愛の証
fake〜うそっこ王子〜

 キオスとともに両親が死んだ谷へ行った日の夜、アメリアはベッドの中で一人体をぎゅっと丸め、横になっていた。
 そうかと思うと、何を思ったのか勢いよく起き上がる。
 そして、窓辺へゆっくり近づき、思い切りよくカーテンをひき窓を開けた。
 するとそこには、ぽっかり黄色い月が浮かんでいた。
 そういえば、今夜は満月だったと、アメリアは今思い出した。
 吹き込む夜風にすうと目を細め、月を見上げる。
 今でもアメリアの部屋には、あの時キオスにもらったクロリーヌの花が、枯れて花瓶にいけられてある。
 枯れてしまっても、アメリアはどうしてもそれを捨てる気にはなれない。
 花は枯れてしまっても、そこにそうしているだけで、気持ちもともにあると思えるから。
 どんな姿形になろうと、クロリーヌの花はキオスからもらった大切なものにかわりない。
 そしてその横には、いつもアメリアがつけているロケットペンダントが無造作に置かれている。
 アメリアがそれにちらっと視線を移した時だった。
 突然、窓から突風のように強い風がぴゅうっと吹き込んできた。
 アメリアは思わず目をきゅっと閉じ、さっと手で顔を守る。
 その時、コツンと何かが落ちる音がした。
 一瞬何かと思ったけれど、すぐにはっと気づき、慌てて目を開ける。
 すると、クロリーヌの横にあったはずのロケットが消え、その下の床に落ちていた。
 アメリアはさっと駆け寄り、ロケットを拾おうと腰をまげる。
 ロケットへのばした手がぴくりとはね、ぴたりととまった。
 そして、ぱちくりと自分の目を疑う。
 あれほど強固に閉じて決して開こうとしなかったロケットの蓋が、わずかにずれている。
 奇跡でも起こったのだろうか?
 アメリアはそう思ったものの、すぐにさっとそれを拾い上げた。
 左手の上にロケットをのせ、右手で開きかけたロケットの蓋をゆっくりあけていく。
 すると、ロケットの中から、黒いしみがべったりついた折り曲げられた紙切れがでてきた。
 不思議に思いをそれを手にとると、ロケットをクロリーヌの横におく。
 それから、ゆっくり折り曲げられた紙切れを開いていく。
 次の瞬間、アメリアはまた自分の目を疑うことになる。
 見開いた目から、つうと一筋涙がこぼれおちた。
 その黒いしみがついた紙切れには、もう二度と聞くことはできないと思っていた、アメリアの両親の言葉が、両親の思いがつづられていた。
『アメリア、父さんと母さんはお前を愛していたよ。空を飛ぶ鷹に気をつけてどうか幸せに』
 それは、最期に両親がアメリアに残したアメリアへの愛の証。
 アメリアはその紙切れを両手でぎゅっとにぎりしめ、そのままくずおれるようにぺしゃりとその場にすわりこむ。
 その鷹というものにひっかかりを覚えたけれど、そんなことはどうでもよかった。
 そんなものは、今は深く考えている余裕などない。
 ただ、最期の最期まで、両親はアメリアのことを思っていてくれたというその事実に、アメリアは心から喜ぶだけ。
 今は他の事を考える、思う、感じる余裕なんてない。
 だって、このロケットには、死を覚悟したアメリアの両親の愛がつまっていたのだから。
 その事実の前では、すべてがどうでもよくなってしまう。
 これだけが、今はアメリアにとっていちばん大切な事実。
 アメリアはそのまま、紙切れを抱きしめるように身をまるめていく。
 そうして、一晩中、喜びと悲しみに体全部をふるふる震わせ、アメリアは静かに泣き続けた。


