わたしを好きな理由
ダイキライ

 昨日の夏樹の告白が頭からはなれなくて、わたしは夜、眠れなかった。
 だから今朝は、ひどい顔をしている。
 目の下がぷくぷくに腫れて……。
 この腫れは、どうもそれだけが原因ではないような気はするのだけれど。
 不覚にも、わたしは夏樹の告白に、泣いてしまっていたのよ。
 そうよ、同情! 同情で泣いちゃったのよ。
 それ以外、何の感情もないわ!
 本当、信じられない。あんな鬼畜、悪魔、極悪人の夏樹のためなんかに……。
 ――極悪人……?
 本当に、そうなのかな?
 もう、わからなくなってきちゃったよ。
 夏樹がわたしを必要とし、そしてあんなに強引に結婚させられた理由は、昨日の夏樹の告白でなんだかわかったような気がする。
 それに、本当にわたしが好きなのかと、好きでわたしと結婚したのか……という答えも、もらえたような気がする。
 ただ一つ、今も気にかかること、それは……どうしてわたしなの?
 まだ、わからない。
 やっぱり、どうして夏樹はわたしを好きになったのか、それがわからない。

 拉致られて四日目。木曜日。
 いまもって、その理由がわからない。
 わからなかったら、だったら聞けばいいのだわ。もう一度。
 ううん。何度でも聞いてやる。
 夏樹から納得のいく答えを聞きだすまでは。
 わたし、もう巻き込まれちゃっているのだからいいよね? それくらいしても。
 逃がさないだってさ、逃がさない。
 よくそんなことが言えたものね?
 つまりは、夏樹の心の支えはわたしじゃなければいけないってことで、夏樹はそのわたしに逃げられてはおわっちゃうってことで。だから夏樹には、わたしが必要ってことで……。
 なあ〜んだ、結構簡単だったじゃない。
 じゃあ、わたしが本気で強く出れば、夏樹はわたしの言うことを聞かざるを得ないというわけじゃない。
 だって夏樹、わたしに逃げられたら困るのでしょう?

