やっぱり大嫌い
ダイキライ

 わたしと遊んだ雑木林の夜。
 あれが、夏樹が最後に過ごしたお母さんと、おじいさんとおばあさんとの日だったらしい。
 次の日には、もう迎えに来た鳳凰院の親族に連れられて、鳳凰院本家へ入れられたという。
 あれは、家族との最後の思い出の旅だったんだ。
 そうか。だからあの時の男の子は、どこか陰があってはかなげで……。
 そして、そこにわたしは惹かれた……。

 夏樹は、懐かしそうに語りだす。
「あの日、月曜日の朝。茗子に会いに行く日の朝ね、ぼくは君のご両親を訪ねていたのだよ。『約束よりは少し早くなってしまいましたが、茗子を迎えに来ました』と挨拶をしにね。そしたら『ああ、あの時の……。大きくなって……立派になったね』『茗子をよろしく』と、そう言ってくれた。ちゃんと覚えていてくれたのだね。昔も今も、変わらず、君のご両親はいい人たちだ」
「へ?」
 ちょっと待って、夏樹。
 そりゃあ、わたしだって、今夏樹が何を言っているのかくらいわかるわよ。
 夏樹は、これまでの経緯を説明してくれようとしているのでしょう?
 でもね、どうしてそこで両親がでてくるの!?
 たしかにうちの両親ってば、娘が何日も家に帰らないというのに、心配する気配すらないみたいだけれど……。
 っていうか、たしか、結婚に承諾しているとか何とか……!?
 わたしがちんぷんかんぷんとばかりに首をかしげていると、夏樹はまたあの微笑を浮かべた。にやりとした悪魔の微笑みを。
「知らなかった? あの約束をかわした次の日の朝早く、こっちに戻ってくる前、ぼくは、茗子が滞在していたペンションを訪ねていたのだよ。それで、君のご両親にこう言ったんだ。『二十年後、ぼくは立派な大人になって、茗子を迎えに来ます。だから、その時は茗子をぼくにください』ってね。そしたら、ご両親は、所詮、こどものままごとだと思ったのだろうね。にっこり笑って、『いいよ』と言ってくれたよ。だから、ぼくが本当に君のご両親に挨拶に行った時は、面食らったような顔をしていたよ。……はじめのうちはね?」
 くすりと笑い、すっとわたしを抱き寄せる。
 どうも夏樹。自分が当主に居座る理由(わけ)をわたしに言ってから、そしてそれにはわたしが必要だって言ってから、天使の微笑みはあまり見せなくなった。どちらかというと、今のような悪魔の微笑み。
 もちろん、夏樹の本心を知ったわたしにとっては、その天使の微笑みなんて嘘だってばればれだけれど。
 だからって何!? そのあからさまな態度の変化。豹変ぶり!
 もう容赦なく、わたしに対しては、極悪ぶりを発揮してくれちゃっているじゃない。
 使用人の前では、相変わらず善人ぶってさ。
 ……なんか、やっぱり腹が立つ男だわ、こいつって。
 お星様に誓った頃の夏樹は、もっとかわいげがあったわよ。
 それこそ、汚れを知らない、無垢な……幸せいっぱいの……。
 ――ああ、そうか。わかっていたはずじゃない。夏樹をこういう人間にしたのは、この鳳凰院家だって……。
 そうだよ。夏樹は、こんなに性格がゆがんじゃうほど、苦労してきたんだよ。きっと……。
「だからね。そういう君のご両親との約束もあったから、ぼくは今までいいこを演じてきた。そして、とうとう手に入れたのだよ。立派な大人になるための……社会的地位をね? ねえ、だからぼくには、この地位が必要なのだよ?」
 くすりと、不気味な笑みを浮かべた。
 その微笑を目にした瞬間、わたしの顔からさあっと血の気がひいていく。
 って、ちょっと待ってよ。それじゃあ、何!?
 本当はどっちなの!? 当主の座を手放さない本当の理由。
 復讐のため? それとも、わたしを一生縛りつけておくため!?
 一体、どっちなのよ、夏樹!!
 それとも……どちらも?
 それに、この男、本気よ。本気で言っている。 
 そして、そのにやりと笑う目の奥で言っているのよ。「だから言ったでしょう? ぼくからは逃げられないって。これはもう、決まっているのだよ」って。
 恐ろしい。こいつ、この男。本当の本当に悪魔だ。
