再会ついでに告白
ダイキライ

「たく……。本当、茗子には振りまわされるよな〜。……どうせ、夏樹に対する鬱憤を、俺で晴らそうという魂胆だろ? さっきは、彼女のところへ行けとか何とか言っていたくせに……」
 由布を連れて鳳凰院本家を抜け出したわたしの横を歩きながら、由布はぶつぶつとわたしに対する恨み言を言ってくる。
 由布と一緒にあの密林みたいな庭を抜け、門の外まで出た。
 そこからまた歩いて、ようやく店が立ち並ぶ市街地へとやって来た。
 っていうか、むしろ、振りまわされているのは、こっちのような気がするのですけれど?
 あんたたち鳳凰院の非常識ご子息さま方に。
 拉致、監禁、脅迫、婚姻届偽造の犯罪者に。
「あら? そんなことを言ってもいいの? せっかく、由布を解放してあげようと策を練ったのに」
「策を練ったあ? これのどこが!!」
 由布は思い切り顔をゆがめ、ずいっとわたしに詰め寄る。
 むっ……。
 何よ、本当なのだからね。本当に、由布のためにしてあげたことなのよ!
 ったく、失礼な男ね!
「だーかーらー、こうして抜け出てきたら、これから別行動をしてもばれないでしょ? 時間を決めてまた落ち合って、それで一緒に戻れば完璧じゃない!」
 もちろん、わたしは負けじと由布をにらみ返す。
 すると由布は、鼻で笑った。
「そんなにうまくいくわけないだろう? 茗子のまわりには、いつも監視がついているのだから」
 ぎゃんっ!!
 そうだった。そうだったわよ〜。
 忘れていたけれど、夏樹ってば、人を使ってストーカーしていたのよ。
 ああ、もう!
 どうして、そんな肝心なことを、わたし、忘れちゃっていたわけ!?
 ……あれ? でも……。
「え? でも待って。それならもう大丈夫じゃない。だってもう、わたしは夏樹のもとにいるわけだし……」
「わかっていないね、茗子」
 ふうと、また呆れたように由布はため息をもらす。
 ……って、ちょっと。これで何回目よ、ため息をもらすの。
 本当、失礼な男よね、由布ってば!
「わかっていないって、何がよ!」
「夏樹がそんなに甘いわけないだろう? 茗子も気づいているのだろう? 茗子によからぬ虫がつかないように、現在進行形で監視されているって」
 う……。
 わ、忘れていた。
 そうだったわ。
 っていうか、由布がそう言うということは、それ、本当だったの!?
 まさかとは思っていたけれど、本当にわたし、夏樹に監視されていたわけ!?
 逃げ出さないように、その……由布以外の男の人を始末するために。
 なんて奴、なんて奴なの、本当! 極悪魔人!! 大嫌い!!
「まあ、そういうわけだから? 外に出ると、余計に俺の苦労が増えるのだよね〜」
 由布はずいっと詰めより、馬鹿にするようにわたしを見てくる。
 っていうか、何よ、その態度。
 やたら偉そうじゃない?
 あんた、何様のつもりよ?
 夏樹にいいように扱われているくせに。夏樹の下僕のくせに。奴隷のくせに。
「……じゃあ、結局、あんたのためにと思ってしたこと、全部無駄だったというわけね……。もういいわよ」
 するりと由布の詰めよりから抜け出し、さっさ由布を捨てて一人歩道を歩いていく。
 その後を、由布が面倒くさそうについてくる。

 ――ねえ、ところで、本当に本当だったの? 
 わたしが逃げ出さないように、夏樹が監視をつけているって。
 しかもそれってば、もちろんプロよね?
 だって由布、言っていたもの。
 夏樹は、わたしに近づこうとした男の人を、ことごとく始末していたって。
 ……始末。
 そうは言うけれど、殺しとかそういうのじゃなくて、多分……近づけないように、裏から手をまわしていただけなのだろうとは思うけれど。
 さすがにね、相手がわたしならともかく、他の人に直接的に犯罪めいたことをしてはまずいでしょう。さすがに。
 って、ちょっと待って。
 相手がわたしならって、それどういうことよ!
 今、わたし、一体何を考えたのよ!
 相手がわたしでも駄目じゃない。ダメダメ。そんなの駄目に決まっているじゃない!!
 きい〜っ!
 何よ。結局これってば、わたし、夏樹を認めたということ!?
 夏樹なら、拉致だって、監禁だって、脅迫だって、婚姻届偽造だって、許せちゃうというわけ!? わたしは!
 冗談じゃないわよ。許せるわけないじゃない。
 ほら、こうしてあいつのことを考えるだけで、ふつふつと怒りが……。
 って、だから、どうしてわたしが、あいつのことなんて考えなきゃならないのよ。そこからしておかしいのよ。間違っているのよ!!
