身分違いの恋の行方
fake〜うそっこ王子〜

 太陽が真上にきて、そして西に傾きかけても、初秋の陽光をあびながら、キオスは飽きることなくアメリアを抱きしめていた。
 こんなことは、キオスにとってもアメリアにとってもはじめてだった。
 女好きと噂されるキオスだけれど、事実、そのように振舞っていたけれど、こんなに誰かを放したくない、ずっとずっと抱きしめていたいと思ったのははじめてだった。
 もちろん、そのような噂も事実もないアメリアがはじめてなのは当たり前。
 途中何度もキオスを諭そうとしたけれど、そのたびに幸せそうなキオスの顔が目に飛び込んできて、アメリアの意思は簡単に打ち砕かれた。
 もう少しくらいならいいかな?などと、甘いことを思って。
 そうしてずるずるしているうちに、気づけば太陽はもう西の山のてっぺんまで達していた。
 さすがにそろそろまずいだろうと思って、アメリアは精一杯の勇気をもってキオスの胸をとんと押した。
 すると、キオスもようやく気づいたように、慌ててアメリアを解放した。
 それから二人、肩をすくめ微苦笑をし、手と手をとり合って、湖から城へ続く小道を歩いて帰る。
 とりあえず、今日の報告もあり、アメリアを一度城へつれていかなければいけない。
 つれていかなければ、クレイに大目玉をくらう。
 一般人を巻き込んでしまったのだから、それ相応の対応が必要だろう。
 湖はそろそろ虹色から茜色に変わろうとしていた。
 夕日を背負い、アメリアの手を引くキオスが城門を入った時だった。
 そこには、ようやく帰ってきたお馬鹿王子を待ちかまえていたように、重臣たちがずらっと並んでいた。
 キオスは思わず、ぴたりと足をとめた。
 いつも小言を言うために待ちかまえる重臣は何人かいるけれど、こんなにたくさん、そして皆一様に険しい顔をしていることなんてはじめて。
 さすがのキオスも、これは小言どころの問題じゃないなと、背にじわりと嫌な汗が出る。
 しかし、だからといって、キオスにはこれといってとがめられるようなことをした記憶はない。
 とがめられるとすれば、やはり、一人で暴走して危険なことをしたことくらいだろうか?
 けれど、それだって、重臣たちにとってはむしろ歓迎することではないだろうか?
 運悪く、そう、運悪く、王弟がその命を落としちゃったりしたら、むしろ喜ばしいことだろう。
 事が事なだけに、名誉の死で片づけ、世間体も守れ、好都合ではないだろうか。
 だってキオスは、クロンウォールのお荷物王子なのだから。
「これは何事!?」
 キオスは思わずのけぞり、そう叫んでいた。
 すると、重臣たちをかきわけ、馬鹿にしたような目でキオスを見るローシャルが現れた。
「ばれちゃったんだよ、あんたがその娘とできているのが」
「でき……っ!? って、ええー!?」
 キオスはぎょっと目を見開き、思わずアメリアをぎゅっと抱きしめた。
 この場合でもそのような行動にさえでなければどのようにでも言い逃れができようものなのに、まさか自ら墓穴を掘りにいくとは、さすがは三国一のちゃらんぽらん王子。
 ローシャルは思い切り呆れて、深いため息をもらす。
 重臣たちは、キオスの暴挙の瞬間、かっと目を見開き、腕の中のアメリアをにらみつけていた。
「フィーナと師匠に感謝するんだね。あんたに迎えが差し向けられなかったのは、二人がとめてくれたからだよ。まったく、こんな奴のいちゃいちゃなんてぶっ潰してしまえばいいのに」
 ぶつぶつ言いながら、ローシャルはキオスを見捨て一人先に城の中へ入っていく。
 きれいさっぱりまったく、キオスを助ける気はないらしい。
 まあ、キオスももとより、ローシャルに救いを求める気などないけれど。
 ローシャルはキオスを陥れようとすることはあっても、助けようとしたためしなど皆無だから。
