現れた共犯者
ダイキライ

 夏樹が、例のわたしを拉致った車に乗り、仕事へ向かってから、一時間。
 そこに現れた遊び相手の客人は、由布だった。
 由布を目にした瞬間、両手を広げ駆け寄っていた。
 すると由布は、そんなわたしに気づき、ふっと微笑みかける。
 由布の微笑みには、本当にあの夏樹のいとこかというほど、裏の笑顔を連想させるものなどなかった。
 まじりけのない、本当の笑顔。憎らしいほどにね。
 そして由布に駆け寄った瞬間、この由布の笑顔を打ち砕いてやっていた。
 がつんとひと蹴り、弁慶の泣き所にお見舞いしてやったの。
 由布はただただ、目から涙を流し、今さっきわたしが蹴りを食らわしてあげた右のすねを抱え、「ひいひい」と言って、もだえ苦しんでいる。
 ふん。ざまあみなさいよ。
 あの極悪夏樹と一緒になってわたしを拉致り、そしてあの悪魔な夏樹と結婚させられちゃった恨み、そんな簡単なものじゃないのだからね。
 これは、まだまだ序の口よ。
 弁慶の泣き所を抱え、いまだもだえている由布を威圧的に見下ろす。
 あの夏樹相手だとこうはいかないけれど、相手が由布というのなら、断然わたしの方が優位だわ。
「一体、どういうつもりなのよ! あんた、ぐるなのでしょう!?」
 すると由布は、ゆっくりと顔を上げ、あはっと愛想笑いをする。
 って、それですむと思っているの!?
 わたしは、あんたのせいで――まあ、諸悪の根源は夏樹だけれど――人生を狂わされたようなものなのよ!? それなのに、愛想笑いの一つですむと思っているわけ!?
 ったく、信じられない男ね。
「茗子。ごめん、悪かった。だけどな、これは茗子のためでもあるんだよ」
「わたしのためだとお!?」
 仁王立ちになり、ずももももも……と威圧的に由布を見下ろす。
 しかし由布は、ひるむことはなかった。
「だってほら、鳳凰院家当主の妻だよ? すごいじゃない。裏のファーストレディと言っても過言じゃないよ?」
「うるさい。そんなことはどうでもいいわよ! あの極悪人なんかの妻にされて、嬉しいはずないじゃない!!」
 わたしの怒声に、由布は驚いたような顔をふっと見せた。
「え……? 夏樹の本性、もう見抜いたの?」
 そしてそんなことを言って、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてさらに驚く。
 って、当たり前じゃない。
 まず出会いからして犯罪なのよ。
 いきなり拉致って、結婚しよう!?
 そして次の日には、本当に結婚しちゃってるのだから。
 見抜いたも何も、最初からあいつは、極悪人なのよ。
「ふ〜ん……。あの夏樹が……。そう……」
 由布はもう、弁慶の泣き所の痛みより、そっちの方が気になるとばかりに、何やら一人納得したようにつぶやいた。
「それが、どうしたっていうの? あいつは最初から、鬼畜、悪魔、極悪だったじゃない」
「そっか。夏樹、それだけ茗子に本気なんだ」
 そして、そんなとんでもないことを言いやがった。
 はあ!?
 本気!? 
 ああ、ああ、まあ、本気でしょうよ。本気でわたしをからかって遊んでいるのよ、あの極悪人は。
「ええ、本気でわたしをいたぶって楽しんでいるようね」
 ふんと鼻で笑い、また弁慶の泣き所を蹴ってやった。今度は左側。
 もうこれでしばらくは歩けないわね。ざまあみろっていうのよ。
 しかし由布は、今度はまったく痛がる素振りを見せず、じっとわたしを見上げる。
「そうじゃないよ。夏樹は本当に本気だよ。――考えてもみてよ? 鳳凰院の当主だよ? 冗談でそんな軽はずみなことができると思う? 夏樹が動く時は、いつも本気だよ」
「……じゃあ。本気でわたしをいたぶって……」
 ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
 やっぱりあんな奴、大嫌いだわ。
 顔をゆがめ、じろりと由布をにらみつける。
 この場合、由布ではなく夏樹をにらむべきなのだろうけれど、今その夏樹はいない。だから、かわりに由布をにらみつけてあげているのよ。
「だからそうじゃないって。夏樹は、本気で茗子にほれているってこと」
「はあ!?」
 あの極悪夏樹が、わたしに!?
 だったら、もっと優しくしろっていうのよ。
 普通、本当に好きな女の子には、もっと優しくするものでしょう?
 ……まあ、見かけだけは紳士ぶってはいるけれど……。だけど、その顔が紳士じゃない。悪魔なのよ!
 というか、まず、拉致らないし。
 しかも相手の意思を無視して、決まっていることだからとか言って、婚姻届を偽造して本当に結婚しちゃわないし。
 夏樹のこの横暴強引な行動から、何かがあるとは思っていたけれど、それだけはあり得ないわ。夏樹がわたしを好きだなんて。
 だって、会ったこともないのよ!? そんな女の子を、どうやって好きになるっていうのよ?
 もう、訳がわからないわよ、本当。
 昨日からずっと、訳がわからないことだらけ。
 憤るわたしを見上げ、由布はすっとわたしの右腕をつかんだ。そして、ぐいっと引き寄せる。
「茗子。とりあえず、もう少し落ち着いて、俺の話をきいてくれる? 多分……今は信じられないと思うけれど。だけど、これから話すことは、嘘じゃないから」
 由布に腕を引き寄せられ、わたしの体はゆらぎ、そのままぺたんと座り込んでしまった。
 そして、由布の視線とわたしの視線の高さが同じになる。
 視線の高さが同じになったわたしの目を見つめ、由布は語り出した。
 少し切なそうで、そして少し苦しそうに。
「――その……。こんなこと、本人の了承なしに言っていいのかわからないけれど、もう言ってしまうよ。だって茗子、夏樹のことを誤解しているみたいだから」
「誤解……?」
 信じられないとばかりに、顔をゆがめる。
 すると由布はすっと視線を落とし、わたしの腕をつかむ手を見つめた。
「……夏樹はね、鳳凰院の正当な血をひいていないんだよ」
「はあ!?」
 正当な血をひいてようがひいてなかろうが、わたしには関係ないのですけれど?
 でもちょっと待って……。ってことは、夏樹。どうして当主になんてなれちゃっているわけ?
 それに今気づいたけれど、この広いお屋敷には、他に住んでいる人の気配がないし……。
 そう、夏樹だけ。夏樹だけしか住んでいないみたいなのよ。使用人は別として。
「だからね、恐らく……この鳳凰院の親族の中で、今はもう夏樹の味方は俺だけだと思う。夏樹の親父さんが……前当主が死んだ今……」
「え……?」
「気づかなかった? 夏樹があの年で当主をしているということは、すなわちそういうことだよ? 亡くなったんだ、一年ほど前にね……」
 由布は肩をすくめ、困ったように微笑んだ。
 一年ほど前って、もうずいぶん……。
 ううん。家族を亡くした人にとっては、一年なんてつい昨日のことかもしれない。
 そんな遠くて近い過去なのだもの。一年って。
 だって、十五年も前のことだって、昨日のように思い出せてしまうもの。
 そう、十五年前。わたしが五歳の頃のあの思い出……。
「夏樹はね、妾の子なんだよ」
 由布は、そう言った。
 だから、正当な血をひいていないと……。
 なんだか、そんな話を聞いちゃうと、夏樹のあの極悪ぶりも理解できてしまう。
 きっと、辛かったのだろうな、淋しかったのだろうな。
 わたしにはわからないけれど、きっとそうなのだと思う。
 虚勢を張らなければ、生きていけなかったのだと思う。
 妾腹の子が、当主にまでなっちゃうくらいだもん。
 あれ? でも待って。妾腹ってことは、本妻がいたってことだよね? じゃあ、別に夏樹が当主にならなくたっていいってことじゃない?
 妾の子という言葉に、疑問を抱いたわたしは、疑問そのままの顔で由布を見つめた。
 すると由布はまた困った顔をして、わたしの腕を握る手にぎゅっと力をこめた。
「本妻には……子供ができなかったんだよ。だから、本妻が病死すると同時に、今から十五年くらい前かな? それくらいに、夏樹は本家に引き取られてきたんだよ。次の当主とするためにね。だけど、夏樹はそれでも妾の子だから、親族たちからは、それはひどくあたられていた……」
 やだ……。マジで、そうなの?
 ちょっと待ってよ。それってば、最悪じゃない。
 夏樹、針のむしろじゃない。
 だから、あんな極悪――
 ん? でもやっぱり、何か解せないわ。
 だって、それとわたしが夏樹と結婚すること、しかも拉致って脅して結婚することと、どこに関係があるっていうの?
 ああ、もう。夏樹の不幸な過去話に気をとられ、結局肝心なことは聞けなかったじゃないのよ。

