不機嫌と策略
ダイキライ

 夏樹は、嘘は言わなかった。
 着替えをすませ、朝食を食べ終わると、タイミングよく由布がやって来た。
 少し不機嫌そうに。ダイニングの開け放たれた扉にもたれかかりながら。
「由布? どうしたの?」
 席を立ちながら、由布にそう聞いてみた。
 だけど、由布はぶすっと頬をふくらませたまま、口を開こうとしない。
 そこで、ぴんときた。
「はは〜ん。さては、今日は本当は、例の彼女さんとデートだったとか?」
 にやにやと意地悪な顔をしながら、由布の顔をのぞきこむ。
 すると由布は、きっとわたしをにらみつけ、そしてぷいっと顔をそむけた。
 ふふん。
 ず・ぼ・しっ!
 早速、由布、夏樹にいじめられちゃっているのね。
 いいざま。
 だって由布、これは制裁なのよ? 罰なのよ?
 あの極悪夏樹に加担し、わたしを拉致った罰。わたしを夏樹に売り渡した罰。
 これくらいじゃあ、まだまだ甘いわよ。もっと苦しんでもらわなきゃ。困ってもらわなきゃ。
 ……だけど、由布にはいい気味でも、彼女さんには悪いことをしているな〜……と思わないことはないのよね、さすがに。
 だって、由布にはてんこもりに罪があっても、彼女さんには罪はないのだから。
 ふうっと大きくため息をもらす。
「いいよ、由布。今日は帰りなよ。彼女さんのところへ行きなよ。わたしは、一人で暇をつぶしているから」
「何言っているの。これも俺の役目の一つだよ。……くそっ。夏樹の奴、わかっていてしているのだから」
 由布は悔しそうに爪を噛み、ぶつぶつとぼやきはじめる。
「わかっていてしている?」
「そうだよ。夏樹、俺たちの邪魔をして楽しんでいるのだよ。待ち合わせ場所へ向かう途中、いきなり呼び出されたのだから」
 由布は、半分投げやりになって、がりがりと頭をかいた。
「……それ、違うと思う……」
「え?」
 由布は、怪訝な眼差しをわたしへ向けた。
 ……まあ、そうよね。
 ことごとく、この上なく、夏樹を嫌っているわたしが、まさか夏樹の弁護をしようなんて誰も思わないものね。
 でも、仕方ないじゃない。わたし、知っているから。だから、仕方ないじゃない。
 わたし、誰かさんと違って、そこまで極悪じゃないもの。
「さっき、何か面倒なことが起こったとかで、夏樹、急に呼び出されて行っちゃったのよ。……それで、わたしとの約束を守るために、夏樹、仕方なく由布を呼び出したの。だけど、いいから。だから、由布は早く彼女さんのところへ行っちゃってよ。じゃないと……なんだか、わたしが悪いことをしているみたいで嫌なのよね」
 そう言いながら、ぐいぐいと由布の背中を押す。
 すると、由布は驚いたようにわたしを見下ろしてくる。
「……茗子? 何か……あった? 昨日、夏樹と」
 そして、訝しげにじっとわたしを見つめる。
 な、何かあったって、何がよ!?
 何もないわよ。何も……。
 っていうか、どうして、由布にそんなことがわかるのよ!?
 それにどうして、そう思うわけ!?
 訳がわからない!
「あるわけないじゃない! いつものように、日に日に、あの極悪男が嫌いになっていることをのぞけばね!!」
 そう言って、ばしっと由布の背を叩いた。
 すると由布は、はは〜んと意地悪な笑みを浮かべる。
 ……って、ちょっと、由布。あんた、今、よからぬ想像をしているわね? よからぬ!!
 冗談じゃないっていうのよ。どうしてあんたにそんなことが……。
「茗子。顔、真っ赤っ」
 由布はそう言って、つんとわたしのおでこを押した。
 くう〜っ!!
 なんてムカつく男なの。なんて癪に障る男なの。なんてなんて、あの極悪夏樹にそっくりなの〜!!
 やっぱり由布は、まぎれもなく夏樹のいとこよ! そして、夏樹の協力者よ!!
 わたしの拉致に加担する男なだけはあるわね!
 信じられない。さっきまで不機嫌だったくせに、もう機嫌をなおして、わたしをからかうのだから。まるで誰かさんみたい。大嫌い!
「だけど、本当に俺は、夏樹との約束で……」
 わたしをからかったかと思うと、由布はすぐに真剣な顔をした。
「例の彼女さんとの仲を親族連中に認めさせるために、夏樹と取り引きをしているのでしょう? わかっているわよ、それくらい。……ったく。あの男、本当にどこまでも根性のねじくれた男ね」
 やっぱり、夏樹のことを考えると、ムカつく!