 腕の中でわたわた慌てるアメリアを、キオスはさらにぎゅうぎゅう抱きしめる。
 そして、アメリアをひょいっと抱き上げ、城の中へ駆け出した。
 アメリアは訳がわからず、ただキオスにされるがままになっていることしかできない。
 抱き上げられ真っ赤に顔をそめて、キオスの胸に顔をおしつける。
 その後を、重臣たちが慌てて追いかける。
 廊下をかけ、角を曲がり、回廊を渡り、城の中をかけまわり、キオスはひとつの扉の前にやって来た。
 そこでアメリアをおろし、そのまま乱暴にその扉を押し開ける。
 するとそこには、窓辺に置かれた椅子に腰かけ、優雅にお茶を楽しむ、この国の王と最愛の王妃がいた。
 窓の向こうに広がる真っ赤な景色の中、どこか妖艶に微笑んでいる。
 どうやら、キオスはクレイとフィーナに助けを求めにやって来たらしい。
 ようやく追いついてきた重臣たちが、息も絶え絶えに口々に叫び散らす。
「キオス王子! あなたという方はよりにもよって……! 普段から手に負えない困った方だとは思っていましたが、さすがにここまで救いようがないとは思っていませんでしたよ。まさか、卑しい娘に手を出すなど……!」
「い、卑しいって、お前……っ!」
 キオスはかっと顔を真っ赤にして振り返り、そう叫んだ宰相をぎろりとにらみつける。
 宰相のおじさんは嫌いではないけれど、そんなことを言うおじさんは許さないと、体いっぱいで激怒している。
 キオスのことはどのように言われても仕方がないけれど、アメリアまで悪く言われるいわれはない。それだけは、我慢ならない。
 宰相は息をととのえるように、ひとつ大きく息をはきだした。
 そして、キオスをきっとにらみつける。
「そうではないですか。それでも一応クロンウォールの王子なのですよ!? そのような方が、身分もない、まして親もない娘などと……!」
 宰相がそう言い放った瞬間、キオスの背後でがたんと椅子を蹴散らすような音がした。
 それからすぐに、優雅だけれど怒気をはらんだような涼やかな声音が響く。
「馬鹿馬鹿しい。キオス王子がお好きなら、それでいいじゃない」
「お、王妃!?」
「フィーナちゃん……!」
 キオスが振り返ると、にこやかに微笑み、ぎらりと光る目で宰相を見るフィーナが立っていた。
 フィーナが蹴倒した椅子を、クレイがいそいそと戻している。
「そのようなつまらないことで、人をはかるものではないわ。よほどあなたの方が卑しいわ」
 ゆっくりとキオスたちへ歩み寄るフィーナに、宰相は一瞬ひるんだように体を震わせた。
 この国の王妃は王よりも強いと、まことしやかにささやかれている王妃の静かなる怒りに、その美しい微笑みの下に隠された怒りに気づき、宰相はもはや生きた心地がしないだろう。
 まさか、王妃をここまで怒らせることになるとは思っていなかっただろう。
 宰相にしてみれば、ごく当たり前のことを言っているにすぎないのだから。
 また、王を悪く言えば王妃の逆鱗に触れることは理解していても、王弟ならばむしろ笑って過ごされてきた、これまでは。
 けれど今回は、王弟だけでなく、ただの普通の娘にも及んでいるので、王妃は激怒したのだろう。
 宰相だけでなく、ともにやってきた重臣たちの間にも、明らかな動揺と恐怖がはしる。
「と、とにかく、このようなお針子の娘などは許しませんよ。身分違いもはなはだしい!」
 それでも、宰相は果敢に王妃に挑んでいく。
 びくんと、キオスに抱き寄せられるアメリアの体がはねた。
 まさしく、宰相の言う通りだから。
 アメリアがキオスとなんて、そんな恐れ多いこと……。身分違いもいいところ。
 アメリアは、キオスに好きと言ってもらえて、それだけで満足している。もとより、それ以上は望んでいない。


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update:09/12/12