お姫様だっこで三度目のキス
ダイキライ

「め、茗子?」
 夏樹は、少し驚いたように顔を強張らせ、首をかしげている。
 それは、鳳凰院本家、つまりは、夏樹が住まうこのお屋敷の玄関でのことだった。
 太陽が西の端に沈みかけた頃。
 密林のような鳳凰院家の庭の木々が、オレンジ色に染まった頃。
 玄関の前に車が停まったブレーキ音を聞き、待っていましたとばかりに勢いよく扉を開けてやった。
 すると、ちょうど夏樹が車から降りてきたところで、扉を開けたわたしを見て、怪訝そうに首をかしげていた。
 だって、その時のわたしの顔、きっと鬼のような形相をしていたと思うから。
 もしかしたら、背後に黒い影を二、三は背負っていたかもしれないわね。悪魔という名の黒い影を。
「きいたわよ。夏樹、あんた、よくもやってくれたわね!」
 夏樹はやっぱり、何のことかわからないと、とぼけたような顔をしている。
「あれよ、あれ!! よくも今まで、散々人の恋路を邪魔してくれていたわよね!!」
 そのわたしの言葉に、夏樹はようやくわたしが言いたいことを理解したのか、ぽんと手を打った。
 そして、にっこりと微笑む。
 そこには、邪心など、邪念などないかのように、さわやかな天使の微笑みで。
「だから?」
 夏樹は、すっとわたしの腰を抱き、引き寄せ、にやにやと見下ろしてくる。
 なんて奴なの! ムカつく。
 わたしの方が背が低いことをいいことに、その身長の差を利用して、余裕しゃくしゃくで、そうしてまたひょうひょうと言ってのけるなんて。
 あんた、本当にわかっているの。あんたが、今までどれだけひどいことをしていたのか。
 ――わかっているわけないか。
 だってこの顔。この天使の微笑み。わたしは、何も悪いことなんてしていませんという顔だもの。
 ……ううん。夏樹のことだもの、わかっていてしているのよ。この微笑すらも。
 自分が何をしたか重々わかっていて、あえて天使の微笑みを浮かべるのよ。
 この鬼畜野郎!!

 やっぱり夏樹、全然かわっていない。
 十五年前のことや、どうして鳳凰院家当主をしているのかって、わたしに語ってもなお、それでも夏樹は余裕しゃくしゃくでわたしをいいように扱っている。
 そして、また言うのよ、きっと。「決まっているこだから」って。
 でもきっと、もう「君は必ず、ぼくを好きになる」とは言わないわ。
 だって夏樹、図に乗っているもの。
 すでにわたしが夏樹を好きだって思っている、絶対。
 まったく、信じられない。なんて自信過剰な男なの!
 一体、いつ、わたしがあんたを好きだって言ったのよ。
 嫌いや大嫌いなら言ったけれどね。そしてこれからも、それだったら、何度だって言ってやるわよ。大嫌い!ってね。
「当たり前じゃない。ぼくの茗子にちょっかいをかける方が悪いんだ」
 夏樹はいけしゃあしゃあとそんなことを言って、そのままひょいっとわたしを抱き上げた。
 また、お姫様だっこで。
 ……そりゃあ、お姫様だっこ。女の子なら、一度や二度、憧れるもの。
 だけど、それも、時と場所と場合と相手によるわ! 何よりも相手!!
 わたしの場合、相手が悪いのよ。
 相手が夏樹というだけで、もう気分はダークよ。どんどろでんで最悪よ!!
 憧れも何もないわよ!
 夏樹の腕の中でもがいていたら、夏樹ってば、そのままわたしをさらに夏樹の体へとおしつけ、身動きができないようにしやがりやがった。
 くう。悔しい!!
 力ではどうしたって敵わないのを知っていて、わざとしているのよ!
 だから、鬼畜だっていうのよ。夏樹の悪魔!
 すると夏樹ってば、またにこっと微笑み――そうよ、あの微笑。悪魔の顔を隠した天使の微笑み――すっと顔をわたしの顔へと近づけてくる。
 そして、当たり前のように、その唇をわたしの唇に触れさせる。
 逃げられなかった。あまりにも素早い動きに。
 やられた。三度目のキス。
 今度はどんな味?
 ってもう、そんなのはわからないわよ。どうでもいいわよ!
 いつも不意打ちで奪われてしまうのが、とにかくムカつくだけ!
 大嫌い。大嫌い。大嫌い。大嫌い。大嫌い、こんな奴。

 ――だけど、もう嫌じゃない。

 わたし、本当は気づいていたかもしれない。
 夏樹のあの言葉を聞いた時。
 ずっとわたしを見ていたという言葉。
 その言葉は、妙にくすぐったくて、胸の辺りがざわついたのを覚えている。
 そして、決定打をくだされたのよ、由布の言葉に。
 わたしに恋人の一人もできないように、夏樹が暗躍していたという言葉。
 それが、どこまで本当かはわからない。
 だけど、夏樹がずっとわたしを見ていたのは……なんとなく信じてもいいと、信じられると思った。

 ずっとわたしのことを見てきたという言葉は、嘘ではなかったのよ。
 それはやはり、ストーカーのように……ううん。それよりもたちが悪いわ。人を使って、四六時中、わたしの生活を監視し続けていたのだから。
 それじゃあ、わたしのこと、何から何まで知っているはずだわ。知っていて当然だったのよ!
 やっぱりこいつ、かなりの変態が入った、わたしのストーカーなのよ。
 ――でも、嬉しかった。
 ずっとわたしを見守っていてくれたという、その事実が。
 夏樹はずっとずっと、十五年という長い年月、ずっと……。
 だけど、認めたくない。そんな感情。
 まだ、認めたくないのよ、それだけは。
 なんだか、流され、夏樹にいいようにされているという感じで。
 夏樹の思惑通りに動いているみたいで、悔しいじゃない。
 わたしをお姫様だっこし、三度目のキスを奪い、満足げに屋敷へと入っていくこの男にだけは、負けたくないのよ。まだ――

 腕の中から見上げた夏樹の顔は、まぶしいくらいのオレンジ色に染まっていた。
 わたしは、そんな夏樹の顔に、思わず見とれていたかもしれない。
 悲しすぎるほど幸せそうなその顔に。
 嫌いだと言っているのに、どうして夏樹は、いつもそんなに嬉しそうなの? そんなに幸せそうなの?
 ――わたしといるだけで……。


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update:03/12/13