 翌朝、いつものように朝食をすませアメリアが家を出ると、向こうの建物の陰に見覚えがある青年の姿があった。
 それは、見覚えなんてものじゃない。
 ずっとずっとともにいたいとアメリアが願う青年なのだから。
 ともにいたいと願っても、それはかなわぬことを同時に知っている。
 けれど、いつかやってくる別れの時を考え臆病になるより、アメリアは今のこの幸せな時間を優先することにした。
 彼もそうしてくれるから、アメリアも遠慮なくできる。
 そう、近い未来がわかっているのだから、今この瞬間くらい楽しんだっていいだろう。
 その時がくれば、アメリアは静かに身を引くのだから。
「キオス?」
 扉をきっちり閉め、そしてリリスが出てこないことを確認すると、アメリアは首をかしげつぶやいた。
 すると、建物の陰からゆっくりキオスが姿を現した。
「アメリア、おはよう」
「おはよう、……って、どうして隠れているの?」
 アメリアは、キオスへうかがうように歩み寄っていく。
 やってきたアメリアの腕をひき、キオスはまた建物の陰に隠れるようにすっと身を動かした。
 それは、二人で会っているところを見られたくないというものではなく、明らかにリリスに見咎められないようにとられた行動に見えた。
 アメリアは小さく肩をすくめる。
「だって、アメリアのおばさん、俺を見るとにらむんだもん」
「あはは、そうだったね」
 アメリアは微苦笑を浮かべ、力なく笑う。
「あれ? アメリア、なんかいつもと様子が違う?」
 ひょいっとアメリアの顔をのぞきこみ、キオスは難しそうに眉根を寄せる。
 すっとのばした手で、アメリアの前髪をさらりとかきあげる。
 そうして、さらにじっとアメリアの目を見つめる。
「え? そ、そう?」
 アメリアは思わず、キオスからふいっと顔をそらした。
 けれどキオスは気にするふうはなく、むしろそれで確信したように、静かにもう一度と問いかける。
「何かあったね?」
「う、うん、あのね、これ……」
 アメリアは別にキオスに何かを隠そうと思って、話したくなくて顔をそらしたわけではないので、誤解を与えてはいけないと慌てて顔を戻す。
 頬がほんのちょっぴり熱い。
 キオスがあまりにも心配そうにまっすぐ見つめるから、それでアメリアは思わず顔をそらしてしまったにすぎない。
 あまりまっすぐ見つめられると、恥ずかしい。
 アメリアはキオスに顔を戻すと同時に、胸の中からペンダントをすっと取り出してくる。
 それを首からはずし、キオスへ差し出す。
「ロケット? たしか、アメリアのお母さんの……」
「うん。それ、実は最期に父さんが握り締めていたの」
「そう……なんだ……」
 キオスはロケットを受け取ると、ちらりとアメリアを見た。
 アメリアはキオスの視線に、こくりとうなずいて答える。
 それを確認し、キオスはゆっくりロケットの蓋を開いた。
 すると、そこに入っていた、折りたたまれた黒い染みがついた紙を見て、あからさまに顔をゆがめた。
 どうやらキオスにはすぐに、そのしみが何であるかわかったらしい。
「開いてみて」
「え? いいの?」
 すっと紙を指差し、アメリアはつぶやく。
 キオスは戸惑うようにアメリアを見る。
 アメリアはまた、促すようにこくんとうなずいた。
「うん。そのロケットね、あの時からずっと開けられなかったのだけれど、昨夜落としちゃって、そしたら開いたの」
「そうか。きっと、血がかたまって、それで今まで開かなかったんだろうな」
 キオスはそうつぶやくと、ロケットから紙を取り出し、ゆっくり開いていく。
 そして、開いた紙に視線を落とした瞬間、ぴくりと顔を強張らせた。
 同時に、ぎゅっと胸の辺りをおさえた。
 そうかと思うと、そのまままた紙を折りたたみロケットに戻し蓋をすると、アメリアの両手にぎゅっと握らせる。
 アメリアの手を包み込むように握るキオスの手に、アメリアの胸はとくんと鳴る。
 しかし、アメリアのそんな思いとは異なり、キオスは汚らわしそうにつぶやいた。
「これで確信した。平和ぼけした重臣の中で、唯一いけ好かない奴だとは思っていたんだ」
「キオス? どうし……」
 いつもと様子が違うキオスに、アメリアは不安げに問いかける。
 キオスはいきなりアメリアの背に腕をまわし、そのままぐいっと抱き寄せた。
 とすんと、アメリアの顔がキオスの胸にあたる。
 アメリアはキオスの胸の中で、わたわた慌てだす。
 けれどキオスは、そんなアメリアにはおかまいなしに、さらにぎゅっと抱き寄せる。
「やはり、黒幕はあの男だったのか……!」
「キ、キオス!?」
 思わず力んで口に出してしまっただろうキオスのその言葉に、アメリアはぎょっと目を見開く。


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update:09/10/17