 あまりにも腹立たしいから、思わずまた、由布の背中をどんと叩いていた。
 すると由布は、うらめしそうにじっとわたしを見つめてくる。
 あ……あはは、あはっ。
 ごめん。ごめんね〜、由布。
 思わず、ちょうどいいところにあったから、叩いちゃった。そう、思わず〜……。
 誤魔化すように、一つ咳払いをする。
「とにかく、夏樹には黙っていてあげるから、由布は彼女さんのところへ行っちゃいなよ」
「茗子。簡単に言うけれどね、ここの使用人たちからばれるでしょ? 俺が帰ったら……」
 由布は、ちろりとダイニングの中に視線を送った。
 そこには、久能さんに指示を出されながら、使用人たちが朝食の片づけやら、その他の仕事へ向かっているところだった。
 まあ、たしかに……。
 ここの使用人たちは、夏樹に忠実、従順。夏樹第一。
 夏樹が乙女部屋に鍵をかけ、わたしを監禁していることを知っていたのに、知らぬふり。
 っていうか、むしろ、協力している? わたしの監禁に。
 本当、なんて人たちなの!
 夜中、あの極悪夏樹と密室で二人きりになったら、わたしがどうなるかなんて、あんたたちにもわかるでしょうに!!
 やっぱり、いつか思った、逃げ出そうものなら、夏樹という狼がいる、乙女部屋という檻に連れ戻されちゃうというあれ、あながち想像の域を脱していなかったわけじゃなかったのよ。
 ……ああ。そうだったわ、そうだった。
 ここの使用人たちは、もうすっかり夏樹に騙され、わたしが夏樹と、その……け、け、結婚の約束をしていると思っていたのだわ。
 だから、どこの馬の骨だか知れない――自分で言っていて悲しくなっちゃうけれど――わたしを、茗子さま≠ネんて呼んで、丁寧に接してくれている。
 そう。夏樹のつ、妻とかいうものになる女だから。
 ちっ。ったく……夏樹の奴、どのようにして、使用人たちを丸め込んだの? だましたの?
 由布の視線につられ、わたしもダイニングへと視線を移すと、その時ちょうど久能さんと視線が合ってしまった。
 すると久能さんは、にこりと会釈をくれた。
 それで、ぴんときた。
 この久能さんは、つまりはここの使用人たちのトップにいる人で、だから、この人さえこちら側につければ何とかな……るわけないじゃない。
 絶対、許してくれない。さらには、こちら側につけることなんて不可能。
 だって、使用人の中でも群を抜いて、この久能さんは夏樹に忠実だもの。
 そして、夏樹の信頼を得てい――るのかどうかは、怪しいけれど。だって、あの夏樹よ?――て、夏樹に嘘をつくことなんて絶対にしない。
 夏樹の(めい)は、何がなんでも守るわ、きっと。
 それじゃあ、久能さんに黙っていてもらって、由布を帰すということはできないし……。
 じゃあ、どうすれば……どうすれば……。
 あ。そっか。その手があったわ!
「久能さん。久能さん」
 由布をあっさりと捨てて、すすすと久能さんに擦り寄っていく。
「何でございましょう? 茗子さま」
 久能さんは、やっぱりにこりと微笑む。
 う……っ。
 この微笑。
 アイタタタ……。
 ここにもいたわよ。夏樹の微笑に通じる微笑みをもつ男!
 さすがよ、さすがだわ。さすがは、夏樹の屋敷に仕える使用人のトップ!!
 だけど、ここでひるむわけにはいかないのよ。
 それに、今はそんなことはどうでもいいのよ。とりあえず。
「あのね。お願いがあるの」
「お願い?」
 久能さんは、あからさまに怪訝な顔をわたしへ向けてくる。
 く……っ。
 やはり、見破られているのか。
 ふっ。だけどね、残念ね。
 わたしがこれからお願いすることは、由布を帰して、なんかじゃないのよ。
「うん。これから、由布と二人でお外へ行きたいの。駄目かなあ?」
「はあ……。まあ、駄目……ではありませんけれど……。由布さまもご一緒ならば……」
 久能さんは、多少曖昧な言葉を返してくる。
 駄目ではないけれど、できればそれはやめてほしいと、そう言いたいわけね、つまりは。
「お願い。由布が一緒なら大丈夫でしょう? せっかくこんなお天気のいい土曜日に、家の中にいるなんて、わたし、たえられないの! ……暴れるわよ?」
 久能さんの顔をのぞきこむように見上げ、にやりと笑った。
 すると久能さんは、呆れたように大きくため息をもらす。
「はいはい。わかりました。暴れられては困りますからね。どうぞお好きなように。……ただし、夏樹さまに連絡はさせていただきますよ?」
「ええ、いいわよ。じゃあ、OKね?」
 期待の眼差しを久能さんへ向ける。
 すると、久能さんはまたため息をもらし、少し困ったように微笑む。
「……仕方がありませんね……」
「やった〜! 由布、由布! 行くわよ、お外へ!!」
 久能さんの許可を得ると、即座にくるりと振り返り、由布へそう叫んでいた。
 すると由布は、まったく、また面倒なことを増やしやがって……と、わたしに非難の眼差しを向けていた。
 ふふん。
 だけどね、そう思っているのは今のうちだけ。
 わたし、結構いいこだったりするのよ?
 極悪夏樹なんかと一緒にしないでよね。
 ねえ? 由布。
 まだまだ甘いよね? それでもわたしの友達?
 わたしのこと、まだ全然わかっていないという感じなのだもの。


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update:04/01/03