罠張り生クリーム
ダイキライ

 ちょうど今は、お昼時。
 真上に太陽が昇り、やっぱり秋だというのにあたたかい陽の光が降り注ぐ。
 これってきっと、小春日和というのよね。
 夏樹に言わせると、デート日和なのだろうけれど?

 お昼は、やっぱり、ちょっとリッチだった。
 さすがに夏樹だって、そうそうわたしのレベルに合わせていられないという感じかな?
 街を一望できる、ホテルの展望レストランのお昼のランチ。
 もちろん席はリザーブで、店いちばんの眺め。
 メインにスープ、サラダ、パン。そして食後は、デザートとドリンク。
 そんな誰にでも手の出るような、だけどお昼にしてはちょっとリッチなランチ。
 やっぱり、わたしが肩肘はらなくてもいいように。
 そりゃあ、鳳凰院家での食事は、夏樹と、あとはバトラーと数人の使用人がいるだけだから、別に普通にとれる。
 というか、むしろ、マナーなんてそんなのそっちのけ。
 誰が夏樹の前で、お行儀よくしてやるものか。
 だけどさすがに、町中の一流レストランとかになると、そうもいかなくなる。
 ……そう、視線がね。痛いのよ。
 だからね、ついつい反骨精神もなえちゃうの。
 でも、このホテルのこのレストラン。しかもランチだったら、わたしもそんなに緊張したりしない。
 それで、夏樹にしては、ちょっと物足りないかもしれないけれど、町中のファミレスへ入るなんかよりはずっとましだと思う。
 これは、二人の妥協点というところ?

 さすがは、予約席。
 眼下に広がる街の景色はすごかった。
 見るなら夜景がいいよねとか思っていたけれど、陽のあるうちの街の様子もなかなかなもの。
 何っていうのかな? 活気があるっていうのかな?
 ちょうどお昼時で、サラリーマンやOLさんたちも町中に繰り出してきていて、本当、にぎわっている。
 上から見下ろす人間は、まるでアリみたいに小さいけれど、だけど見ていて面白い。飽きない。
 そっちにばかり気をとられ、いまいちお皿の減りの悪いわたしを見て、夏樹はカチャリとフォークとナイフを置いた。
 そして、両肘をテーブルにつき、にっこりと微笑む。
 もちろん、こういう時は天使の微笑み。
「はい。ここで提案です。映画と遊園地、どっちがいい?」
「遊園地!!」
 ……しまった。
 思わず、答えてしまった……。
 しかも、景色を見ていた顔を、思いっきりぐりんと夏樹へまわし。
 く〜や〜し〜!
 またしてもやられた。
 夏樹、知っていて、またこんな試すようなことを言ったんだ。
 わたしは、映画館が大嫌いで遊園地が大好きだということ。
 あんな暗い大音響の中、一分だっていたくないことを夏樹は知っている。
 そして、一分だってじっとしていられないわたしが、どれだけ絶叫マシーンが好きかも心得ている。
 だって夏樹、わたしのストーカーだもん。
 食事もままならず、そしてちっとも夏樹を見ようとしないから、夏樹、わたしの気を引くために、わざとこんなことを言ったんだ。
 腹が立つ! 大嫌い!
「じゃあ、決まりだね。午後からは遊園地へ行こう。――だけどほら。その前にちゃんと食事をして。後でお腹がすいたと言ってもしらないよ?」
 まるで、子供に言い聞かせるように、夏樹の奴ってばそう言いやがった。
 悪かったわね!
 この年になっても、こどもっぽくて。
 ふん。本当、癪に障る男だわ。鳳凰院夏樹! 極悪男!

