うそっこ王子
fake〜うそっこ王子〜

 フィーナの優雅な笑い声が聞こえなくなった頃、アメリアはキオスの胸の中で身じろぎした。
 ついっと、少しだけキオスの胸をおしやり、見上げる。
「ねえ、キオス」
「ん? 何?」
 アメリアの問いかけにはっと我に返り、キオスは慌ててにっこり笑ってみせる。
 アメリアは戸惑いがちに、キオスを探るように見つめる。
「あの……気になっていたのだけれど、マリーンさまは、その……」
「ああ、大丈夫だよ。アエトスはもちろん監獄行き――下手をすると極刑かもしれないけれど、マリーン嬢は無罪放免。王の命令で二人を離縁させ、マリーン嬢にもその実家にも累が及ばないようにさせると、クレイが言っていたから」
 きっと、あのクレイとフィーナが、アエトスを許さない。
 そして、重臣たちも連帯責任だ何だとマリーンを追い込もうとするけれど、それはにっこり笑って蹴散らすだろう。
 それくらいはちゃめちゃなことを、あの二人はあっさりとしてのける。
 それが、今回協力したマリーンへの報酬。
 まあ、そんなことをしなくても、事実を知れば、あの二人は見返りなしにマリーンの力になっただろう。
 そしてキオスもまた、それがなくても、マリーンはアメリアを身を呈して守ろうとしてくれたから全力で助力する。
 それが、キオスなりのマリーンに対する礼、けじめ。
 キオスのいちばん大切なものを守ろうとしてくれたのだから、キオスもそれにこたえる義務がある。
「そう、よかった」
 そんな腹黒い王の取引など気づくわけもなく、アメリアは素直に心から安堵する。
 どうやら、アメリアはアメリアなりに、マリーンを気にかけていたらしい。
 キオスは優しげに目を細め、アメリアの頬を片手で包み込む。
 もう一方の腕は、しっかりとアメリアを捕まえている。
「もともと望んでいた結婚じゃなかったからね。マリーン嬢の実家の財力目当てに、アエトスに圧力をかけられ結婚させられたようなものだから」
「……え?」
「だから、アメリアが気にすることはないよ。これは、もともとマリーン嬢が望んでいたことだから」
 アメリアを安心させるように、キオスはにっこり微笑んでみせる。
 けれど、アメリアにはまだ腑に落ちないところがあるらしく、難しい顔でつぶやく。
「でも……」
「マリーン嬢にはね、ずっと思いを寄せる男がいるんだよ」
 キオスはにっと得意げに笑ってみせる。
 アメリアは目を見開き、キオスを見つめ驚く。
「それじゃあ、マリーンさまは、まだ……?」
 探るように見つめるアメリアに、キオスは困ったようにうなずいた。
「彼女だけじゃなく、身分違いの元@人もね?」
 キオスのその言葉に、アメリアはほわと嬉しそうに顔をくずす。
 そういえば、はじめて会った時、マリーンは友人と会うといっていた。もしかして、その友人というのが……?
 ――考えるだけ野暮というものか。
「……そっか。今度こそ、好きな人と幸せになれるといいね」
 キオスもにっこり微笑み、うなずいた。
 そう、アメリアには望めないけれど、せめてマリーンくらいは。
 マリーンなら恐らく大丈夫だろう。何しろ、互いに思い合っているのだから、その気になれば、すべてを放り出す覚悟さえできれば、二人幸せになれる。
 同じ身分違いの恋に悩むマリーンだからこそ余計、アメリアは幸せを願う。
 アメリアにはかなわないことを、是非かわりにマリーンに成し遂げてもらいたい。
 微笑むキオスをちらりと見ると、アメリアの胸がつきんと痛んだ。
「あーあー、それにしても、俺って本当、けちょんけちょんだな。まあ、でも仕方がないか。だってほら、俺、悪名高いちゃらんぽらん王子だから」
 ゆっくりアメリアを解放していきながら、キオスはおどけて肩をすくめてみせる。
 アメリアは名残惜しそうにキオスに気づかれないようにそっと手をのばし、そのまますっと引き寄せた。
 アメリアは困ったように微笑み、ふるふる首を横にふる。
 そして、キオスの右手をすっととり、両手でそっと包み込む。
「わたし、知っているよ。三国一のちゃらんぽらん王子だとは言われているだけで、キオスは本当は誰よりも心優しいことを」
 聞きなれぬ言葉を聞くように、生まれてはじめてその言葉を聞くように、キオスは目を見開く。
 同時に、驚きに満ちつつも心地よさそうにアメリアの言葉に耳を傾ける。
「キオスは、決して言われているようなちゃらんぽらんではないわ」
「ははっ、アメリアにはかなわないな。――他人で気づいたのはアメリアがはじめてだよ」
 満面の笑みでそう断言するアメリアに、キオスはくすぐったそうに微笑を浮かべる。
 アメリアはキオスの手を包む手をはなし、そのままそっと両手でキオスの頬を包み込んだ。
「ねえ、キオス、いつまでそうして自分を偽っているの? 辛くない? みんなに誤解されたままなんて」
 アメリアは、苦しげにキオスを見つめる。
 どうしてアメリアは、そんなに苦しそうなのだろう?
