谷底の真相
fake〜うそっこ王子〜

 アメリアがぱっと目を開け、再びキオスの姿を目に入れた時だった。
 太陽の中から、銀色に光るものがひゅんと飛んできた。
 そしてそれは、アメリアのすぐ背後に迫っていた覆面の足元にざくっとつきささる。
 覆面は地面につきささった矢を見て、ばっと振り返った。
「危ないっ!」
 すると、矢が飛んできた方から、一人の貴婦人が駆け寄ってきて、アメリアをぎゅっと抱き寄せ、そのままさっと後ろへ下がった。
 アメリアは一体何が起こったのかわからず、抱き寄せる女性の腕の中であっけにとられている。
 そこへ、先ほどアメリアへ迫っていた覆面の剣が振り下ろされようとしたけれど、また飛んできた矢によって阻まれた。
 その隙に、女性はアメリアをつれて後退する。
 アメリアはふと顔を上げ、その女性の顔を見た。そして、目を見張る。
 だって、その女性は、アメリアも知っている女性だったから。
 つい最近、キオスとともに会った、貴族の夫人、そうたしか、アエトスという貴族と結婚した、マリーン。
 ……え? アエトス?
 アエトスといえば、先ほどキオスが、あの鷹の紋章の家といっていた……。
 ――では!?
 アメリアはぎょっと目を見開いた。
 同時に、マリーンの背後に一人の青年が現れた。
 その青年も、アメリアは見たことがある。
「待たせたね、キオス」
「クレイ、遅いよ!」
 青年がそう声をかけると、ぜいはあと荒い息をしながら、キオスが非難がましく叫んだ。
 そして、かきんと音を鳴らせ、振り下ろされた覆面の剣をなぎはらう。
 同時に、青年――クレイの背後にざっと現れたたくさんの兵を見て、襲いかかっていた覆面たちが圧倒されひるんだようにさっと身を引いていく。
 それでキオスは、ようやくほうと一息つく。
 陽光を受け、数多の兵を背にしたクレイは、神々しくさえ見える。
 クレイのその迫力だけで、覆面たちがひるむのも無理はない。
 それくらい、クレイは恐ろしく見える。他を圧倒する畏怖がある。
「キオスが突拍子もなさすぎるのだよ。このようなこと、計画になかっただろう。こうして早々に来てやっただけでもありがたく思いなさい」
 けれどそれとは似つかわしくないほどあっさりと、そして適当にクレイは言い放った。
「クレイのいじわるー!!」
 キオスは思わず、そう叫んでいた。
「やはり、あなただったのね」
 キオスの無様な雄叫びなど意に介さず、マリーンがアメリアをぎゅっと抱きしめ、苦しそうにつぶやいた。
 マリーンがまっすぐにらみつける先には、アエトスが立っていた。
 突然のクレイたちの乱入に、アエトスは怪訝に動きをとめている。
 けれど、マリーンのそのつぶやきがきっかけとなったように、アエトスははっと我に返り不敵に笑った。
 そして、すうと剣を抜く。
「……何故、わたしだと?」
 ぴりりと、キオスとクレイたちの気配が強張る。
 アメリアは訳がわからず、マリーンとキオスたちを交互に見た。
 マリーンはアエトスの夫人なのだから、あちらの味方なのではないか?
 そう思ったけれど、これはそうではないように思える。
 マリーンは、むしろ――。
 アメリアはマリーンの腕の中でおろおろとして、様子をうかがうことしかできない。
 また、何故かマリーンの腕を振り払う気にはなれない。
 まるですがるように、マリーンはアメリアを抱いているから。
「あなたは知らないでしょうけれど、わたしはキオス王子の協力者よ」
 そう言い切ると、マリーンはすべてのものから解放されたように、そして何かを成し遂げたようにほっと小さく安堵し、アメリアをゆっくり解放していく。
 マリーンの体が小さく震えている。
 それに気づいたアメリアは、そのままきゅっとマリーンの手を握った。
 すると、マリーンは驚いたようにアメリアを見つめて、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
 きっと、マリーンは今の今まで緊張と恐怖でいっぱいだったのだろう。
 そして、そう宣言すると同時に、これまで抱えていた苦しみ、重荷から解放されたのだろう。
 けれど、だからといって緊張と恐怖がなくなるわけでもなく、アメリアの握る手にほんの少しだけなぐさめられたのだろう。
 マリーンはやっぱり、敵ではないらしい。
「なるほど、それで気づき疑わしく思ったと? ――だからお前は嫌いなんだ。変に聡くて虫唾が走る」
 アエトスは汚らわしそうにはき捨てた。
 凛とそこにたたずむマリーンの瞳の奥が、一瞬ゆらめた。
 それと同時に、キオスが言い放つ。
「それでは、認めるんだな?」
「ええ、そうですね」
 キオスの問いかけに、アエトスはさらっと答える。
 この様子だと、クレイたちがやってきたその時に、アエトスはほぼ観念してしまっていたのかもしれない。
 それでも、態度だけは変わらずふてぶてしい。
「貴様……っ!!」
 アエトスのあまりにもひょうひょうとした様に、キオスは剣を振り上げ飛びかかろうとした。
 それを、さっと駆け寄ったクレイがキオスの腕をぐいっと引き、とめる。
 キオスは悔しそうに奥歯をぎりっとかみ、振り上げた剣をおろした。
 そして、乱暴にクレイの手を振り払う。
「たしか、これがそこのお嬢さんのご両親の事故死した場所に落ちていたとおっしゃいましたね? いいでしょう、たしかにわたしは、三ヶ月ほど前、ある夫婦の事故現場に立ち会いましたよ」
 アエトスはカフスボタンを指でつまみ、くりっとまわしてもてあそぶ。
 それに陽光があたり、刻まれた鷹の目がきらりときらめく。
「彼らも運が悪い。知ってはいけないことを知ってしまったのだから。まさか、あの現場を見られているとは思っていなかったよ。わざわざ人気のない山中を選んだというのにね」
 アエトスは、ふっと鼻で笑うように口のはしをあげる。
 そして、アメリアにすっと視線を移し、不気味に嘲笑じみた笑みを浮かべた。
 びくんと、アメリアの体が恐ろしさにはねる。
「もちろん、それに気づいた我々は、口封じに動いたよ。そうしたら、彼らは馬車を急がせ逃げるじゃないか。当然、我々も放っておくなんて馬鹿はしない。追いかけたら、あはは、彼らは馬車の操作を誤りそのまま谷底に落ち、自滅したよ? 生死の確認をしに降りたら、女の方は即死だったが、男はまだ息があった。そこで、剣では後々面倒なことになるので、そこにあった岩でこう――」
「やめてー!!」
 アエトスが岩をかかげ振り下ろす素振りを見せようとすると同時に、アメリアがそう叫んでいた。
 マリーンの手をにぎっていた手をはなし、その場にしゃがみこみ、両手で両耳をおさえる。


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update:09/11/14