不意打ちキスと膝枕
ダイキライ

 結局、やっぱりというか、何というか、昨夜は何もなかった。
「好きだよ……」
 そう言ってわたしをベッドに沈めたくせに、夏樹はまた何もしなかった。
 今度はソファにはいかず、ちゃっかりわたしの横で、すうすう寝息をたてて眠っている。
 夏樹に背を向けたうなじあたりに、夏樹の寝息がかかっている。
 あたたかくて、妙にくすぐったい。
 このままくるりと体を返せば、きっとわたしの顔の前に夏樹の顔がくるのだわ。
 わたしの背では、夏樹が眠っている。
 そう考えると、なんだか、心臓がばくばくいって弾けてしまいそう。
 どうしよう。これじゃあ、気になって寝不足になっちゃう。
 ううん。そうじゃなくて、眠れないじゃない!!
 夏樹のバカ〜!!
 人の心を散々かき乱しておいて、あんたはさっさと眠りにつくなんて、卑怯だぞ!! このスケベ野郎!! エロエロ星人!!
 そう思っていたのに、いつの間にか眠っていた。
 結局、またしても、ぐっすりと寝てしまったわ。
 ……くう。自分の、この図太いかもしれない神経が憎い!!

 翌朝。
 とうとう、極悪夏樹に問答無用でつき合わされるデート当日。
 デートとかいっているけれど、わたし、認めないからね。
 これは脅されて、そう、脅されて……っていうか、むりやり?連れて行かれるだけで、わたしはすすんでいくわけじゃない。だから、デートじゃない。
 朝から行くのかな?って思っていたのだけれど、どうもそうじゃないみたい。
 すでに朝食もすませ、十時はまわろうかとしている。
 この乙女部屋には、最初にここへ押し込められた日、使用人たちが言っていたように、太陽がさんさんと差し込んでくる。
 秋だというのに、陽光のおかげで、まるで春のようにぽかぽかとあたたかい。
 こんなところにいては、ついついうとうととしてきちゃう。
 こんなことをしているのだったら、朝のうち、少しだけでも学校へ行かせてくれればよかったのに。
 本当、夏樹ってば、自分勝手でわがままで、人のことなんて考えていない。

 ねえ、だからって、何よ、これ。
 またやられちゃったわ、また!
 本当、信じられない!
 どうして、また人の膝を枕がわりに、気持ち良さそうに寝息を立てているのよ、この男!
 どういうつもりよ、馬鹿夏樹!!
 今度は、あまりにも腹が立ったので――それにどうせまた、たぬき寝入りだろうしね?――思いっきり右の頬を引っ張ってやったわ。人の膝を自分のもののように扱う夏樹の頬をね。
 すると夏樹、ゆっくりと目を開き、非難の眼差しをわたしへ向けてくる。
 っていうか、どうして、わたしがそういう目で見られなきゃならないわけ?
 そういう目で見たいのは、むしろわたしの方だっていうのよ。
 まったく、信じられないわ。この男、どういう神経をしているのよ!
「ねえ、どうしてこんなことをしているのよ? どこかへ行くなら、さっさとしてよ。もう!」
 そう言って、ぐいっと夏樹の頭をあげさせる。
 すると、夏樹は渋々といった感じで頭をあげ、上体を起こし、そしてわたしの隣にどさっと座る。
「へえ。茗子は、そんなにぼくとデートしたいの?」
 にやりと微笑み、ひょいっと顔を近づけてくる。
 まずい。この体勢。この言動。
 そろそろわたしも学習してきたわよ。この次に夏樹がとる行動といえば――
 むぎゅ。
「……」
 その音とともに、わたしは救われたけれど、夏樹はかなり不服そうに目をすわらせ、わたしを見つめている。
 だって、わたしの顔の前にはわたしの右手。そして、その右手に押しつぶされるかのように夏樹の顔がある。
 ふふ。
 今度は勝ったわ。
 今度は、簡単にキスなんてさせてやらなかった。
 本当、ワンパターンな男ね、夏樹も。
 わたしだって、馬鹿じゃないの。学習能力の一つや二つ、備わっているというものよ。
「おあいにくさまね」
 わたしの手のひらの中にある夏樹の顔に向かって、多少あざけるように言ってやった。
 ざま〜みろっていうの。
 はあ〜、せいせいしたわ。
 いつも思い通りに扱われているから、たまにはこういうのもいいでしょう。
「おあいにくさまなのは、茗子」
 わたしの言葉に、夏樹はすぐさまそう答えた。
 ……へ?
 と、一瞬、すきをみせた瞬間、結局やられてしまった。
 さすがに、間に手を挟んでの顔への接近は無理だったらしい。
 しかし、それでも夏樹はやった。
 夏樹の顔をおさえつけていたわたしの手をぐいっと引き、その手の甲にちゅっと軽く口づける。
 そして、にやりとあからさまな悪魔の微笑みを浮かべた。
 きい〜っ!!
 悔しい!!
 っていうか、どうしてわたし、赤くなっているのよ、今さら!!
 キスされた手の甲から順に上へ上へと、熱が押し寄せてくる。
 一瞬にして、それが顔までやってきちゃったじゃない。
 ぼんと顔を真っ赤にしたわたしを見て、夏樹ってば、くくくと肩で笑いやがった。
 ムカつく〜!
 夏樹、全て計算ずくでしているのよ。
 どのような行動をとれば、わたしがどう反応するかなんて、夏樹にはお見通しというわけね!
 っていうか、この男何!?
 この男、みかけによらず、かなりのスケベ野郎じゃない!!
 そうよ。もとからそうだったのよ。見かけと中味が全然違う。
 整った顔立ちに、誠実そうな雰囲気。
 だけど本性は、鬼畜、悪魔、極悪。
 平気で拉致るし、平気で監禁するし、平気で婚姻届偽造するし。
 平気で、そんな犯罪をやってのける男なのよ!!
 顔から湯気をあげ、だけど体は硬直しているわたしの両腕を引き、夏樹はぐいっとわたしを立ち上がらせる。
「それじゃあ、そろそろでかけようか? 茗子の膝まくらも堪能できたしね?」
 そう言って、夏樹はわたしへウィンクなんかを送り、実に愉快そうに乙女部屋を出て行く。
 きい〜っ!!
 本当、なんて奴、なんて奴、なんて奴なのよおっ!!
 膝まくらって、膝まくらって、そういうことだったの!!
 今まででかけようとしなかったのは、ただ、わたしに膝まくらをさせたかっただけということ!?
 ああ、本当、ことごとく、この上なく、どこまでいっても、果てしなく、腹立たしい男ね!!
 夏樹なんて、夏樹なんて、夏樹なんて、大っ嫌い!!
 ……っていうか、夏樹、ウィンクなんて今時……。
 あんた、やっぱり、限りなく気障な奴ね……。呆れるほどに。

