とにかく整理
ダイキライ

 わたしは、悪魔につかまった。
 悪魔の名前は、鳳凰院夏樹。
 名字だけは妙に立派な奴。
 そう思っていた。だけど違った。
 立派だったのは、名字だけでなく、その肩書きから経歴から何から何までだった。
 とにかく、鬼畜。鬼畜。鬼畜。鬼畜。悪魔。
 性格、悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。極悪。
 そういう奴。
 だけど、世間ではそうは言われていないみたい。その天使の微笑みに騙され、みんな夏樹のことをいい人って言っている。
 じゃあ何? わたしは特別ということ?
 その特別もいい意味でじゃない。悪い意味で。大嫌い。
 わたしをおもちゃにして楽しんでいるこの悪魔のどこが、いい人だというのだろう。

 鳳凰院本家……つまりは、夏樹が住んでいるところなのだけれど、そこは本当にすごかった。
 この乙女部屋だけじゃなくて、その建物からしてすごかったのよ。どこかおとぎの国のお屋敷みたいなつくり。
 夏樹が部屋を出た後やって来た、お手伝い……というよりは使用人かしら?この規模になると。
 その使用人から聞いた話だけれど、この鳳凰院という家柄は、遠く平安の世から続く家柄とかで、決して歴史の表舞台には出ないけれど、裏で国を動かしていたと言っても過言ではない家柄なのだって。
 そして、この夏樹という男は、そんな一族を牛耳っている人だった。
 それじゃあ、表の顔の一つやニつ、持ち合わせていたって不思議じゃない。
 恐らく、それくらい裏表がないと、世の中を渡っていけないと思う。
 一種の処世術というものだろう。
 多分、夏樹は、そういう世界で生きている人なんだ。
 だから、いい人って言われるということは、うまく世の中を渡っていけているということなのだと思う。
 じゃあ、どうしてわたしにも、そのいい人を演じてくれないの……?
 それが、そこから導き出された疑問。
 そこでわたしが夏樹にその疑問をぶつけたら、絶対夏樹の奴、こう答えるに決まっているわ。
「面白いから」
 きいっ。想像しただけで、ムカつく奴ね。大嫌い!

 ところで、夏樹のことはこれくらいにして、その夏樹は今日のお昼頃、いとこの鳳凰院由布(二十)を使って、わたしを拉致ったの。
 そして、拉致った車の中で、わたしにこう言ったのよ。
「結婚しよう」
 いきなりのことで、わたし、その言葉が理解できなかったわ。
 そしたら、その理解できない頭に、あいつはさらにこう続けたのよ。
「君は必ず、ぼくを好きになる」
 そんなことを、いけしゃあしゃあと言いやがった。
 いきなり車で拉致って、意味不明なことをほざく男を、どうしたら好きになれるというの? 好感が持てるというの?
 こんなやつ、こんなやつ、大っ嫌い!!
 絶対に、思い通りになんてなってやらない。
 とにかく、こんなやつなんて、大嫌いだあ!!
 そしてわたしは、「逃がさないよ」という夏樹の言葉に、ぷっつんと理性と頭の血管が切れ、そのまま気を失ってしまった。

