知らされた裏工作
ダイキライ

「あれ? 本当にきちゃった」
 木曜日。
 わたしは、午後からの講義にやってきた。
 そして教室に入ると、ばったりと由布と目が合ってしまった。
 だから、逃げられない。
「きちゃ、悪い?」
 階段教室の真ん中辺り。
 由布はそこに席をとっていて、ちょうど横の席が空いていたから、わたしはそこに、どさっと鞄を下ろした。
 この鞄。いつだったか、夏樹が捨てちゃったとか言っていた鞄。
 結局、捨ててなんていなかったのよ。
 ただ、隠していただけ。
 それに、学校に行かせない気もなかったみたい。
 ただし、この由布の監視つきという条件をつけられているけれど。
 学校では、常に由布と行動を共にするようにだって。
 一体、どういうつもりよ、夏樹の奴。
 訳がわからない。
 本当、訳がわからない。
 どうして、そんな面倒なことをしなきゃならないのよ。
 どうして、わざわざそんなことをしなきゃならないわけ!?
 別に、監視なんてなくたって、わたし、逃げないわよ。逃げたって無駄だってわかったもの。
 ううん。夏樹からは逃げられないってわかったもの。
「逃がさないよ」
 あの言葉は、嘘じゃなかったのよ。
 逃げたって、夏樹ならきっと、海の底でも地の果てでも追いかけてきてつかまえちゃう。
 そうわかっているもの。
 あの夏樹なら、何だってするわ。わたしを逃がさないためにならね。
 ――そうじゃなくて……もしかして……わたしが浮気するとか思っているとか?
 ばっかみたい。
 どうして、そんなことをしなきゃならないのよ。
 失礼しちゃう。
 わたし、そんな女じゃないわ。そんなに軽くないわ。
 浮気なんかしないわよ。
 そんなことしたら、あの極悪夏樹に何をされるかわかったものじゃないじゃない。
 今度こそおしまいよ。陥落させられちゃう。
 ……いや、今度こそ、一撃必殺よ。
 っていうか、浮気じゃないし。
 だってわたし、夏樹とつき合っているわけじゃないし。
 さらに言えば、結婚もしていないし、まだ!
 じゃあ、わたしが誰とどうしようと、夏樹には関係ないじゃない。
 ああ、やっぱり、ムカつく男だわ、鳳凰院夏樹。二十五歳!!
 なんだってあいつは、もうすでに、わたしを自分のものと決めつけているのかしら。そこからして腹立たしいのよね。
 わたしはあんたのものじゃない。わたしはわたしのものなのよ!
「だけど何なの!? 本当、腹が立つわ。夏樹のあの余裕しゃくしゃくの顔! 夏樹ってば、由布なんて監視をつけているわりに、ちゃっかりわたしのことを信用しちゃっているのよ。ううん、決めつけているのよ。わたしが、絶対、夏樹以外の男に目を向けないって。ああ〜、本当腹が立つ!!」
 一度机の上に置いた鞄を、再び持ち上げ、ばふばふと何度も叩きつけてやった。
 まあ、こんなことしたって、わたしの腹の虫はおさまらないけれどね。
 だって、本当に腹が立つもの。あいつのことを考えると!
 ……って、だからどうして、わたしがあいつのことを考えなきゃならないのよ。
 もう、そこからしてムカつくわ。
「茗子が他の男に目を向けないとわかっていても、やっぱり夏樹は心配だと思うよ?」
「どうしてよ!?」
 由布はわたしの腕を引き、椅子に座るように促す。「まあ、落ち着きなって」とつぶやきながら。
「茗子が他の男を見なくても、茗子を見る男は結構いるからね」
「はあ!?」
 思いっきり訳がわからないというふうに、しかめっ面をしてやった。
 だって、本当に、言っている意味がわからないのだから、仕方ないじゃない?
 すると、由布は肩をすくめ、くすりと笑った。
 「これじゃあ、仕様がないよね〜」なんて、少し哀れむような視線を注いだりして。
 ムカつく。
 やっぱり、由布もムカつくわ。
 さすがはあの夏樹のいとこだわ。血は争えないというわけね。
 ……まったく……。
 わたしって、どうしても、この鳳凰院のご子息さま方にふりまわされる運命なのかしら? やっぱり……。
「あれ? やっぱり、気づいていなかった? これまで何度も、茗子に声をかけようとしていた男を、人を使って、陰でこっそり始末していたのだよ。夏樹」
 さらりと、始業のチャイムに溶け込ませるように、由布はつぶやいた。
 由布はわたしなんて見ていなくて、机に肘をつき、その上に顔をのせ、涼しい顔で下に広がる黒板を見ている。
 その態度も妙に腹が立つけれど、それよりも、わたしの頭は違うところへいっていた。
 由布のこの言葉。
 さらりと言ってのけているけれど、よくよく考えると、かなり怖い言葉じゃない? 始末って、始末って……。
 つまりは……殺し!?
 ぎゃあ〜! おまわりさ〜ん。ここに殺人犯がいます〜!!
 ――だ〜か〜ら〜、いくら夏樹だって、まさかそこまで……。
 するわ!
 あいつなら、あの男なら、微笑すら浮かべて、こともなげにしてのけるわ、きっと!!
 だって、あの夏樹だもの。鬼畜、悪魔、極悪夏樹だもの!
 明らかに、そんな馬鹿げた想像力を働かせている表情のわたしを見て、由布は半分呆れたようにつぶやいた。
「だから……茗子が誰かとつき合うチャンスを、ことごとくぶち壊していたのだよ、夏樹は」
 ぐりん。
 わたしは目を見開き、由布を凝視した。
 すると由布は、にやっと意味深な笑みをわたしに向ける。
 やっぱり、この辺は、さすがはいとこだと思う。
 普段、さわやか少年を装っているけれど、由布もやはり、一筋縄でいきそうにない。
 この微笑は……だってあれだもの。夏樹に通じる微笑……。
 なんだか、怖いわ。この鳳凰院とかいう一族。
 次第にわかってきたけれど、やっぱり、敵にまわしちゃいけない一族なのかもしれない……。
 逆らっちゃいけないかもしれない。
 ううん。逆らえない。どうあがいても。
 ……ん? でもちょっと待って。
 由布のその言葉を整理すると……つまりは、もしかしてもしかしなくても、今までわたしが誰ともつき合わなかった……ううん、つき合えなかったのは、みんなみんな夏樹が邪魔していたからということ!?
 ずっと見守ってきたというのは、つまりはそれも込みでということ!?
 その事実に気づき、ぱくぱくと口を動かし、もの言いたげなわたしを見て、由布は困ったように肩をすくめた。
 だけど、その顔はまったく困ってなどいない。むしろ、「ようやく気づいたの? 鈍いな〜」と言っている。
 この状況を、楽しんですらいる。
 きい〜っ!
 やっぱり、嫌い。大嫌い。
 もう、鳳凰院家の男の言うことなんか、何一つ、信じてやるものか〜っ!
 大っ嫌い!!


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update:03/12/10