どうしようもなく愛しい
fake〜うそっこ王子〜

 キオスは、アメリアのことを特別と言った。
 それは、どういう意味?
 その言葉を聞いた時、アメリアは恥ずかしさに頬を染めることはなかった。
 その逆で、意図するものがわからず、ただただ首をかしげるしかなかった。
 キオスの特別という言葉は、一体どういう意味で特別なのだろう?
 特別に仲がいい友達?
 うん、きっとそれなのだろう。
 だって、一国の王子様が、まさかアメリアのような街娘を他の意味で特別なんて言うはずがないから。
 そもそも、友達と言ってもらえるだけで奇跡。
 クロンウォール湖へ向かう道すがら、アメリアはそんなことをぐるぐる考え、難しい顔をしていた。
 そんなアメリアに、キオスはどこか困ったように微苦笑を浮かべていた。
 けれど、アメリアを非難することも言及することもなかった。
 それがまた、アメリアにはキオスの優しさのように思えて、少し救われた。
 だって、アメリアの百面相の理由を聞かれても、アメリア自身答えに困るから。
 そうしてやってきたクロンウォール湖は、朝の紫色から昼間の虹色に変わろうとしている頃だった。
 虹色の湖はアメリアも見たことがあるけれど、このどちらともつかない景色ははじめて見る。
 思わずぽうっと見とれていると、キオスがアメリアの腕をぐいっとひき、まだ枯れずに残っている草の上に腰をおろす。
 それにつられるように、アメリアもわたわたしながら腰を下ろしていく。
「アメリア」
 キオスはアメリアが腰を下ろしたことを確認すると、ぽんぽんとアメリアの膝をかるくたたいた。
 アメリアは何をしたいのかわからず首をかしげていると、キオスはそのまま当たり前のようにそこに頭をのせた。
 アメリアはぼんと顔を真っ赤にし、おろおろうろたえはじめる。
 キオスは一体今、何をしているのだろうか。
 いや、何とかではなくて、これは間違いなくあれ、膝枕!
 どうして、キオスはいきなりこんな大胆な行動にでたのだろう?
 やっぱり頭の中をぐるぐるにして考えるアメリアを、キオスは寝転んだそこからじっと訴えるように見つめている。
 アメリアはぴたりと思考の動きをとめ、あきらめたように微苦笑を浮かべた。
「キオスの甘えん坊さん」
 そしてそうつぶやき、アメリアはそっとキオスの頭をなでる。
 指にからまるキオスの髪は、見た目通りにやわらかい。
 はじめて触れたキオスの髪に、まるでいけないことをしているようなどきどきがアメリアを襲う。
 どきどきが襲うけれど、それもすぐに落ち着いていく。
 アメリアの膝に頭をのせ、そこからまっすぐアメリアを見つめるキオスと視線が合う。
 あんなにはずんでいたアメリアの胸は、今は妙におだやかに凪いでいる。
 普通こういう場合は、なぐさめようとしているのなら、なぐさめる方が膝枕をするものではないのだろうか?と思わないこともないけれど、きっとキオスにそんなことを言っても無駄なのだろう。
 まだまだその行動が読めない、突飛なことばかりする、けれどそれがキオスだから。そして、それがアメリアには愛しいと思える。
 キオスと一緒にいると、おもしろい。楽しい。飽きがない。――幸せ。
 アメリアは、キオスのこんな意味不明な行動だっておもしろいと思うし、そこに優しさを感じてしまう。
 アメリアの膝の上に頭をころんとのせるキオスの目はとても優しくアメリアを見つめているし、心地よさそうに微笑んでいる。
 それだけでもう、アメリアには十分に思えた。
 うん、きっと、これがキオスなりのなぐさめ方なのだろう。
 本当に、変な王子様。
 アメリアはべちんとキオスのおでこを軽くたたいて、そのまますっと髪をなでる。
 微笑むキオスに、アメリアも小さく笑みを落とした。
 心は凪いだはずなのに、またどくんどくんと荒れはじめる。
 いや、これは荒れているのではない。きっと、苦しいのだろう。苦しくて苦しくて、息ができなくなるほど苦しい。
 なでるキオスの髪は、こんなに気持ちいい。
 本当は、こうしてずっと一緒にいたいのに。いて欲しいのに。
 このままずっと時間がとまってしまえばいいのに。
 そう願えば願うほど、望めば望むほど、それがかなわぬことをアメリアは深く自覚し、苦しくなる。
 今が幸せであればそれでいいと思っていたはずなのに、幸せだと感じれば感じるほど辛く苦しくなる。
 アメリアの胸をしめるものは、キオスの幸せそうに微笑むその笑顔だけ。
 もしかしたら、アメリアは、出会ったあの時から、ずっとキオスのことが……?
 こんなに好きになるとわかっていたら、あんなにたくさん会わなかったのに。一緒にいなかったのに。
 どうしようもなく、キオスが愛しくて仕方がない。
 決して手に入れることのかなわぬ、雲の上の人。
 雲の上の人のはずなのに、どうして今、こんなに近い場所にキオスはいるのだろう?
 触れられるほど近い距離にいるのに、心はこんなに遠い。
 また、きゅっとゆがめたアメリアの顔から、涙がこぼれ落ちそうになった。
 その時だった。
 キオスはばっとアメリアの膝から上体を起し、そしてそのままアメリアの腕を引きさっと立ち上がった。
 腰からすっと剣をぬき、ざっとかまえる。
 アメリアは訳がわからず、問うようにキオスを見る。
 キオスはアメリアの無言の問いかけには答えず、そのまま自らの背にさっとアメリアを隠した。
 それと同時に、アメリアとキオスのまわりに、ざざざっと複数の覆面たちがあらわれ、取り囲んだ。
 それを認め、アメリアの顔からさっと血の気が引いていく。
 一瞬にして、辛く苦しいけれど幸せだった時間が吹き飛んだ。
 キオスの微風になびくマントを、アメリアがきゅっと握り締める。
 マントを握るアメリアの手が小さく震えていることに気づいたのか、キオスは視線を少しだけアメリアへ向け、そっとささやいた。
「ごめん、アメリア。君を利用してしまった」
「え……?」
 予想もしていなかったキオスのその言葉に、アメリアの思考がとまった。


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update:09/10/31