王子様のとくべつ
fake〜うそっこ王子〜

 黒幕、その言葉だけで、アメリアにもキオスが何を言っているのかわかってしまう。
 恐らく、キオスはあのことを言っているのだろう。
 キオスがずっと追っているという例の事件。
 けれど、アメリアが差し出したロケットのどこがどうなって、それに結びついたというのだろう?
 アメリアは怪訝にキオスを見る。
 するとキオスは、アメリアを少しだけはなし、じっと見つめる。
 キオスはこくりと小さく息を飲み、意を決したように口を開いた。
「アメリア、心を落ち着けて聞いてくれ」
 アメリアはキオスのその真剣みを帯びた様子に首をかしげながらも、とりあえずこくんとうなずく。
 ここはキオスに従って、素直にうなずいた方がいいのだろうと判断した。
 キオスは先ほど押さえた胸の辺りにすっと手を入れて、すぐにそれを引き出してきた。
 そして、その手を、アメリアの目の前ですうと開いてみせる。
 するとそこには、何かを包んだような真っ白い絹のハンカチがのっていた。
 キオスはアメリアを抱き寄せていた手を放し、そのハンカチを開いていく。
「昨日、あの谷でこのカフスボタンを拾ったんだ」
 アメリアはますますキオスが何を言いたいのかわからなくなり、難しい顔で首をかしげる。
 たしかに、キオスの手の上にのっているのはカフスボタン。
 そして、そこには何か猛禽類のような鳥の絵が描かれている。
 けれどアメリアには、その細工された鳥が何なのかいまいちよくわからない。
「ここに描かれているのは、鷹の紋章」
 キオスはカフスボタンを指差し、そう静かに言った。
「鷹……? ――え!? そ、それって……」
 アメリアはばっと顔を上げ、キオスを見つめる。
 キオスは重苦しそうに深くうなずいた。
「ああ、あの空を飛ぶ鷹に気をつけて≠フ鷹はこれだよ。きっと、双方の間で何かがあったのだろう。――アメリア、君の両親は、最期の最期までその命をかけて君を守ろうとしていたんだ。とても愛されていたんだな」
 キオスがそう言うと、アメリアはうつむき、体いっぱいがくがく震わせた。
 下をむいた顔からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちている。
 キオスが何を言いたいのか、アメリアにもようやくわかった。
 そして、両親の愛の証である紙切れを読み、どことなくひっかかっていたものが、それだと確信する。
 空を飛ぶとは、つまりは上空、上――上流階級を指しているのだろう。
 上流階級の、鷹の紋章を持つ者。それが、アメリアの両親を――。
「許さない、あの男……!」
 妙に静かに言い放つと、キオスはそのまま少し乱暴にアメリアを両腕でぎゅっと抱きしめた。
 声を押し殺すように泣くアメリアの髪に顔をうずめる。
 そして、そこに、何度も何度も唇を寄せる。
 ――鷹の紋章を使う家は、キオスの記憶ではとても有名な家柄。
 この国の王侯貴族なら、恐らく知らない者はいないだろうというくらいとても有名。
 そんな有名な家の紋章入りのカフスボタンが、どうしてアメリアの両親が亡くなった谷に落ちていたのだろうか。
 これは偶然?
 一瞬そう思ったけれど、そんな都合がいい偶然があるはずがない。
 何より、空を飛ぶ鷹に気をつけてとアメリアの両親は残している。
 恐らく、アメリアの両親は知ってはならないことを偶然知ってしまい、それで……。
 そこまで考えが及んでしまい、キオスは苦しそうにさらにアメリアを強く抱きしめる。
 腕の中で必死に泣き声を殺そうとしているアメリアが、キオスはとても愛しく感じる。
 こんなに健気で守ってあげたいと思う少女は、はじめて。
 キオスはアメリアを抱きしめる腕の力をゆるめ、肩を抱きなおす。
 そして、きっと顔を引き締め、あさっての方向へざっと顔を向けた。
「シュリ、そこにいるだろう」
 すると、少しはなれた建物の陰から、シュリがすっと現れた。
「……はい」
 胸の前で腕をかまえ頭を垂れるシュリに、キオスは静かに告げる。
「このことをクレイに伝えてくれ」
「御意に」
 シュリもすべてを承知し異論がないというように、静かに答えた。
「では、行け!」
 キオスがそう言い放つと同時に、シュリはぺこりと頭を下げそのまま何も言わず走り去っていった。
 それをキオスが見届けふうっと小さく息をはきだした頃、アメリアはキオスの腕の中で小さくみじろぎした。
「キ、キオス……?」
 まだ涙の後は残っているけれど、流れ落ちるそれはどうにかとめたらしい。
 本当に、なんて健気で、そして優しい娘なのだろうか。
 キオスはそっと、アメリアの涙の後をぬぐう。
 辛いはずなのに、辛くて苦しくてたまらないはずなのに、アメリアはキオスに心配をかけまいと涙をとめた。
 平気なふりをしようとしているけれど、そんなことまでキオスにはばればれ。
 おどおどするアメリアに、キオスは優しく目を細めた。
「なあ、アメリア、これからクロンウォール湖へ行かないか?」
「え?」
「今頃はきっと、紫色から虹色に変わる頃でとても綺麗だと思うんだ。……それを、アメリアに見せたい」
 アメリアの両頬を両手で包み込み、キオスはにっこり微笑んでみせる。
「う、うん」
 アメリアは照れたふうに頬をそめ、こくんとうなずいた。
 キオスの心遣いに、気づいて。
 キオスは、アメリアを元気づけようとしている。
 本当に、キオスはアメリアにとてもよくしてくれる。
 キオスの優しさが、アメリアの胸をじんとうずかせる。
 これでは、アメリアは勘違いしそうになってしまう。
 どんなに好きでもどんなに望んでも、それだけはしてはいけない。
 勘違いしてしまったら、キオスを困らせることになる。
 今でもいっぱい迷惑をかけているのに、これ以上迷惑はかけられない。
 キオスの優しさが、アメリアの胸に染みる。
 思わず泣いてしまいそのままになっていた、先ほどのキオスの話を詳しく聞きたいと思うけれど、そんなことを忘れられるほどに、キオスの言葉がアメリアは嬉しかった。
 両親の死に関することをそんなことで片づけてはいけない、片づけられないけれど、キオスが教えようとしないのだから、アメリアは無理に聞こうとはしない。
 いや、今は無理でも、いつかきっと教えてくれる。そう信じている。
 だって、言おうとしないということは、今のアメリアにはきっと耐えられないことだろうから。まだ早いから。
 キオスはアメリアの涙だけで、すべてをくみとっているのだろう。
 アメリアは今は素直に、キオスの優しさに甘えてみる。
 ちらりと見上げると、キオスとばちりと目が合う。
 アメリアは思わず、そのままキオスを見つめてしまった。
 どうすればいいのだろうか。
 アメリアはもうこんなにも、キオスが好きで好きでたまらない。
「ねえ、キオス。どうしてこんなによくしてくれるの?」
 思わず、アメリアも気づかぬうちに、そうこぼしていた。
 するとキオスははっとして、ぽろりともらしてしまった自分の言葉にわたわた慌てるアメリアに優しい笑みを落とした。
「アメリアは、俺の特別だから」
 静かにそう告げ、ふわりとアメリアの髪をなでていく。


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update:09/10/25