無慈悲な王妃
fake〜うそっこ王子〜

「ローシャル」
 うろたえるアエトスにかまうことなく、クレイは冷たくその名を呼んだ。
「はーい、師匠ー!」
 すると、アメリアを捕える覆面はアエトスに歩み寄る足をぴたりととめ、逆にクレイたちへひょいっと身を寄せる。
 同時に、アメリアをキオスへ向けどんと押し投げる。
 そして、覆面に手をかけ、そのままがばっとはぎとった。
 すると、覆面の下からは、圧倒されるような見事な金の髪と青の瞳が現れた。
 面差しは、何故だか、そこで楽しげに笑う王妃とそっくり。
 アエトスがその姿を認め、ぎょっと目を見開いた。
「ア、アルスティルの王太子!?」
「ええー!? ローシャルー!?」
 同時に、キオスのすっとんきょうな雄叫びが上がる。
「えへへ、僕、ちゃんと密偵できていた?」
 ローシャルは甘えるように、クレイにちょこちょこ歩み寄る。
「ああ、とても偉かったよ。さすがはわたしの義弟だね」
 誉めの言葉をねだるローシャルに、クレイはにっこり微笑んでみせる。
 するとローシャルはぱっと顔をはなやがせ、その場でぴょんと飛び跳ねた。
「わーい、師匠に誉められたー!」
 そして、ぴょんぴょん飛びながら、今度はフィーナのもとへ向かっていく。
 フィーナにもいっぱい誉めてもらい、たっぷり甘えるつもりらしい。
「な、な、な……!?」
 その様子に、アエトスはただただあっけにとられている。
 まさか、密偵が本当だとしても、それに他国の王太子を送り込むなど、一体誰が思うだろうか。
 しかも、それをあっさり引き受ける王太子も王太子だろう。
 好きなだけキオスの悪口を言っていたあの時も、恐らくこの件で潜入していたのだろう。
 お菓子のおすそわけと言ったのは警戒させないためで、本当はクレイの密命を受けわざわざやって来ていたのだろう。
 ローシャルはやはり、今度はフィーナにごろにゃーんと甘えだす。
 アエトスは、とうとう観念したかのように、その場にがくがくっとしゃがみこむ。
 その隙に、兵たちがわらわらアエトスに群がり、押さえ込む。
 同時に、覆面たちも取り押さえられた。
 さすがに、密偵――しかもそれがアルスティルの王太子とあっては、アエトスも言い逃れの余地がない。
 キオスならば口先だけでどうにでもできたかもしれないが、相手はあの噂のアルスティルの王太子。
 こんなにぴょんぴょんはねたり、頭をなでられ喜んだりしているお馬鹿に見えても、なかなかに侮り難く、曲者である。
 何より、王とその王妃が現れた時点で、アエトスは観念してしまった。ただ、あらいざらいはくつもりはなかっただけで。
 ともに追いかけてきていたシュリが、アエトスの腕にしゅるりと縄をかける。
 そして、警邏兵たちに監視されながら、アエトスは城へ護送されていく。
 去り際、シュリがぺこりとキオスに頭を下げていた。
 マリーンも警邏兵一人に支えられるようにして去っていく。
 護衛のための兵を数人残し去ったことを確認すると、クレイはキオスににっこり微笑んでみせた。
「だいたいの目星がついた頃、ローシャルに密偵として潜り込んでもらっていたのだよ」
「それはもう、でるわでるわ。……最近取引が上手くいっていなかったのは、その娘に目撃されたからじゃなくて、僕が情報を流していたからなんだよねー、残念っ!」
 フィーナに頭をぐりぐりなでられご満悦顔で、ローシャルは得意げに胸を張る。
 そして、けらけら笑い出す。
「って、ちょっと待て。もしかしてもしかしなくても、それじゃあ……」
 キオスはアメリアを抱く腕にぎゅっと力をこめ、恐る恐るクレイとローシャルを交互に見る。
 ローシャルはにっと笑い、ちろっと舌を出しておどけてみせる。