 ……っていうか、夏樹ならするし。あっさりさっくりさりげなく。
 平気で犯罪を犯しちゃうし。それでもって素知らぬふりして、証拠隠滅。
 そこには、犯罪なんて成立しなくなっちゃうのよ。夏樹ってば、そういう男だったじゃない。
 だって夏樹。鬼畜、悪魔、極悪なんだもん。

 頭を抱え苦悩するわたしを、やっぱり由布は呆れ顔で見ていた。
 って、ちょっと、まったく失礼しちゃうわね。
 あんたにとってはどうでもいいことだろうけれど、わたしにとっては重大なことなのよ!?
 人生がかかっているのよ!
 拉致に加担したあんたにとっては、わたしがほんのちょっとでも夏樹に近づけばラッキーなのだろうけれど、わたしはそれじゃあ駄目なのよ!
 危ないのよ。身が危険なのよ。
 それでもって、一生、あの極悪男にからかわれ、もてあそばれ、楽しまれちゃうのよ〜!
 さらにはさらには、本当にもう、そろそろやばいのだってば。乙女の貞操!!
 結局、二晩続けて同じベッドで寝ちゃったわけだから〜……。
 嗚呼〜。どうしよう。そう考えると、本気で今晩あたり……陥落? 一撃必殺?
 ぎゃん……。
 やっぱり、そんな一人苦悩に身を悶えるわたしを、由布は呆れながら見ているだけだった。
「茗子……?」
 そして、わたしの名前を呼ぶ声がした。
 だけどその声は、決して由布のものではなかった。
 だからって、その声が、夏樹の声であるはずもない。
 さらに、ここにいるのは――一応は――由布だけなのだから、由布以外の声でわたしを呼ぶなんてあるわけがない。
 ……だけどこの声、どこかで聞いたことがあるような……。
 不思議に思いつつ、声のする方へ振り返った。
 するとそこには、少し驚いたような顔をした、長身の男の人が立っていた。
 顔立ちも、そう悪くない。……っていか、むしろ格好いい部類に入るかも。
 昨日、ジェラートのお店で、娘さんたちの視線を釘づけにしていた夏樹と、いい勝負かもしれない。
 振り返ったわたしの顔を見て、その男の人は、あらためて驚いたような表情をし、そして嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり茗子だ! 久しぶりだな」
 ……?
 久しぶり?
 だけどわたし、この人とは会ったことはないは……ず……。
「茗子? もしかして忘れたとか? 薄情だな〜」
 なかなか反応をしない、それどころか首をかしげるわたしを見て、この男の人は、眉尻を下げ、困ったように微笑む。
 困ってはいるようだけれど、その言葉とは違い、決してわたしを非難するようなものではなかった。
 ただ、本当に、ちょっと残念そうに……。
 でもね、そのおかげで気づいたわ。わかったわ。思い出した。
 そういう表情……っていうか、癖? その癖は、あの人しかいない。あの人だ!
(りょう)ちゃん!!」
「あたり!」
 名前を呼ぶと、男の人……涼ちゃんは嬉しそうに笑った。
 そして、がばっとわたしを抱き寄せる。
「りょ、涼ちゃん。公衆の面前! 公衆の面前だってばっ!」
 少し抵抗するように涼ちゃんの腕の中でもがいてみたけれど、涼ちゃんは手を放してくれない。
 と思った瞬間、ふいにわたしを抱く腕の力が弱まった。
 ……あれ? どうしてだろう?
「……放せ」
 そして、わたしの頭の上で、怒気をはらんだ低い声が聞こえた。
 ……由布だ。
 今、この言葉を発したのは、由布だ。
 嫌〜な予感がして、ちらっと上に視線を向けると、案の定、由布が涼ちゃんの腕をつかんでいた。
「ゆ、由布! 大丈夫。心配しないで。涼ちゃんはただの幼馴染みだから。だから、手を放して」
 涼ちゃんの腕の力が弱まったことを利用して、するりと腕の中から抜け出る。
 そして、涼ちゃんの腕をつかむ由布の手を握り、涼ちゃんの腕から手を放させる。
 ……まずい。
 由布は、ただ夏樹から下された命令を遂行し、よからぬ虫がつかないようにしているだけなのだろうけれど、決して涼ちゃんはよからぬ虫なんかじゃないのよ。
 だって涼ちゃんは、わたしの幼馴染みなのだから。
「だけど、茗子!」
 由布は困ったように、非難するようにわたしを見てくる。
「大丈夫だって。涼ちゃんはね、昔からこうなの。すぐに人に抱きつきたがるのよ。その癖がまだ抜けていないだけ。ね? だから、大丈夫だから……」
 涼ちゃんをにらみつける由布をあやしながら、涼ちゃんから引きはなす。
 嗚呼〜……。
 なんだか、とってもまずい状況になっちゃったかもしれない。
 由布はただ……その……例によって例の如く、やっぱり夏樹との約束を守るため、わたしに悪い虫とやらがつかないようにしているだけなのだろうけれど……。
 あれ? でもちょっと待って。
 ずっとわたしを監視していたというなら、もちろん、涼ちゃんの存在だって知っているはずよね?
