目覚めたら乙女部屋
ダイキライ

 次に気づいた時には、わたしは異世界に飛び立っていた。
 目を開けるとそこは、妙に天井の高い部屋だった。
 天井の中央には、シャンデリアが吊り下げられている。
 そのシャンデリアというのがこれまた普通じゃなくて、結婚式場とかホテルのロビーとかにあるような、めちゃめちゃ高そうなシャンデリア。
 これが落ちてきたら、絶対、その下にいる人間は死ぬっ!と思うくらい、大きくて重そうなシャンデリア。
 そして、わたしが目覚めた場所は、その部屋の窓際に置かれた、ダブルベッド二つくらいを合わせたような大きなベッドの上だった。
 キングサイズよりもさらに上をいく、天蓋付きの巨大ベッド。
 一体、どんなにすごいスプリングを使っているんだ?と思えてしまうほど、ふわふわでもこもこで、体全部がベッドに埋まってしまいそうだった。
 そんなとんでもないベッドの上だった。
 ――絶対、これってば、特注よねえ?

 むくりと起き上がり、とりあえず、この居心地がいいのだか悪いのだかわからないベッドから出ようと、床に足をつける。
 足……は語弊があるかもしれない。つけたのは、足ではなく、つま先だったのだから。
 ベッドの高さが普通のベッドの二倍ほどはあるんじゃないか!?というくらい高いものだったので、ようやくつま先をつけることができた。
 そのつま先をつけた時だった。
 ふいに視界が暗くなり、頭の上から、あの聞きたくもない声が降ってきた。
「やっと気がついた? 驚いたよ、いきなり気を失うから」
 見上げると、そこには広い青空が……。
 だったら良かったのに、見上げると、そこには、あのとんでもない言葉を放って、今わたしを不幸のどん底に突き落としている鳳凰院夏樹の顔があった。
 相変わらずのむかつくほどのにこやかな微笑みを、惜しげもなくわたしに降り注いでいる。
 そして、急に眉尻を下げ、心配そうにわたしの顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫? どこか痛くない? 気持ち悪くない?」
 気持ち悪い? 気持ち悪いわよ! あんたのその顔が、あんたのその言葉が。あんたの存在自体がね!
 大っ嫌い!!
 人を拉致っておいて、今さらそんな優しい言葉をかけてきたって遅いのだから。
 あんたは悪人! あんたは犯罪者!
 わたしの中では、あんたはそういう存在に位置づけられているのよ。あんたがわたしを拉致った、その瞬間から。
 ぎろりと憎らしげに夏樹をにらみつけると、夏樹はにこっと笑った。
「ああ、それだけ元気があれば、大丈夫だね? それじゃあ、ぼくは残りの仕事を片づけてくるから……。君はこの部屋で自由にしていていいよ」
 この部屋?
 夏樹の言葉を聞き、この部屋とやらを見まわす。
 するとそこは、大きな出窓に白いレースのカーテン。
 そして、白木の調度品の数々。ちらほらと置かれた、大小さまざまなテディ・ベアたち。
 もちろん今わたしがいるベッドだって、その大きさこそ異常だけれど、ひらひらのレースがついたカバーなんかがかかっているわ。
 しかもそれら全部、わたしが見たってわかる。すごく高いものよ。高級品よ、一級品よ。
 っていうか、この部屋、女の子が憧れてならない、乙女部屋よ〜!!
 乙女部屋を見まわした瞬間、わたしの顔が思わず、ぱあっと明るくなったことを確認すると、夏樹は嬉しそうに微笑んだ。
「気に入ってくれた? 一日遅れだけれど、これが誕生日プレゼントだよ」
「へ……?」
 再び夏樹に視線を戻し、きょとんと夏樹の顔を見る。
 すると夏樹は眉をひそめ、困ったように微笑んだ。
「だから、この部屋。この部屋が君へのプレゼント」
 って……ちょっと待って。今、何かとんでもない発言がなされなかった?
 たしかこの乙女部屋がわたしへの……。
 え? これがわたしの部屋になるの? わ〜い、嬉しいな〜。
 なんて、そんなのんきなことを言うとでも思ったかっ。
 明らかに、その言葉を期待しているような微笑みは何だ、鳳凰院夏樹!
 誤魔化されるな。騙されるな。流されるな。
 きっとこれは、こいつの作戦の内の一つだ。
 自ら、みすみすその罠にかかってはいけない。
 天使の微笑みの下に隠された悪魔の微笑みが、わたしには見える。
 絶対、何かよからぬことを考えているはずだ、この男なら。
 だってこの男。いきなり校門前でわたしを拉致り、車の中でプロポーズ。そしてしまいには、逃がさないと言ったのだから。
 それがどういう意味かはわからないけれど、絶対に何かたくらんでいる。そうじゃないと、この常軌を逸したできごとを理解できない。
 こいつは悪だ。悪魔だ。魔王なのよ!
 一向に、「わ〜い、嬉しいな〜」と言おうとしないわたしにしびれをきらしたのか、夏樹はにらみつけるわたしの顔にすいっと自分の顔を近づけ、ささやいた。
「今日から、ここが君とぼくとの愛の巣だよ」
 くらり……。
 嗚呼、また気を失いそう……。
 アイノス? はて? アイノスとは、これまた一体……?
