ゆれる乙女心
ダイキライ

 黒塗りベンツはしばらく走り、そして見慣れた場所に停まった。
 それは、わたしの学校の最寄り駅近くの見慣れた場所。
 場所は見慣れているけれど、そのお店を見たのは、今日がはじめてかもしれない。
 そのお店は、わたしが拉致られた日、五日前、行くつもりでいたお店。
 最近できたばかりのジェラートのお店。
 ここの前にはオープンテラスがあり、そこにあるベンチや椅子に座って、ジェラートやデザート、ドリンクを楽しむことができる。
 建物自体は赤レンガ造りで、感じよく観葉植物などが置いてある。
 そんな建物の前のオープンテラスで、あたたかな陽の光を浴びながらジェラートなんて、おつじゃない?
 さすがに、どうしてこの時期にオープンなの?とか思ったりもしたけれど、これはなかなかそれも納得できるわ。
 黒塗りベンツは、まだオープンしたてで人の多いそのお店に、「一時間後にお迎えにまいります」と言ってわたしたちをおろし、走り去ってしまった。
 駅前というだけあり、この辺りには駐車スペースがないから。
 ……ふん。
 そんなところまで、よくしつけてあるのね、夏樹ってば。
 まったく、腹立たしいくらいによくできたご主人さまだわ。

 それにしても、少し驚き。
 だって、夏樹のことだから、きっともっとゴージャスなことをさらっとしてのけると思っていた。
 たとえば、こんな真昼間から、どこぞの有名レストランへ連れ込むとか、その後は、どこぞの国立美術館へ連れ込むとか、さらにその後は、どこぞの高級料亭へ連れ込むとか、さらにさらにその後は、どこぞの一流ホテル――
 ピ〜。自主規制。
 まあ、とにかく、そこまではしないとしても、そこそこお金のかかりそうなことをしそうだったのに、こんなお手軽なことですますなんて思ってもいなかった。
 夏樹がこういうこともできるなんて、思っていなかった。
 だって、運転手つきの黒塗りベンツのデートよ?

 ……悔しい。
 きっと夏樹、わたしのことを考えてなのよ。
 わたしのことを考えて、わたしが背伸びをしなくてもいい、わたしの丈にあったものを用意したのだわ。
 そんな堅苦しいものじゃなくて、リラックスしてデート――やっぱり、デートなんて認めないけれど――できるように。
 ――まあ、この極悪夏樹と一緒というだけで、リラックスなんてあり得ないのだけれどね。
 それにしても、こうして必要以上にこまやかな気づかいができるのなら、普段からそうしていてよね!
 あんな悪魔の微笑みを隠した天使の微笑みで、悪行の数々を行う前にね!
 ……きっと、夏樹は知っていたのだよね。
 わたしが、ここへ来たがっていたということ。
 だって夏樹、わたしのストーカーだもん。

