鷹の紋章
fake〜うそっこ王子〜

 アメリアを利用したというのは、どういうことだろうか?
 アメリアは、問うようにキオスを見上げる。
 けれど、キオスは辺りをにらみつけるように見まわし、アメリアを見ようとしない。
「こいつらがずっとつけているのを知っていて、ここまで連れてきてしまったんだ」
「キオス……?」
 アメリアはますます、キオスが言おうとしていることがわからなくなった。
 利用したということは、つまりはどういうことになるのだろう?
 つけられているとわかっていて、こんな人気のないところに来たということだろうか?
 だって、気づいていたなら、途中で引き返すことも、それこそキオスにとってはいい逃げ場所となる城へ行くこともできただろう。
 そういえば、キオスはアメリアは狙われているとも言っていた。
 では、それこそ、アメリアと別れればキオスはこんな危険な目に遭うことはなかったはず。
 なのにわざわざ、自らこんなところへ……?
「俺もだけれど、アメリアも一緒の方が、もっといい餌になると思ってね」
「え? それじゃあ……」
 キオスのその言葉に、アメリアの今までの考えがすべて吹き飛んだ。
 つまりは、そういうことなのだろう。
 キオスは、自らも、そしてアメリアも、この覆面たちをおびき寄せるおとりにしたということ。
 そして、それについて、アメリアを利用したと言っているのだろう。
 そう考えると、すべてに合点がいく。
「うん、昨日アメリアを襲ったのも、そして俺が追いかけていたのも、こいつら」
「そうなんだ……。うん、わかった」
 アメリアはむんと自らを奮い立たせ、握っていたキオスのマントから手をはなす。
 そして、少しだけキオスから身をはなし、キオスが動きやすい距離を確保する。
「アメリア?」
 キオスは怪訝に顔をゆがめ、またちらりとアメリアを見た。
 いきなり距離をとったアメリアに、戸惑っているのだろう。
 キオスはアメリアを利用した。
 そうわかっても、アメリアはちっともキオスを恨んだり怒ったりしない。
 だって、どんなかたちだって、今たしかに、アメリアはキオスの役に立っているのだから。
 たとえ、餌≠セとしてもかまわない。
 ずっとずっと守ってもらっていたのだから、一度くらい恩返しをしたい。
 ただ守られるだけより、利用されたっていい、少しでも役に立つ方がいい。
 それに、アメリアにすれば、これは利用されたうちには入らない。
「信じているよ、キオス」
「ああ!」
 アメリアは、どことなく得意げに微笑をつくってみせる。
 するとキオスはふうっと小さくため息をもらし、アメリアにあわせるように得意げににっと笑う。
 そして、がちりと音を鳴らせ、剣をかまえなおした。
 信じている。キオスは絶対にアメリアを守ってくれると、アメリアは信じている。
「これはこれは、キオス王子、そう警戒されずともよいではないですか」
 取り囲む覆面の間をぬうようにして、一人の壮年の男がキオスたちの前に現れた。
 瞬間、キオスの顔も体も、これまでとはくらべものにならないほど緊張でこわばった。
 アメリアは心配になり、不安げにキオスを見つめる。
「けっ。これが警戒せずにいられるかっていうんだよ」
 男の姿を確認すると、キオスは汚らわしそうにはき捨てた。
「はて? それはまた何故?」
「とぼけるな、ネタはあがっているんだよ!」
 くいっと首をかしげる男を、キオスはどなりつける。
 そして、少し距離をとっていたアメリアの腕を後ろでに握り、そのままぐいっと引き寄せる。
 ぼすんと、キオスの背にアメリアの体がぶつかる。
 アメリアは慌ててまた離れようとするけれど、キオスが今度は許してくれなかった。
 キオスはアメリアを引き寄せたことを確認すると、胸の内からあの白い絹のハンカチを取り出し、その中味だけを手にとり乱暴に払い落とした。
 そしてそのまま、ハンカチに包まれていたカフスボタンを男へ向けて投げつける。
 カフスボタンは男の胸に辺り、そのまま足元に落ちた。
 男はちらりと足元を見て、ゆっくりカフスボタンを拾い上げ、いまいましげに顔をゆがめる。
「そのカフスボタンに刻まれた鷹の紋章。それは紛れもなくアエトス家、お前の家の紋章。それが、アメリアの両親が事故死した場所に落ちていた」
「ほほう、なるほどね。わたしとしたことが、ぬかったようだね」
 きっぱり告げるキオスの言葉に、その男――アエトスは苦虫を噛み潰したような顔でつぶやいた。
 衣装の管理は使用人にさせているだろうから、カフスボタンひとつなくなったくらいでは、アエトスも今まで気づかなかったのだろう。
「今度はあっさり認めるのか」
「そうですねえ。そんなものが出てきてしまっては、致し方ないでしょう。残念です、キオス王子」
 怪訝ににらみつけるキオスに、アエトスはぎりっと奥歯をかむ。
 アエトスといえば、あのマリーンの夫で、キオスにアメリアが好きなのだろうと尋ねていたあの貴族。
 そして、たしかに、腰に携えた剣には、鷹の紋章があった。
 アエトスはふっと口のはしをあげ、わずかに笑む。
「やれっ!!」
 次の瞬間、ざっと右手を上げアエトスがそう叫ぶと、そこに控えていた覆面たちが一斉にキオスへ向かって飛びかかる。
 キオスはアメリアを抱き寄せ、まずは一人をさっとかわした。
 そして次に、振り下ろしてくる剣を剣でとめ、逆から迫ってきた覆面を、アメリアをさっとはなしその手で鞘を引き上げ突いてくる剣を受けとめた。
 同時に、どちらもの剣をなぎ払う。
「アメリア、隠れていて!」
 キオスはアメリアの腕をまたぐいっと引き、そのまま勢いよくすぐそばの木へふり飛ばした。
 アメリアはその勢いのまま、とんと木にぶつかる。
 そして、キオスに言われるままその木の陰に身を寄せた。
 アメリアの前では、同時に襲いかかる覆面たちを、ささっと身を翻しかわすキオスがいる。
 その姿は、まるでダンスをしているかのように、アメリアの目には美しく優雅に見えた。
 キオスの向こうで、虹色の湖がきらきら光っている。
 多勢に無勢のはずなのに、何故かキオスが押しているようにさえ見える。
 やっぱり、キオスは噂されているような王子様ではない。
 ちゃらんぽらんの女好きの他に、文武両道という噂もあったので、恐らくそちらが正しいのだろう。
 危なげないキオスの身のこなしを、アメリアはじっと見守っている。
 危なげなくても、やっぱり、キオスの身が心配でたまらない。
 どうかこのまま無事に、全員を追い払うことができるようにと願う。
 アメリアには、キオスの邪魔にならないようにここに隠れて、キオスの勝利を祈ることしかできない。
 アメリアはぎゅっと目を閉じ、両手を握り合わせる。
 その背に、覆面が一人迫っていることに気づかずに。
 覆面からこぼれたその深い青の目が、陽光を受けきらりと光る。


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update:09/11/07