 だけどどうして、由布は知らないの?
 それとも……由布は知らされていない?
 ううん。そうじゃなくて、もともと監視なんてなかった。
 そう考えると簡単じゃない。由布が涼ちゃんを知らないのも。
 ……あれ? じゃあ、どうして夏樹は、わたしのことなら何でも知っているのだろう?
 やっぱり、訳がわからないわ。
 ふいにそこに疑問を抱き、思わず由布の顔を見つめていた。
 すると由布は、わたしの視線に気づき、ばつが悪そうに舌打ちした。
「常に監視がつくようになったのは、茗子が中学生になったあたりからだよ。わかるだろう? どうしてか」
 すいっとわたしの耳元に顔をもってきて、そうつぶやいた。
 ――なるほど。
 それまでは、わたしの様子を探るために、定期的に様子を見に来ていただけだったけれど、その……つまりは年頃っていうもの? その頃になってようやく、常に監視がつくようになったのね。悪い虫から守るために。
 だから、幼馴染みの涼ちゃんを知らないんだ。もちろん、癖のことも知らない。
 だって、その頃にはもう、涼ちゃんはいなかったもの。
「とにかく、茗子と再会できて嬉しいよ。もう会えないかと思っていたから」
 こそこそと由布と話をしていることなどおかまいなしに、涼ちゃんはわたしのもとへやって来て、そう言って微笑んだ。
「……あ。うん……。涼ちゃん、あの後すぐに、全寮制の学校に入っちゃったものね? あれ? じゃあ、ここにいるということは……」
「ああ。ニ日ほど前に、こっちへ戻ってきた。急にこっちへ転勤が決まってね……」
 にこりと涼ちゃんは微笑み、わたしの手をとり、さりげなく由布から引きはなす。
 それでさらに由布の機嫌が悪くなったけれど、だけど由布はじっと様子を見ているだけで、今は何かをしようとはしない。
 だけど、これ以上涼ちゃんがわたしに近づくと、すぐにでも飛びかかってきそうな勢いであることにかわりない。
 そしてまた、監視をしているとかいうプロの監視役も、動く気配がない。
 やっぱり、監視役というくらいだから、監視するだけで、余計な手出しはしないのかしら?
「――というのは建前で、本当はこっちへ戻ってきたくて、ずっと上に頼み込んでいた」
「え? 大丈夫なの? だって涼ちゃん……」
「ああ。まあね。だけど、それでも会いたかったから。また、茗子に」
 涼ちゃんは、少し得意げに、にっこりと微笑んだ。
 わたしから視線をそらすことなく、むしろわたしをとらえるようにじっと見つめて。
「え……?」
「知らなかった? 俺、ずっと茗子のことが好きだったのだよ?」
 ええ〜っ!?
 っていうか、ちょっと待って。
 いきなり、いきなり、何それ〜!!
 再会してすぐに、こ、こ、告白ですか! 告白!!
 うっきゃあ〜っ。
 ど、どうしよう!!
 っていうか、駄目だよ。それは。
 だってほら、わたしには……その……。
「それで驚いたよ。帰ってきてすぐ、茗子の家へ行ったら、おばさん、茗子はもう家にはいないっていうから」
「そ、それは、その〜……」
 そこで、口ごもってしまった。
 だって、それはそのね、ほら〜……。
 わたし、月曜に夏樹に拉致られてから、ずっと夏樹の屋敷で監禁されていたわけで〜……。
「だけど良かった。また会えて。――家にいないということは、今は家から出て、一人で暮らしているということだよね? それもまた、自立への第一歩というところかな? 茗子、昔から甘えん坊だったから」
「う……うん! そんなところ!」
 力いっぱいそう叫んでいた。
 あまつさえ、握りこぶしなんかつくり。
 ……ごめん。涼ちゃん。嘘です。それ、嘘なのです〜……。
 ただ、そのね、あまり知られたくないから。今、わたしが夏樹のところにいるって。
 しかも、拉致られ、監禁され、脅され、婚姻届偽造されたって。
 そして……多分、きっとそうなのだと思うけれど、一応、いつかは夏樹と結婚させられることになっているって……。
 ごめん。それだけは言えないのよお。
 ぐるんぐるんと頭と目をまわすわたしを見て、由布は開きかけた口を閉じた。
 きっと由布。本当のことを言うつもりだったのだと思う。その方が、てっとり早く涼ちゃんを追い払えるから。
 だけど、困っている、そして本当のことを言いたくなさそうなわたしを見て、由布はそこで思いとどまってくれたんだ。
 本当のことを言っちゃえば、さらに事態が悪化するとわかってくれて……。
 だって、そんなことを言ったら、涼ちゃん、きっと暴れちゃう……。
 そんな気がする。っていうか、絶対そう。
 小さい頃の涼ちゃんを思えば――


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update:04/01/03