「好きなように選んでいいよ」
 そんなことを夏樹は言って、わたしの横で柔らかい雰囲気をまとい立っている。
 にこにこと、それはもう傍から見れば、とても優しそうに微笑んでいる。
 だから、ほら見てよ。この店員のお姉さんたち。そして、お客の女の子たち。
 さっきから、ちらちらと夏樹を見ているわ。なかには、ぼうっと見とれている娘さんまでいる。
 そりゃあね、夏樹、こんなカジュアルな格好をしていたって、雰囲気を持っているもの。
 極悪な夏樹の本性を知らない娘さんたちなら、見とれちゃっても仕方ないわよ。
 凛々しくて、どこにいたってスマートに自分の存在をアピールできちゃう夏樹なんだもん。
 見てよ、ほら。娘さんたち。横にいるわたしなんて、まったく目に入っていないわよ。
 っていうか、おかしいと思わないわけ?
 まさか、いい年をした男の人一人で、こんなメルヘンなお店に入るわけないじゃない。
 ばっかみたい!
 そんなこともわからなくなるくらい、あんたたちはこの極悪男にみとれているというの!?
 ばっかみたい!! 
 それに、夏樹も夏樹よ。何すました顔して、平然と立っているのよ。
 気づいているの!? あんた、さっきから注目の的だということに!
 怒りでざわつく胸をおさえながら、わたしは思いっきりぎろっと夏樹をにらみつけてやった。
 すると夏樹、わたしの視線にすぐに気づいて、「ん?」と、にこりと笑って首をかしげるの。
 くう!! やっぱり、ムカつくこの男。
 やっぱり、全然気づいていないのね、この娘さんたちの視線に!!
 は〜ら〜た〜つ〜!!
「茗子、選ばないの? じゃあ、ぼくが決めるよ?」
 夏樹はそう言って、ショーケースの中にあるジェラートを指さす。
「やだ。やめてよね、また勝手に! 決めるわよ。今すぐ決めるわよ!」
 慌てて、指差す夏樹の指をきゅっとにぎり、ショーケースに視線を移した。
「ん〜。やっぱり、基本はバニラでしょう。それに、ストロベリーやチョコもいいよね。メロンにレモンにマロン。巨峰、ヨーグルト、キャラメル。玉露、抹茶。ああ、クリームチーズやミントも捨てがたい。どうしよう」
 ショーケースを前に、真剣に悩みはじめたわたしを見て、夏樹はやっぱり声を殺し、肩を震わせ笑う。
 く……っ、悔しい。
 どうせ、夏樹、今こう思っているのでしょう?
 「まったく……茗子はこどもだな〜」って。
 うるさいわよ、放っておいてよ。
 ふんだ。
 だってだって、ずっと来たかったところだし、ジェラート好きだし……仕方ないじゃない。
 ――ジェラートが好き……。
 きっとこんなことだって、夏樹にとってはお見通しなのね。知っていて当たり前なのね。
 だから、どれにしようか悩むわたしを見て、楽しそうに笑っているのだわ。
 この悪魔。
「全部いいよ……と言いたいところだけれど、んー、お腹を壊しそうだよね? それが問題だよね?」
 って、ちょっと待て!
 もう少し、違うところに問題点をみつけてくれない?
 お腹を壊すとかじゃなくて、どれにしようか決められないというところや、欲張りすぎているというところに。
 ……まったく。夏樹のばか。
「いいわよ。じゃあ、バニラとストロベリーとミント。これでいいわ」
 ぷいっと夏樹から顔をそむけ、少しすねたように言ってみた。
 するとやっぱり夏樹、わたしの頭の上辺りで、くすくすっと笑ってる。
 本当、ムカつく男ね。……大嫌い。
「それじゃあ、ぼくはモカにしようかな」
「モカ……? それだけ?」
 あまりにも淡白なその選択に、わたしはきょとんと夏樹を見上げる。
 わたしの手の中には、まだ夏樹の右手人差し指があったりするのだけれど、そんなこと、今のわたしの頭からは抜け落ちていた。
 ずっと、夏樹の指を握ったまま。
「ねえ、もしかして、甘いの苦手?」
 顔色をうかがうようにそう言ってみると、夏樹は少し困ったように微笑んだ。
 やっぱり。やっぱりそうじゃない。夏樹、苦手なんだ。苦手だけど、わたしが好きだからつき合ってくれているんだ。
 本当、なんて奴。なんて奴なの、夏樹。
 嫌味なほどに、わたしに優しい奴。
 鬼畜、悪魔、極悪夏樹からは想像できない、嫌がらせな行動。
 ……だけど、そんな意地悪なことでも、嬉しいや、やっぱり。
 なんか、このままきゅっと夏樹に抱きついちゃいたくなっちゃうじゃない。そんないじらしい行動をとられると。
 だけど、絶対にそんなことはしてやらない。
 それはすなわち、わたしが負けを認めるということになるから。
 その後はもう、夏樹の思うがまま。
 どんなに抵抗したって、夏樹はわたしを解放しなくなる。
 それがわかっているから、絶対に、そんなことはしてやらない。
 もう、婚姻届の一件で、十分でしょう?
 それが、精一杯。
 ……今は――

 結局、最後まで夏樹の指をはなせなかった。


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update:04/01/01