「ごめんね、ちょっと危ないかなーとは思っていたけれど、まさかここまでとは思っていなかったのだよね」
「おい、それじゃあ、もしかしなくても、俺もはめ――」
「嫌だなー、人聞きが悪い。お兄様はちゃんとキオスを信用していたよ?」
 クレイは腹立たしいくらいさわやかな笑顔を浮かべ、ぽんとキオスの肩をたたく。
 キオスはその手をばちんとたたきはらい、力いっぱい叫ぶ。
「すっげー嘘くさい!」
 クレイもフィーナもローシャルも、にたにたと嫌な笑みを浮かべキオスを見ている。
 間違いなく、楽しんでいる。思いっきり、楽しんでいる。
 そう確信し、キオスはがくりと肩を落とす。
 アメリアはそのキオスの腕の中で、ちょっぴり申し訳なさそうに眉尻をさげていた。
 だって、アメリアもほんの少し前、キオスより前に、ほぼ種明かしをされていたから。
 覆面に扮したローシャルに人質にとられた時、アメリアの耳元でローシャルが「ちょっと苦しいけれど我慢してね。すぐに助けるから」そうささやいていた。
 何のことかわからなかったけれどすぐにぴんときて、アメリアは言われるままに大人しくした。だから、抵抗をしようともしなかった。
 それをキオスに伝える時機を逃したまま、今に至ってしまった。
 申し訳なくも思うけれど、三人にもてあそばれるキオスが、アメリアはちょっぴりかわいくも思え困ってしまう。
 キオスは、くすくす楽しげに笑う三人をぎっとにらみつける。
「俺はいいとして、アメリアまでこんな危険なめにあわせるなんて……!」
 アメリアをぎゅっと抱きしめ、キオスは怒鳴る。
 アメリアは目を見開き、キオスを見つめる。
 まさか、もしかして、キオスがこんなに怒っているのは、騙されたからではなくそこに……?
 アメリアはそっとキオスの胸に顔を寄せ、そこでほんのちょっぴり頬をゆるませる。
「だから、ごめんってばー。まさか、その娘とあいつらが接触しているとは思っていなかったのだよ。キオスだけの時はたいして気にしていなかったけれどね」
 ローシャルはこともなげにさらっと、あっけらかんと言い放つ。
 キオスの肩が、またがくりと下がる。
「おい、そこも気にしておけよ」
「やーだよ」
 ローシャルはそう言うと、キオスにべろべろばーと舌を出してみせる。
 キオスはぐっと握り拳をつくり、それを震わせる。
 けれど、すぐに胸の中から戸惑うように見上げるアメリアに気づき、すうっと怒りがおさまっていった。
「……え? キオス、それじゃあもしかして、馬車に轢かれそうになったり、服が破けたり、生傷がたえなかったのって……」
「うん、探っているのをあいつらにうすうす気づかれていたようで、その……。ごめん、黙っていて」
 申し訳なさそうに微苦笑を浮かべるキオスに、アメリアはふるふる首を横にふって答える。
「でもまあ、すべてうまくいったのだからいいじゃない。へなちょこなあなたでも、多少は役に立てて嬉しいでしょう? ね、キオス王子。終わりよければすべてよし、よ」
 フィーナはクレイにぴったり寄り添いにこにこ笑いながら、そんな無慈悲なことをきっぱり告げる。
「フィーナちゃんの鬼ー!!」
 瞬間、キオスのぶさいくな雄叫びが、虹色に輝くクロンウォール湖一帯に響き渡った。
 少し呆れたように後を追うクレイと、最後の最後までキオスに舌を出し挑発するローシャルと、そして形だけ残された兵たちをひきつれて、フィーナはやはり楽しげにころころ笑いながら颯爽と去っていく。 
 その様子をキオスもアメリアもあっけにとられたように見送った。
 まったくもって、どこまでも自由で(キオス限定で)無慈悲な王妃様。


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update:09/11/29