「へ? これで行くの?」
 玄関まで引っ張ってこられ、目の前にある車を見て、わたしは呆然とそこに立ちつくしていた。
 まあ、予想していたといえば、予想していたこと。
 どうして、平日の昼日中(ひるひなか)から、こんな怪しげな黒塗りベンツでデートなのよ!
 しかも、運転手つきって、どうよ、これ!!
 まあね、夏樹ほどのお金持ちになれば、自分で運転するなんて、そんな面倒なことはしないのだろうけれどね。
 だからって、だからって……色気もへったくれもないじゃない!
 ――って、違うわよ。別にわたしは、そういうのを求めているわけじゃ、決してないわよ。
 それにほら、このデート――認めたくないけれど、デート……なのよね?――だって、むりやり強引に夏樹におし進められているわけで……。
「ああ。他にも車はあるにはあるけれど……この狭い日本では、逆に動きにくいだろう?」
 そんなことをさらっと言ってのけ、扉を開け、車の中へぽいっとわたしを放り込む。
 その言葉には、もう何も返す言葉はないわよ。
 「あ。そ」って感じ?
「夏樹!!」
 放り込まれたものだから、まるでシートに倒れこむように、わたしは車に乗るはめになった。
 だから、そそくさと体勢を立て直し、夏樹を怒鳴りつける。
 すると夏樹は、くすくすと笑いながら、隣に乗り込んできた。

 ……嫌だな。
 この場面。
 あれを思い出すわ、あれを……。
 そう、はじめて夏樹と会った、あの拉致の時を!
 あの時も、まさしくこんな感じだった。
 むりやり車の中へ押し込められ、逃げられないようにすぐに夏樹も横に乗り込んできた。
 もちろん、こちら側のドアには鍵がかけられてある。
 そして、言われたのよ、その後すぐに、「結婚しよう」って。
 それが五日前。
 まさかあの時は、こうなるとは思ってもいなかったわ。
 悔しそうに夏樹をにらみつけるわたしを、夏樹はちらっと見て、そして何事もなかったかのようにすました顔をした。
 シートに体をまかせ、少し眠そうにぼんやりと前を見ている。
 たぶん、本当に眠いのだと思う。
 夏樹、こんなぐうたらぶりを発揮しているけれど、わたしを拉致るまで、かなりのペースで仕事をこなしていたって、これもまた使用人が言っていたもの。
 そして、バトラーが言ったわ。
 夏樹は、わたしとの時間を作るために、かなり無理をしていたって……。
 それってやっぱり、前々から計画して、わたしを拉致ったということよね?
 だけど、どうして、そこまでしたの?
 いくらわたしが必要だったからって、もっと他の方法だってあったのじゃない? できたのじゃない?
 その必要以上にきれて、回転する夏樹の頭だったら……。
 ……まったく。そんなことをされると、わたしの闘志も薄れちゃうじゃない。
 このまったくやる気のない夏樹を見ちゃうとさ。
 わたしの隣だと、妙に安心したようにくつろぐ夏樹を見ちゃうとさ。
 だけどやっぱり、ついみとれてしまう。夏樹に。
 どうしてだろう? いつからだった?
 真下や、ななめ下から、夏樹の顔を見上げるようになったのは。
 そして、やけに気になる、あの唇。

 あの唇で、わたし、何度キスされたっけ?


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update:04/01/01