 目的のためなら手段を選ばないって、その目がいっているもの。
 今、本当にわかった気がする。この男の真の恐ろしさが。
 夏樹の恐ろしさは、そんな鬼畜なところとか、悪魔なところとか、極悪なところじゃなかったんだ。
 夏樹のいちばん恐ろしいところは……この一途すぎる思いだったんだ。
 十五年もの間、変わらず抱き続けてきたこの思い。
 その思いが、恐ろしいほどに、わたしを縛りつけるのよ。
 でもね、わたし、気づいてしまったの。わかってしまったのよ。
 わたし……今は、そんなに夏樹が嫌いじゃないわ。
 きっと、四日前、月曜日にこんなことをされていたら、即座にその顔を二目と見れなくしてやっていたと思う。
 だけど今は、そういう気にもならないし、そして……このままこうやって抱かれていたいとも思ってしまっているのよ。
 心のどこかで、ほんのちょっと。
 それがたまらなく悔しいけれど、やっぱり夏樹を振り払うことができない。
 ねえ、それってば、やっぱり、もしかしてもしかしなくても、あれよね!?
 嫌だあ。こんな極悪人なんか!
 でもわかってしまったから、もう抗えないかもしれない。
 だって夏樹は……もしかしたら夏樹は、誰よりも傷つきやすくて、誰よりも優しい人かもしれないから。
 そして、十五年も前の約束……誓いを守ろうとする、誠実な人――
 ん!? 一体、誰が誠実だって!?
 わたし今、何を狂ったことを思ったんだ。
 こんな奴が誠実であるはずがないじゃない!
 だって、拉致、監禁何のその。ストーカー、変人変態、極悪人。
 そんな奴が誠実だったら、この世の全ての人間が誠実になっちゃうじゃない!
「本当はね、待ちきれなくて、当主を継いだ時に迎えに行こうとしたのだよ。だけど、二十歳になるまではと思って待っていたんだ。だって、二十歳になれば、親の承諾なしに結婚できるだろう? そうしたら、今回のこの計画もスムーズに進むからね」
 そう言って、夏樹はふふふと笑う。
 って、おい。
 やっぱり、こいつは悪魔よ、悪魔!!
 全て計画の上で、まあ、計画してなきゃできないだろうけれど……。
 って、とにかく全て計算ずくで、わたしを拉致り、監禁し、脅し、結婚させようとしたってことよね!?
 絶対に逃げられないように、周到に計画して……。
 く、く、悔しい〜!
 なんて奴なの、なんて奴なの!!
 結局わたしってば、こいつにいいようにされた上に、まんまと罠にかかったってこと!?
 まったく、信じられないわよ。このどこまでも極悪な性格。
 そして、この全てお見通しって顔が、さらにムカつく!!
 わたしは、お釈迦さまの手の平の上でもてあそばれる孫悟空じゃないっていうのよ〜!!
 そして、さらに夏樹はこんなことも言っていた。
「由布には、この計画のために、茗子と同じ大学に入学させ、あらかじめ近づかせた。由布の庶民出の恋人との仲を、一族連中に認めさせるというご褒美つきでね?」
 それってつまりは……脅し!?
 ご愁傷さま……。
 なんて同情してやらない。
 ふん。結局は、由布も自分の利益のために、わたしを陥れたってことじゃない。
 ええ〜い。このまま一生、夏樹の(もと)、夏樹の極悪ぶりに怯え暮らせばいいのだわ!
 それでも足りないくらいよ。
 いいえ、むしろそうするべきなのよ! そうして、わたしに償うべきなのよ!
 わたしを、この悪魔の夏樹に売り渡したのだから。
 ああ、もう〜! みんな、みんな、みんな、大嫌い!!
 とにかくそんなふざけた種明かしをされ、憤るわたしに向かって、夏樹はまた微笑んだの。あの悪魔の素顔を隠した天使の微笑みで。
「ぼくはね、当主という立場上、何でも許されるのだよ。ねえ、だからね、茗子にこんなことをしても……」
 そう言って、夏樹はわたしの顔を引き寄せた。
 そして、キス……。
 二度目のキス。セカンドキス。
 センカンドキスの味こそ、甘酸っぱかったり、レモンの味だったり?
 そんなわけないじゃない!
 セカンドキスの味は、怒りの味よ!!
 燃えつきることのない、わたしの怒りの味!!
 やっぱり、こんな奴、大嫌い!!

