乙女部屋の夜
ダイキライ

「ねえ、どうして、鍵、かけるのよ?」
 夕食が終わり、乙女部屋へ半ば強引に引っ張ってこられ、そして放り込まれた。
 その後からすぐに夏樹も部屋に入ってきて、今わたしの目の前で、かちゃりと鍵穴に鍵を差し込んだ。
 わたしがそう問いかけると、夏樹はまた首をかしげる。「どうしてかけちゃいけないの?」って。
 ったくう。本当、誰か、この男、どうにかしてよ!
 もう、嫌!!
「もう逃げないわよ! ……諦めたし。この部屋から出ることなんて」
 はあっとこれみよがしにため息をついてやると、夏樹はシャツの胸ポケットに鍵をしまい、すっとわたしを抱き寄せた。
 またやられた。
 どうしてわたしってば、いつもこうなの?
 いくら不意打ちだからって、どうしてすぐ夏樹にいいようにされちゃうわけ!?
 もう、本当ムカつく。大っ嫌い!
「この部屋から出ることは諦めても、ぼくを受け入れないことは諦めていないでしょう?」
「へ?」
 きょとんと、わたしは夏樹の顔を見る。
 ちょっと待って。今の言葉、わたし、いまいち理解に困るのよ。
 簡単のようで、簡単じゃない言葉になっていたと思うわ。
 何かまわりくどいような……。
 夏樹を受け入れないことは諦めていない……だよね? たしか……。
 ねえ、それってば、つまりはどういう意味?
 夏樹を受け入れないことを諦めていない。夏樹を受け入れないことを諦めていない。夏樹を受け入れないことを……。
 って、こらーっ!!
 やっとわかったわよ! 
 あんた、今、さりげなく、それとなく、スマートに、とんでもない発言をしたのじゃない!
 夏樹を受け入れないことを諦めていないということは、つまり……。
 夏樹を受け入れるつもりはないということでしょう!?
 夏樹を受け入れるというのは、この男のことだから、そういう意味で言っているはずだし。
 ――だから、鍵をかける。

 夏樹のあまりにも爆弾すぎる発言に、言葉を発することができなかった。
 ただ、顔を真っ赤にして、夏樹を凝視することしかできなかった。
 すると夏樹は、またにこりと微笑んだ。そして、くすりと笑う。
「やっと気づいたの? 茗子は鈍いね? 言ったでしょう? 『続きは、今夜ね?』って。まあ、だいぶ日がたってしまったけれど」
 真っ赤だったわたしの顔から、さあっと色が引いていく。
 一瞬のうちに、真っ青になった。そして、頭は真っ白。
「くすくす。楽しみだね〜」
 うぎゃあ〜っ!!
 いやあ〜っ!!
 助けて〜! 神様仏様、お釈迦様、もう、悪魔だって何だっていいから、とにかく助けて!
 誰か、このたわけ者を始末して、抹殺して、消滅させてよ〜!
 夏樹の腕の中で、一刻も早く、この極悪な悪魔から逃れようと大暴れする。
 だけど、びくともしない。
「はなせ! そして、鍵をかけるな!!」
「い〜や」
 夏樹はくすくすと楽しそうに笑いながら、さらに強くわたしを抱きしめる。
「はなせ、あけろ!!」
「だ〜め」
 叫び、大暴れするわたしなんてたわいないとばかりに、やっぱり夏樹はくすくす笑う。
 さっきから、夏樹の髪がわたしの頬や首に触れて、少しくすぐったい。
 やっぱり、相変わらず、整髪料とシャンプーがまざったような香りがする。
 ふわっとわたしの頬を夏樹の髪がかすめ、それが妙にわたしのやる気を喪失させる。
 本気で、抵抗できなくなる。
 やばいのに。この上なくやばいとわかっているはずなのに……。
 頭ではわかっているのに、体がいうことをきいてくれない。
 どうしてなのよお。どうしていうことをきいてくれないのよ。あんたのご主人様は、このわたしなのよ!?
 いうことをきかない自分の体が、今はこんなに憎らしい!!
「大人しくしなさい。聞き分けのない子には、おしおきするよ?」
 腕の中で暴れ続けるわたしの耳もとで、夏樹はそうささやいた。
 また、夏樹の甘い吐息が、耳から首筋にかけてふうっと流れる。
 ピキーン。
 その瞬間、もちろんわたしの体は凍りつく。
 背筋に悪寒がはしる。
 やばい。
 まずい。
 夏樹のいうおしおきとは、ストレートにとったとしても、裏の意味でとったとしても、どちらもよい意味であるはずがない。
 ストレートはそのまま。きっと、とんでもないおしおきをされちゃう。
 拉致、監禁、脅し、婚姻届偽造なんて比べ物にならないようなね。
 そして、裏の意味は、恐らく、つまりは、そういう意味でだと思う。これまでの言動からいって……。
 そうなったら、大人しくしないと、死刑執行が早まってしまうわ。
 まだ、もしかしたら、もしかするということが、あるかもしれないのに。
 この前だって、「続きは、今夜」とか言っておきながら、結局見逃してくれたし……。
 っていうか、「い〜や」や「だ〜め」って、あんたはさっきから、こどもか! おこちゃまか!!
 ったく、何なのよ、この夏樹。
 なんだかやっぱり調子にのっているわ。今朝の婚姻届から。
 ……ってまあ、それは全てわたしが悪いようなものかもしれないけれど……。
 婚姻届を出そうということは、つまりは夏樹を認めたということにならないわけでもないから……。
 って、違うわよ、やっぱり!
 こいつ、何か勘違いをしているわね?
 絶対、わたしが夏樹のことを好きとか思っているわけよ。この男。
 嫌になっちゃう。

 あれ? だったら、鍵かけないよね?
 鍵をかけるということは、寝ている間に逃げられると思っているということで……。
 それに、夏樹を受け入れないことは諦めていないというあの言葉も、多分わたしをからかうためのもので……。
 ということは、結局のところ、わたしをからかって遊んでいるだけなのよ、この男!
 わたしが、赤くなったり青くなったり、うろたえたりする姿を見て、楽しんでいるのよ!
 見てよ、この実に愉快そうな悪魔の微笑み!!
 きい〜!!
 悔しいー!!
 大っ嫌い!!

 ――じゃあ、何?
 夏樹ってば、もしかして、まだわたしのことを信用していないということ?
 なんだか腹が立つわ。信用されていないだなんて。
 まあ、わたしも、夏樹なんて信用していないけれどね。

 ぐるぐるといろいろな考えが頭をよぎり、結局わたしは大人しくしてしまった。夏樹に降伏してしまった。
 すると夏樹は、満足そうな表情を浮かべ、わたしをお姫様だっこし、奥のソファへと連れて行く。
 やっぱりわたしは、夏樹の腕の中で、夏樹の顔を見上げ、じっと見つめていた。

 手をのばせば、その整髪料とシャンプーの香りがする髪に触れられる……。
 ううん。またその髪で触れて欲しいのかも……。
 夏樹の顔にかかっている柔らかな髪は、妙にわたしの興味をひきつける。
 それに気づいた夏樹は、にこっとわたしに笑いかけた。
 そこで、ぷいっと顔をそむけると、夏樹は肩をゆらし、声を殺し笑いはじめるの。
 それがまた、実に幸せそうに笑っているの。
 ……悔しい。
 そんな夏樹の姿を見て、やっぱりどこか嬉しくなってしまう自分が、とてつもなく嫌い。


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update:04/01/01