あいつはストーカー
ダイキライ

 翌朝。
 目が覚めると、もうそこに夏樹はいなかった。
 あの後、なんだかやっぱりかわいそうになり、ベッドカバーをかけてあげた。
 ええ、もちろんわたしは、ちゃんとブランケットにくるまって寝たわよ? 夏樹のためなんかに、わたしが寒い思いをする必要なんてないからね。
 それで、目覚めた時にはもう、そのかけてあげていたカバーが綺麗にたたまれ、ソファの上に置かれていたの。
 それを見ると、なんだか淋しくなってしまった。
 何故かはわからないけれど、なんだか淋しくなっちゃったのよ。
 まるで、最初から、この部屋にはわたし一人しかいなかったような、そんな気にさせられて。
 何でだろう?
 ……一人は、いや――

 とりあえず、ベッドから出ることにした。
 むくりと上体を上げると、その時扉がコンコンコンとノックされ、返事もしないうちから使用人が入ってきた。
 手には女性ものの洋服を持っている。
 それでぴんときたわ。きっとあの服は、わたしのために用意されたものなのだって。
 もちろん、その予想は的中。
 使用人はわたしのもとまで歩いてくると、遠慮なしにささっとその洋服に着替えさせた。
 ムカつくことに、着せられたその洋服は、わたしが好きな、かわいらしいものだった。
 秋に合わせたのか、薄い茶色地の花柄のワンピース。
 その柄がまた、決してけばかったり、嫌味だったりせずに、スカートの裾を中心に小さい花がちりばめられているという感じ。
 そして、ワンピースの上には、クリーム色のカーディガン。
 前の紐をリボン結びにするタイプのものだった。袖と裾にはフリル。
 どこからどう見ても、清楚でかわいい感じの洋服。
 悔しいけれど、気に入っちゃったわよ。
「……これ……?」
 思わずつぶやいていた。
 すると使用人は、そのつぶやきに気づき、あちこちわたしをいじる手をとめ、ふっとわたしを見上げた。
「夏樹さまがお選びになられたのですよ。茗子さまにお似合になるとおっしゃられて。本当、よくお似合いです」
 夏樹が……?
 信じられない。似合う似合わないはおいておいて、どうしてわたしの洋服の趣味までわかっているわけ?
 やっぱり……ストーカーだから?
「お仕度が整いましたので、ダイニングまでお願いします。朝食のご用意ができております。夏樹さまもすでにお待ちですよ」

 使用人に連れられて、ダイニングまでやって来た。
 すると、本当にそこにはすでに夏樹がいて、新聞片手にコーヒーをすすっていた。
 新聞なんかは、やっぱりちゃんとアイロンがけされてある。
 しわをのばすためじゃない。新聞のインクが手につかないようにするためにアイロンをかけるの。
 といっても、そんなもの、印刷技術の進んだ現代では必要のないこと。
 インクなんて、そう簡単につくわけがない。
 だけど、やってのけるのよ、ここの使用人は。
 そんなきめ細やかな気づかいすらできるのよ、ここの使用人は。
 夏樹はわたしを見つけると、「やあ」と言って、にこりと微笑んだ。
 そして、自分の横に座るように促す。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
 さわやかにそう尋ねてくる。
 く、悔しい。っていうか、ムカつく!
 よく眠れたかですって!?
 眠れるわけないじゃない。
 いくらソファに移動したからって、同じ部屋の中にいるのには変わりないもの。いつあんたが襲ってくるか……。
 なんて考えていなかったわよ。
 昨日半日でいろんなことがありすぎて、それどころじゃなかったのよ。
 もう疲れきっていたらしくて、あんたが眠ったであろうことを確認し、あんたにベッドカバーをかけたら、その後もうすぐにバタンよ。
 だけど、あんたのそのさわやかな顔を見ると、本当にムカつくのよね。
 人の不幸などおかまいなしに微笑みかけるその顔が、妙にムカつく! 大嫌い!!
「おかげさまで、とてもよろしく眠れなかったですわ」
 とげとげしく言いながら、わたしは使用人というよりかは、バトラーっていった感じの年配の男の人が引いた椅子に乱暴に腰かけた。
 そして、ぎろりと夏樹をにらむ。
 すると夏樹は、「そう。よく眠れたの? それはよかった」と、まったくわたしの言葉など聞いていないかのように、やはりさわやかな微笑みを向けてくる。
 く……っ。殴りたい。殴ってやりたいわ、このさわやかな顔を。そして、二目と見られない顔にしてやりたい。
 ――だけど、できない。その後の仕返しが怖そうだから。
 きっとこの天使の微笑みに隠された悪魔の顔が、ただじゃおかないはずだから。
 それこそ、身の危険が……。
「ところで、茗子。今日はたしか、講義はとっていなかったよね?」
 バトラーに今まで読んでいた新聞を手渡しながら、わたしに聞いてくる。
 頭痛い…。どうして、そんなことまで知っているのよ……。
 とはもう言わない。だってこいつ、わたしのストーカーだもの。知っていて当たり前じゃない。
 だから「とっているわよ!」なんて嘘も通じるはずがないのだわ。
 だったら仕方がないじゃない。下手に嘘をつくよりは、正直に言った方がよっぽどましだわ。
 こいつの後の仕返しを考えたら。
「……だったら?」
 ぷいっと夏樹から顔をそむけ、それでもやっぱり精一杯の抵抗を試みる。
「ごめんね。残念だけれど、ぼく、今日どうしても抜けられない仕事があるのだよね? だから、ここに君の遊び相手をよこすから、ぼくが帰ってくるまで、その人と遊んでいてもらえるかな?」
 はいはい。もうどうとでもどうぞ。
 というか、むしろありがたいわ。あんたと一緒にいなくてすむと思うとね。
 あんたと二人きりになんてなってみなさいよ、絶対、ただじゃすまないもの。
「別にかまわないわ。だけど、婚姻届はおいていきなさいよ」
「婚姻届?」
 夏樹は首をかしげる。何のことだろうと、そんなものあったっけと。
「誤魔化さないで。昨夜、それでわたしを脅したでしょう。婚姻届」
「ああ、あれか。あれはもうないよ。今朝早く、出してきたからね」
 テーブルの上で手を組み、その上に顔をのせ、わたしを見つめ、にっこりと微笑む。
 は……!?
 だ、出してきた!?
 もう!?
 だってまだ、朝の七時じゃない。
 出してきたって、出してきたって、一体、いつよ!?
「だってほら、二十四時間受付てもらえるし、やっぱり、こういうことは早くしないとね?」
 そう言って、夏樹はまたにこっと微笑んだ。
 今度は何のまじりけもない、天使の微笑みで。
 やられた。
 やられてしまった。
 わたしが疲れきって、すやすやと眠っていたその間に、こいつはぬけぬけと実行しちゃったのだわ。
 ということは何!? わたしってば、本当に、戸籍上、この男の、つ、つ、妻とかいうものにされちゃったわけ!?

 嗚呼。もう……わたしの人生、終わったわ……。


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update:03/11/19