 それから結局、景色を見ることなく、わたしはたんたんとランチに手をつけていった。
 食事が終わり、あとはデザートとドリンクのサービス。
 デザートは、巨峰のムースに生クリームがたっぷりのったもの。
 うふふっ。
 生クリーム大好き。
 何ていうのかな? 口に入れた瞬間、ふわっと広がって、とろっとのどの奥へ流れ込むの。それが何ともいえない。
 ああ、これってあれと同じかも。クルトン。
 クルトンも、あの食感が好き。そして、生クリームもこの感覚が好き。
 どうもわたし、味よりも、食感にこだわる女みたいだわ。
 ……でも、大丈夫なのかな?
 夏樹、たしか甘いものが苦手なのよね?
 さっきのジェラートの反応からすると……。
 と思ったのに、夏樹ってば、平気でデザートに手をつけはじめる。
 だけど、やっぱり手は鈍っているみたいで、なかなか減らない。
 わたしは、スプーンを口にくわえたそんな間抜けでお行儀の悪い格好で、思わず夏樹に見入ってしまっていた。
 懸命に平気なふりをしているけれど、だけどやっぱり辛そう。
 そう思うと、夏樹の珍しい戸惑いぶりを、思わずしげしげと観察せずにはいられない。
 その時だった。ちょっと手がずれちゃったのか、口のすぐ横の頬に生クリームがついっちゃった。
 ぷぷっ。
 夏樹だって、子供みたいじゃない。
 そんなところにクリームをつけちゃってさ。
 ……ん?
 う〜ふ〜ふ〜。
 いいこと、思いついちゃったっ。
「夏樹、夏樹」
 わたしはそう言って、夏樹に顔を近づけるように手招きする。
 すると、夏樹は不思議そうに首をかしげ、だけど素直にずいっと身を乗り出してくる。
 その瞬間、夏樹のほっぺにちゅう。ぺろりと生クリームをなめる。
 もちろん、同時に夏樹の顔は、真っ赤っか。
 面食らったようにわたしを凝視する。
 ふふ。してやったり。
「ふふん。ざまあみなさい。どう? 悔しいでしょう? そんな思いをわたしはいつも――」
 そう言いかけた時、わたしの目にとんでもない光景が飛び込んできた。
 それは、にやりと微笑む、極悪な悪魔の顔。
 さあ〜……。
 その瞬間、一気に血の気が引き、そしてすぐに上昇し、ぐらぐらと血が沸きはじめる。
 そして、もう一度夏樹の顔をちらっと見ると、口が声にならない言葉を発していた。
 その口の動きから読み取れる言葉は……。
「思惑通り」
 ぐらり……。
 思わず、よろけてしまった。
 くう〜っ!
 それじゃあ、何!?
 わたしはまた、夏樹の罠にはまったということ!?
 わざと頬に生クリームをつけて、そろそろ仕返ししたいと思っていたわたしを誘ったということ? 挑発したということ?
 それでやっぱりわたしは、案の定、夏樹の思惑通り、罠にはまっちゃったということ!?
 むっき〜っ!!
 本当、信じられない、この男!
 この鬼畜、悪魔、極悪男!!
 っていうか何より、よくよく考えると、そのようなひらめきをして、そのような行動に出た、わたしがいちばん信じられないわよ!
 どうして自分から、わざわざそんな危険な行為に出たのっ!?
 だって、そうじゃない。
 もし一歩間違えば、わたし、今度は五度目のキスをするはめになっていたかもしれなかったのだもの!
 そして、そのキスの味は、きっと、巨峰のムースと生クリームがまざった味だったはず。
 そう……。季節のフルーツ味のキス……。秋味のキス――

 その後、やっぱり夏樹は、そこでデザートを食べることをやめ、砂糖もクリームも入れずに、コーヒーをブラックで飲んでいた。
 つまりは、わたしをあんな陳腐な罠にはめるためだけに、嫌いなものを食べていたということ。
 もちろんわたしは、怒りながらもおいしくデザートを食した。
 そして、砂糖とミルクたっぷりのミルクティー。
 ――もう、ここからして違うわよね。
 苦い大人の味と、甘い子供の味を好む辺りから……。


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update:04/01/01