 まるで、キオスの代わりに苦しんでくれているようではないか。
 けれど同時に、こうして誰かが――アメリアがわかりに苦しんでくれているのを見ると、キオスは意地が悪くも嬉しいと感じてしまう。
 これまでのしかかっていた錘がなくなったように、つかえていたものがとれたように、すうっと胸がかるくなったような気がした。
 キオスの両頬を包むアメリアの手に、キオスはそっと両手を重ねる。
 それから、見つめるアメリアの額にそっと唇を寄せた。
「本当のことをわかっていて欲しい人たちにはわかってもらえているから、それだけで俺は十分だよ。大切な人たちを守るためなら、いくらだって道化を演じられる。これが、俺なりの国の守り方だよ」
 唇をはなし見つめたアメリアは、気の毒なほど顔を赤くしていた。
 キオスは思わず、嬉しさとおかしさにくすりと笑う。
 そしてそのまま、もう一度、力いっぱいアメリアを抱きしめる。
 微笑みまっすぐに見つめるキオスの瞳の奥に、ゆるぎない信念のようなものをアメリアは感じた。
 きっと、それがキオスの真実だろう。
 ――キオスがちゃらんぽらんなふりをしているのは、民の声を直接集めるため。
 城にいて上から見ているだけではわからない、本当の民の声を集めるため。
 民の中に混ざり、直接その肌で感じてはじめてわかることもある。現状を把握できる。
 集めた民の声は、王――現在はクレイ――に告げ、それをもとに王は政を行っている。
 それは、王も望んでいること。認めていること。
 王ではできないことを、王にかわりキオスがしている。
 王がまだ王太子の頃からずっと続いている。
 ちゃらんぽらんを演じていれば、城下をふらふらしていたって、誰も不思議に思わなくなる。
 あの王子はあんなものと、皆警戒心をとく。――まあ、キオスの場合、別の意味で警戒はされているけれど。
 そして、間違って世継ぎ争いを招かないようにするためにも、クレイは切れ者でキオスはちゃらんぽらんという位置づけが必要で、守らなければいけなかった。
 これは、キオスから言い出したこと。
 キオスにもわかっている。クレイには高い国を治めていく冷静さ、冷徹さ、判断力があるけれど、キオスにはクレイほどはないことを。
 だから、国の未来のため、キオスは別のかたちで国の役に立て喜んでいる。
 ちゃらんぽらんを演じておけば、何かの隙に乗じてキオスを世継ぎになどと馬鹿な気を起こす者もいないだろう。
 これらのことは、クレイも知っている。
 知っていて、キオスの意思にあわせ、ともにキオスはちゃらんぽらんという位置づけを守っている。つき合っている。
 フィーナはそのことを知らないけれど、聡い女性なのでうすうす気づいているよう。
 けれど、フィーナもキオスの意思を尊重し、クレイと一緒にあわせてくれている。
 もちろん、前王――キオスたちの父親だってそれを知っていて、在位中もそして今も、キオスをちゃらんぽらん扱いしている。
 キオスが道化を望むなら、その思いのままに――。
 キオスが道化を演じていると知っているのは、その三人とキオスたちの母親だけ。
 だから、他人でばれたのはアメリアがはじめて。
 重臣たちは、今も変わらず、キオスたちにまんまと騙されている。
 けれど、それはアメリアに伝える必要はないだろう。……まだ。
 抱き寄せるアメリアにすっと顔を近づけ、キオスはもう一度額に唇を寄せた。
「アメリア、君が好きだよ。誰よりも愛しい」
 キオスは求めるように熱くアメリアを見つめ、幸せいっぱいに微笑む。
 今誰の腕の中でもないキオスの腕の中にアメリアがいて、キオスの一言一言、一挙手一投足にいちいち顔を染めるアメリアが、キオスはこの上なく愛しい。


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update:09/12/05