危険香るクルトン
ダイキライ

 鳳凰院家の夕食。
 それはさすがだった。
 一階の南の庭に面したダイニング。
 どこかの映画で見たような、おとぎ話にでも出てきそうな、真っ白なテーブルクロスがかけられた、長い長いテーブル。
 テーブルの真ん中には、豪華だけれど品のよい花が生けられ、そしてその両横にはキャンドルが並んでいる。
 テーブルの上座に夏樹が座り、そして角を挟み左側にわたしは座っている。
 逃げ出したかったけれど、さっき腰を抜かしてからまだ自力で立ち上がれない。
 お姫様だっこでここまで連れてこられ、そしてここに座らされ、それからずっとこの状態。
 鳳凰院家の夕食は、いつもこうなのか、どこかのホテルで食べるようなフルコースのようなものになっていた。
 まずは前菜が運ばれてきて、夏樹はそれをぺろりと平らげた。
 平らげた後は、左手にワインの注がれたグラスなんかを持って、次のスープを待っている。
 グラスを持った手のすぐ横には、ワインボトルが置いてあり、銘柄は……何かアルファベットとそうじゃない文字が並び、読めなかった。
 英語でないことはわかるのだけれど、どこの言葉かはわからない。
 だけど、それでも数字だけは読み取れる。ワインボトルに記されてあった数字は……『1970』。
 ……冗談じゃない。それってば、めちゃめちゃ年代モノとかいうもの!?
 ――よくわからないけれど――
 うえ〜。普段の夕食の時から、そんなワインを飲んでいるのじゃないっていうのよ!
 オードブルに手をつけようとせず、さらにはワインボトルなんてものをじいっと見つめているものだから、夏樹は首をかしげわたしを見てくる。
「あれ? 茗子。ワイン、飲みたいの? でもたしか、アルコール全般、駄目だったよね? それに、この生ハムは……茗子、好きでしょう? 食べないの?」
 ……って、ちょっと待て。
 なんであんたが、そんなことを知っているのよ!
 なんであんたが、わたしの食の好みやら、アルコールが駄目なことを知っているの!?
 ……やっぱり、こいつおかしい。絶対、どこかおかしい。
 いや、怪しい。
 そうか、わかったわ。こいつは、あれよ。あれに違いない!
 わたしのストーカーよ!!
 だから、いきなり拉致って、首筋にキスして、監禁して、結婚しようって言ったのだわ。
 なんだか順番がめちゃくちゃのような気もするけれど、そんなことはどうでもいい。とにかく、この事実が大切なのよ。
「食欲ない? でも、食べないと……力でないよ?」
 って、何の力よ。
「……くす。いいの? 抵抗したくても、できなくなるよ?」
 って、だから、何の抵抗よ!!
 ――なんて、そんなこと、聞かなくたってわかっている。
 あれ。あれよ。さっきの言葉。
「続きは、今夜ね?」
 わたしが抵抗することなどお見通しで、いや、この場合、抵抗して当たり前なのだけれど、そしてその抵抗するわたしでもてあそぶつもりなんだ。
 抵抗しなきゃしないで、そのまま一撃必殺。
 なんて、なんて、なんて奴なの! 大っ嫌い!!
 そして、こうも言いたいのよ、きっと。
 「うまい具合に抵抗できて、逃げられたら、今夜のところは見逃してあげるよ?」って。
 そう。そこがポイント。あくまで、「今夜のところは」なのよ。
「ああ、そうか。それとも、口移しで食べさせて欲しかったのかな?」
 こらあ〜!!
 よりにもよって、言うにことかいて、それか!!
 誰が、誰が……!!
「食べるわよ!!」
 がしゃんと左手でフォークをつかみ、ぐりぐりと生ハムを突き刺してやった。
 右手にナイフを持って切るなんて、そんなまどろっこしいことなんてしていられない。
 この怒りからは、そんな細かな作業もできない。
 そして、無造作に口へ放り込み、これまたマナーもへったくれもなく、むしゃむしゃとほおばる。
 くうっ。
 絶対。からかわれている。からかって遊ばれているのだわ。

 オードブルを食べ終わると、すぐにスープが運ばれてきた。
 きっと、わたしが食べ終わるのを待っていたのだわ。
 だから、夏樹が食べ終わっても運ばれてこなかった。――まあ、それが、普通と言えば、普通なのだけれど――
 ちっ。まったく、よく使用人の教育ができているじゃないの。
 さっき、夏樹が仕事で一時抜けた時も思ったけれど。
 スープは、またわたしの好きなものだった。
 コーンクリームスープ。
 なんか、ここまでで気づいちゃったけれど、今日の取り合わせ、どこかおかしくない?

 スープの上には、中央にたっぷりのクルトンが浮いていた。
 今まさにのせられたとばかりに、まだかたそうに浮いている。
 スープの上に浮くクルトン。
 わたしはこれが大好き。
 だけど、クルトンだったら何でもいいってわけじゃない。
 スープにのせたてのまだカリカリっとした、スープの染みていないクルトンが好きなの。
 あの歯ざわりがたまらなく好き。
 だから、もうスープが染みこんじゃって、ふにゃふにゃになったクルトンなんてお呼びじゃないわ。
「まだ、クルトンあるよ?」
 先にクルトンだけを食べてしまって、もうクルトンのなくなったスープ皿を見て、そう言って、夏樹はわたしにクルトンの入った小鉢を差し出した。
 そして、念をおす。
「茗子、好きだよね? クルトン」
 そうそう。わたし、このクルトンには目がないの……。
 って、違〜う!
 そんなことじゃなくて、どうして夏樹がそれを知っているのかってこと!
 夏樹は、にこっと微笑み、「入れないの? せっかく余分に用意させたのに……」と、物言わぬ顔でいっている。目でいっている。
 クルトンなんかに騙されないわよ! クルトンなんかに……。
 うう……。だけど、いただくわ。せっかくだから。
 だってわたし、本当にカリカリのクルトンに目がないんだもん。
 それに、クルトンがかわいそうじゃない。食べてあげなきゃ。
 違う。わたしは夏樹に負けたのじゃない。クルトンに負けたのよー!
 わたしがスープにクルトンをつぎ足すと、夏樹は満足そうに微笑んだ。
 って、その微笑みは、やっぱり卑怯だと思うわ。
 その微笑みは、天使の微笑み。
 その微笑みの前では、どんな悪い心でも浄化されるのよ。
 って、でもわたし、悪い心じゃないけれど。むしろ、悪い心なのは、夏樹だと思うわ。
 ……そしてわたし、わかっている。この微笑は作られたものだって。
 その天使の微笑みの下には、悪魔の微笑みがあるって。
 この家に仕える使用人、誰も気づいていないようだけれど、わたし気づいちゃったのだもの。
 まあ、出会いが出会いなだけに、そう思うのかもしれないけれど、こいつ、本当は極悪なのよ。
 ……っていうか、やっぱり、ストーカーだわ。わたしのクルトン好きを知っていたのだから。
 そんなもの、普通は知らないでしょう? 会ったこともない女の子のクルトン好き。
 さっきも思ったけれど、もしかして今日の夕食って、わたしの好きなものが用意されている?
 この後出てきた、牛ヒレステーキといい、デザートのイチゴのミルフィーユといい……。
 どうして、そんなことを、当たり前のように夏樹は知っているの?
 やっぱり、ストーカーだから?


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update:03/11/13