 ――だけどね、わたし、知っているの。
 セカンドキスの時、一緒にささやかれた夏樹の言葉を。
「ずっと見てきたよ。いつも見守っていた。あの日、別れた日からずっと。だから、茗子のことなら何だって知っている」
 アンサー。それが、ストーカーの答え。
 まったくもって、恥ずかしいくらいに嬉しくさせられるストーカー。
 そして、夏樹のあの時の、その思いを打ち明けたときの言葉がよみがえる。
「ぼくはこれから戦場に行く。だから、君には戦友になって欲しい。君を手に入れるための戦友に」
 それはつまり、一族の連中にわたしを認めさせるということで……。
 誰がそんな自分勝手な言い草聞いてやるか!とも思ったけれど、でもね、夏樹のその真剣な瞳を見ていると、無下にできなかったの。
 だからわたしは、思わずうなずいちゃっていたんだ。
 だってだって……このはかなげなあの時のままの笑顔は、この嘘のない笑顔だけは、わたしのものだから。そう思えるから。そう信じられるから。
 でもまあ、これまで散々ひどいめにあわされてきたから、そう素直に言うことなんてきいてやらない。
 だからとりあえず、今はこれ。
 夏樹を思い切り困らせてやるんだ。
 夏樹を引きはなし、ぐいっと夏樹の腕を引く。
 そしてそのまま、玄関まで引っ張っていく。
「行くわよ、夏樹! 今からこれを出しにね!」
 夏樹は、いきなりのわたしの行動に訳がわからないと首をかしげていたわ、もちろん。
 だからね、夏樹の顔の前につきつけてやったの。あの未提出になっていた婚姻届を。
「茗子!」
 夏樹はそう叫び、嬉しそうに、もちろんわたしに従ったわ。
 これから待っている仕事なんてそっちのけで、慌てる使用人や迎えにきた運転手なんて放り出して。
 一緒に、鳳凰院家の密林みたいな庭へ駆け出していたの。
 秋のあたたかな朝日を浴び、わたしは走り出した。大嫌いな極悪人と一緒に。

 月曜日、お昼過ぎ。
 いきなり黒塗りベンツで拉致られ、そしてプロポーズ。
 さらには、わたしを拉致った首謀者、極悪人と結婚させられた。
 それから、四日。
 わたしは、その極悪人にとうとう負けてしまった。
 ううん、一時休戦。絶対に、負けは認めない。
 そして、夏樹の言葉はたしかに間違っていなかった。
 わたしが夏樹を好きになることは決まっている。結婚することは決まっている。
 そう、だって、夏樹があの男の子だったのだもの。そんなの決まっていて当たり前。
 わたしたちのこの出会い……ううん、再会は、必然だったんだ。

 そして今日も、夏樹の極悪ぶりは続く――
 っていうか、やっぱり、こんな極悪人、大嫌いだあ〜っ!!


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update:03/12/04