 不幸……。
 不幸……なんだよね? 夏樹。
 不幸なんて勝手に決めつけちゃいけないかもしれないけれど、でも、やっぱりそう思っちゃうのよ。
 やばいなあ〜。
 なんかこのままいくと、わたし、夏樹に同情して、そのまま……。
 い〜や〜!
 それだけは、嫌!
 絶対、同情なんてしてやるものか。
 そして、絶対、認めない、この結婚。
 由布の夏樹の過去話は、この言葉で締めくくられた。
「この家で、夏樹の仮面の下の真実の顔を知っているのは、恐らく……俺と、今は君、茗子だけ」
 由布はにこりと微笑んだ。
 それは、あの夏樹にも通じる、意味深な微笑みだった。
 ――やられた。
 由布にやられたわ。
 つまりは、その言葉の裏に隠されている意味は、「俺と茗子は同士だよ。同じ夏樹の素顔を知るね?」。
 そして、さっき由布が言った言葉「親族の中で夏樹の味方は俺だけ」、それを加えると……。
「茗子、もう夏樹からは逃げられないから、覚悟してね?」
 そう言っているも同じじゃない!
 さすがよ、さすがだわ。やっぱり一筋縄ではいかないわ、この鳳凰院のご子息さま方は!!
 ――っていうか、それじゃあ、やっぱりわたし、このまま一生、あの訳のわからない夏樹の偽装結婚の相手をさせられるわけえ?
 いや、偽装と思っているのはわたしだけで、夏樹は本気なんだ。
 だから、さらにたちが悪いのじゃない。いつ乙女の貞操が……!
 だけど、やっぱり、どうしてわたしなの?
 わたしなんて相手に選んでも、夏樹には何のメリットもないじゃない?
 やっぱり、そこが気になって仕方がない。
「あ〜あ。どうせなら、むりやり結婚させられるのだったら、あんな極悪人じゃなくて、由布だったらよかったのにな〜……」
 わたしは、思わずそんなことをつぶやいていた。
 すると、由布はぶるっと身震いし、すごい迫力でわたしに迫ってきた。
 恐怖すら感じる迫力だった。
「それ、絶対にもう口にするな」
「え……?」
「夏樹の耳に入ったら……俺、間違いなく殺される」
 そう言った由布の目が妙に真剣味を帯びていたので、わたしは思わずごくっとつばを飲み込み、それ以上何も言えなくなってしまった。

 たしかに……。由布じゃないけれど、あの夏樹なら、やりかねない。


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update:03/11/22