 次に気づいた時には、わたしはすでにこの乙女部屋にいた。
 そしてこの気持ちの悪い、大きなベッドの上に寝かされていた。
 夏樹の家まで連れてこられたわたしは、夏樹が言うところの「これから、わたしと夏樹の愛の巣」とやらになるらしい部屋をあてがわれた。
 その部屋は屋敷の南側二階にあり、とても日当たりがよく、この屋敷の中でも、とりわけ広い部屋ということらしい。
 らしいというのはつまり、気づいた頃にはすっかり夕方になっていたので、それがどれほど日当たりがよいのかはわからないから。
 ただ、それを使用人に教えてもらったというだけ。
 でも、あの夕日のさし込みようから、それはだいたい想像がつく。
 そして気づいたわたしに、夏樹はこう言ったのよ。
「楽しみだね? 新婚生活」
 って、待て〜!
 だから、一体いつ、誰が、あんたとの結婚を認めたっていうのよ!!
 拉致られ、監禁され、脅され、そして婚姻届まで偽造され、もうわたしは逃げ場を失ってしまった。
 悔しいけれど、夏樹のあの「逃がさないよ」という言葉は嘘じゃなかった。
 夏樹が残りの仕事を片づけると言ってこの部屋を出て行った時、「よっし!」と思い、抜け出そうとした。
 だけど、この部屋からは出られたけれど、この屋敷からは出られなかった。
 だって、外、お庭は、来る時は気を失っていたから知らなかったけれど、まるで密林なのだもーん!!
 こんなところ、一度出たら、もう、森から出られなくなり、遭難しちゃうわよ。
 そして捜索隊が出されるのだけれど、それでもやっぱり見つけてもらえなくて、そしてそのままわたしは、人知れず死んじゃうのだわ〜!
 ……と思うと、建物から外には出られたけれど、お庭に足を踏み出すことができなかったのよね……。
 はあ。情けない。
 もっと、わたしに勇気があれば……。
 いや。たとえあったとしても、この鳳凰院夏樹という男からは、どうも逃げられそうにない。
 なんか、そう思えてきてならない。
 あの天使の微笑みの下に隠れる悪魔の微笑みが、そう思わせる。
 というか、もとはというと、由布! あいつが悪いのよ。
 あいつが夏樹なんかの言いなりにならなければ、今、わたしがこんなめにあうこともなかったのだから!!
 ――て、ちょっと待って。
 今まで、そのことばかり頭にあって気づかなかったけれど、どうしてわたしなの? どうしてわたしが、夏樹に選ばれたというの?
 夏樹とは面識もなければ、夏樹の家に釣り合うほど、うちがお金持ちってわけでも、家柄があるってわけでもない。
 そりゃあ、生活水準はあのお金持ち学校に通えるくらいだから、そこそこはあると思うけれど、この鳳凰院家、ましてやそこのご当主さまと結婚できるくらいいいというわけじゃないのよね。
 それなのに、何故、わたし……?
 それに、夏樹のあの態度もどこか嘘くさい。
 顔は笑っているけれど、「結婚しよう」とは言ったけれど、だけど、どれも胡散臭くて信じられない。
 ねえ、夏樹。あんたは一体、何を考えているの?
 この偽装結婚の裏に、何かあるのでしょう? わたしを使って、何かするつもりなのでしょう?
 そう思えてならない。
 いや、そう思わなければ、この状況が理解できない。
 絶対に、あいつの天使の微笑みになんて騙されるものか!
 わたしは知っているのだからね。その顔の裏に隠された、極悪な本性を!!
 ――って、結局、こう言っている辺りから、わたしってばもしかして、巻き込まれることを、夏樹と結婚することを、頭のどこかで認めている?
 嫌だ。やめてよ、そんな気味の悪い想像。
 ……ううん。でも想像なんかじゃないと思うの。
 たしかにわたしは、夏樹とは初対面のはず。だけど、はじめてという感じもしない。
 わたしには、こんなすごい家の人と知り合えるチャンスなんてあるはずがないのに、何か……知っているような、懐かしいような気がする。
 だからかな? だから、最初から言葉とは違って、態度は拒絶していなかったのかも。
 逃げようと思えばいつでも逃げ出せたはずなのに、だけどどこかでそれをためらっていた?
 ああ、もう。なんだか、自分で自分がわからなくなってきちゃったよ。
 これじゃあ、整理するどころか、ますます混乱だわ!
 早く帰って来い、夏樹! それから、わたしの納得のいく答えをおよこし、夏樹!!
 そして必ず、婚姻届を奪って、破り捨ててやるわ!!


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update:03/11/07