 朝食を終え、今日は仕事に行かなければいけないといって、玄関に待たせてあるあの黒塗りベンツへと廊下を歩いている夏樹をみつけ、わたしはぐいっと夏樹の腕を引っ張った。
「え!? 茗子? どうしたの? 急に」
 わたしから夏樹に近寄るなんてなかったから、夏樹は本当に驚いたって顔をしている。
「聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと? ごめん。それ、今でなければ駄目かな? 急いでいるのだけれど……」
 夏樹はそう言って、腕時計の針を気にしている。
「だめ。簡単なことなの。一言ですむから。ねえ、夏樹!」
 そう言って、わたしは夏樹のスーツの胸の辺りを引っ張った。
 本当に急いでいるみたいだったけれど、わたしも気になって仕方がなかったから。
 それに、この極悪夏樹に遠慮なんてする義理、わたしにはまったくないもの。
 だからかまわず、そんな行動に出てしまっていた。
 もちろん、引っ張った瞬間、やばいって思ったわよ。
 たしかに昨日、夏樹の本当の気持ちを聞いた。でもだからって、あの夏樹がそれで大人しくなるとも思えない。
 絶対、後で、とんでもない仕返しをされるに決まっているわ。
 だって、あの天使の微笑みの下の悪魔の微笑みは、健在なのだから。
 鬼畜。悪魔。極悪。
 そんな夏樹が、たったあれだけで大人しくなるなんて思えないもの。
 夏樹のスーツを引っ張った拍子に、スーツの胸元から封筒が舞い落ちた。
「あ。ごめん……」
 さすがにこれはまずいと思って、慌ててそれを拾おうとすると、夏樹がいきなり叫んだ。
「拾うな!」
 すごい剣幕だった。
 びくんと、わたしの体が震える。
 しかし、夏樹が叫んだ時は、すでに遅かった。
 わたしの手には、もう封筒がある。
 夏樹のそのあまりもの剣幕、そしてわたしが封筒を手にした時の慌てぶりから、急に胸騒ぎがして、思わずその封筒を開けてしまった。
 すると、中から出てきたものは、なんと、夏樹が偽造したはずのあの婚姻届だった。
 不思議に思い、夏樹の顔を見てみると、夏樹は右手で額をおさえ、うなだれている。もう取り返しがつかないという表情を浮かべていた。
 ということは、これはやっぱり、あの婚姻届ということ?
 じゃあ、婚姻届はまだ出されていなかったということ?
 だけど、でも、どうして?
 夏樹はわたしを拉致ってまで、監禁(軟禁)してまで結婚しようとしたのよ。
 それなのに何故、まだここにこれがあるの?
 やだ。どうしてよ、もう、本当、訳わかんない。
 もう夏樹と結婚させられたって諦めかけていたのに、今になってこんなもの見せられたって……。
 信じられない。
 ――って、ちょっと待って。
 どうしてわたし、今、こんなに動揺しているの? どうしてわたし、こんなに不安を感じているの? どうしてわたし、こんなに腹が立ってしようがないの!?
 願ったり叶ったりじゃない。
 そもそもわたしは、この結婚を認めていなかったのよ。こんな奴、大嫌いなのよ。
 だって、いきなり見ず知らずの男に拉致られて……。
 そして、「結婚しよう」だの、「君は必ず、ぼくを好きになる」だの、「逃がさないよ」だの、そんなふざけたことをぬかした男よ!?
 さらには、むりやりわたしの初ほっぺにちゅうに、初首筋にちゅう、初おでこにちゅう、そして仕舞いには、わたしのファーストキスを奪った男なのよ!?
 それなのにどうして、こんなにショックを受けている自分が、今ここにいるのよ!?
 もう、本当、だから、訳がわからないのだってば!!
「……どうして……!?」
 夏樹の胸に婚姻届を押しあて、そう聞いていた。
 すると夏樹は、婚姻届をつかむわたしの手を両手で握り締め、切なそうな目で見つめてきた。
「本当に……茗子が、ぼくを好きになってくれるまで待とうと思って……。やっぱり、ぼくには君の意思を無視して結婚することはできなかった」
 ……じゃあ、それが夏樹の最後にして最大の良心だったということ?
 これだけ拉致だの監禁だのひどいことをしておいて、それだけは……。
 やだ。もうわからないよ。夏樹の気持ちも、わたしの気持ちも。
「ねえ、夏樹は、どうしてわたしを好きになったの?」
 わたしを見つめる夏樹を見つめ返し、そう聞いていた。
 最後の一つ。どうしてもわからないこと――
 それがわかれば、これも、これまでの疑問も全て解消される。そんな気がしたから。だから、わたしは聞いた。
 ねえ、このもやもやとした心をざわつかせるものを、どうにかして、夏樹。
 これをどうにかできるのはもう、あなたの言葉だけなのだから。あなただけなのだから。
 すると夏樹は、肩をすくめ、切なそうに微笑んだ。
 もうそこには、やっぱり悪魔な微笑みなんてなく……。だからといって、天使の微笑みもない。
 普通の、普通の……きっとこれが、夏樹の本当の顔なんだ。本当の姿なんだ。
 このどこか懐かしささえ感じさせる、少し憂いを含んだあどけなく優しい微笑み。
 これが、夏樹の本当の顔……?
「お星様に誓おう。ぼくは、茗子と結婚して、幸せにする」
「……!?」
 わたしは、その言葉に言葉を返すことができなかった。
 だってその言葉。夏樹には言っていない。
 ううん。誰にも言っていないのよ。その特別な言葉。
 十五年前。夜の雑木林での約束の言葉。
 ――お星様に誓おう。
 それなのに、どうして夏樹が知っているの!?
 それじゃあ、まるで――
「ねえ、まだ思い出さない?」
 夏樹はそう言って、困ったように微笑んだ。
 ――決定打。
 それじゃあ、夏樹があの時の男の子だっていうの……?
 お星様に一緒に誓った、あの思い出の男の子が夏樹……?


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update:03/12/01