
「そっか」
 キオスはゆっくり振り返り、そっとアメリアを抱き寄せる。
 アメリアは思わず、キオスの胸にきゅっと抱きついた。
 アメリアは怖くて、この谷をのぞき込むことができない。
 別に高いところが怖いわけではない。ただ、ここから両親が落ちたのかと思うと、がくがく体が震えて、それ以上足を踏み出すことができない。
 けれど、アメリアはすぐに自らを奮い立たせ、キオスからそっと体をはなす。
 のぞきこむことはできないけれど、それでもどうにか近づけるぎりぎりの場所へ歩いていく。
 そしてそこから、アメリアはきっと顔をひきしめ、手に持っていたタータリアンの花をばっと投げ入れた。
 それは、舞い散り、ひらひらと風にゆられ、ゆっくり谷底へ落ちていく。
 薄紫の花びらから青空が透けてみえる。
 陽光を受け、時折、花びらがきらんと光る。
 それはまるで、間違えて昼間にやってきた星のよう。
 谷底へ、アメリアの思いを運んでいく。
 悲しげに、苦しげに、そして愛しげに、消えてなくなる花をアメリアは見つめている。
 キオスもまた、やるせない様子で空をあおぐ。
 すると、キオスの目の端にきらんと光るものが入ってきた。
 ふとそこを見ると、岩の陰に何かが落ちていた。
 不思議に思いそれを拾うと、キオスは険しい顔をしてつぶやいた。
「そうか、当時はまだ草も生い茂っていただろうから、気づかなかったんだな」
「キオス?」
 ようやく谷底へ落ちる花に別れを告げふりかえったアメリアが、不思議そうにキオスを見る。
「何でもないよ」
 キオスは何事もなかったようににっこり笑い、胸の内へ拾ったそれをすべりこませた。
 そして、すっとアメリアに手を差し出す。
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん」
 まだ少し腑に落ちないところはあったけれど、キオスが何でもないというならそうなのだろうと納得し、アメリアは差し出される手にそっと手を重ねる。
 触れたそこから、じんわりと優しいしびれがのぼってきて、それがゆっくりアメリアの体中に広がっていく。
 どうしてキオスは、アメリアにこんなによくしてくれるのだろうか?
 そう思うものの、あえて聞かないことにする。
 理由を聞いてしまったら、アメリアはもう二度とキオスに会えないような気がするから。
 キオスのその言葉で、ひどく傷つくような気がするから。
 きっと、キオスには、他の娘たちと同じように、ただ当たり前のことのようにアメリアにも優しくしているだけ。
 キオスには、貴族の娘だとか街娘だとかで判断する概念がないだけ。
 キオスは純粋に、人に優しくできる人。
 それがわかってしまっているから、気になるけれど理由はいらない。
 アメリアはただ、キオスの優しさを信じている。
 どうすればいいのだろうか。
 アメリアはもうこんなにも、キオスが好きで好きでたまらない。
 傲慢かもしれないけれど、偽りの姿で目隠しされた本当のキオスを、アメリアだけが気づいたような気がする。
 そう思うと、アメリアは妙にそわそわと落ち着かなくなる。
 こういう気持ちを何というのだろう?
 ……あ、そうか。きっと、こういう気持ちを、幸せ≠ニいうのだろう。
 相手は王子様。決して手に入れられない人。
 だけど、こうして誰も気づけないことにアメリアだけが気づき、そしてともにいることを許されているというだけで、アメリアの胸は幸せで満たされる。
 多くは望まない。望んでも、手に入れられないことを知っているから。
 少しでも期待して、それがかなわなかった時の苦しみを、アメリアは知っている。
 大切な人を二度と失わないためには、大切な人をつくらなければいい。
 相手は、願うことすら許されない人。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:09/10/09