 一昔? いや、二昔前に聞いたような言葉のような……?
 なんて、呆けている場合じゃないわよ、愛の巣だって!?
 ということはつまり、今日からわたしがここで暮らすということを前提とした言葉で……。
 嗚呼〜、頭が混乱して、もう何が何だか……。整理がつかないわよ!
「君は今日から、ここでぼくと一緒に暮らすと決まっているのだよ。君のご両親も承諾済みだよ?」
 そう言って、近づけたままの顔をさらに近づけ、ちゅっと軽くわたしの頬に口づけた。
 ……いや。何か違う。何かが間違っているし。
 そう。この状況。この現状が間違っているのよ。
 頬にキスをされ、呆然としているわたしに向かって、夏樹は嬉しそうにくすりと笑う。
 音にはなっていないけれど、口が微かに、「ごちそうさま」なんて動いている。
 きい〜、悔しい。
 人が呆然とし、何も考えられないことをいいことに、こいつはわたしのファーストほっぺにちゅうを奪いやがった! 大嫌い!!
 それよりも何よりも、この訳のわからない男のいいようにされているのが、限りなく悔しい!
 そして、何よ。また勝手に決めつけている。
 決まっているのだよって、何!?
 それは夏樹、あんたの口癖なの!? それとも何!? わたしには、逆らうことは、はじめから許されていないとでも言いたいの?
 しかし、ここでひるむわけにはいかない。恐れるわけにも、屈するわけにも。
 だって、ここで夏樹に従ってしまえば、わたしは完全にこいつの、この狂った性悪男のものにされてしまう。結婚を認めたことになる。それだけはわかる。
 だから、最後の最後まで、わたしは戦うわよ。
 好きでもない、ついさっき会ったばかりの、しかもこんな極悪人なんかと結婚させられてなるものかあ!
「ねえ、わかっているの? これってば、一種の犯罪よ? 拉致、監禁!!」
 どんと夏樹の胸を押す。
 しかし夏樹の体は、わたしなんかの力ではびくともしない。
 相変わらず、その似非天使の微笑みを浮かべる顔は、わたしの顔の前にあるままだった。
「ああ、それなら大丈夫。だってほら、これがあるから」
 すいっとわたしからはなれ、夏樹は胸元から一枚の紙切れを取り出した。
 そしてそれを、ぴらっとわたしに見せる。
「それが何?」
 今のわたしがまともにその紙なんて見るわけもなく、夏樹をにらみ続ける。
「だから、よお〜く見てごらん」
 夏樹はやはり微笑み、そう言った。
 わたしは渋々、その紙切れに視線を移した。
 そこで、ぴたっと動きが止まる。
 え!? これって、これって、見てごらんと言ったこの紙切れってまさか、婚姻届〜!?
 しかもご丁寧に、すでに夫の欄も妻の欄も記入済みって、どういうこと!?
 夫の欄には鳳凰院夏樹。妻の欄には狩野茗子。さらにご丁寧なことに、押印までされている……。
 呆然とその婚姻届を見つめるわたしに向かい、夏樹は微笑みかける。
「でもよかった。君が昨日誕生日を迎えてくれていて。成人していれば、親の承諾はいらないからね? あとはこれを役所に出しさえすれば、もう君は立派にぼくの妻。するとそこには、拉致、監禁なんて事実はなくなる。ねえ? 名案でしょう?」
 名案じゃない! 名案なんかじゃ、全然ない!!
 ちょと本当、こいつ何を考えているわけ!?
 こんなものを持ち出して……いや、こんなものを偽造しやがって! 
 わたしは名前を書いた覚えもなければ、判を押した覚えもない。
 勝手にこいつが書いただけじゃない。
 こんなの無効よ、無効!! わたしは承諾していないもの。
 役所になんて、出されてたまるか〜!
「成人していてもしていなくても、わたしはそんなの認めていない」
 頭を抱え、よろけそうになるのを必死でこらえ、わたしはそれだけをつぶやくのでやっとだった。
 すると夏樹は、またこともなげにさらりと言う。
 もちろん、天使の微笑みを浮かべて。
「別にかまわないよ? はじめから、君の意思なんて関係ないから。君とぼくが結婚することは決まっているから」
 そう言って、すっと婚姻届をまた胸元へとしまった。
 また……決まっている?
 わたしは一体、その「決まっている」という言葉を何度聞かされればいいの?
 全て「決まっている」の一言で片づけてしまうこいつが憎い。憎くてたまらない。大嫌い。
「楽しみだね? 新婚生活」
 本当に愉快そうに、夏樹は口笛なんかを吹きながら、部屋を出て行った。
 ちーん。
 本日二度目の思考回路停止。

 ――ねえ、ところでやっぱり、この部屋がわたしへのプレゼントで、さらにわたしはここから逃げられなくて、そして今日から二人の愛の巣ということは……ここで、この巨大ベッドで、わたしは夏樹と一緒に寝るということ!?
 というか、わたしってば、いつの間にか、この状況を認めていない?
 さらりと、さらりと、さらりと丸め込まれ、さりげなく決めつけられて。

 い〜や〜!! 乙女の貞操の危機よおっ!!


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update:03/11/04