疑惑のぶどう
ダイキライ

 よく晴れた日曜日。
 秋晴れの日曜日。
 こんな日は、行楽シーズンとあり、どこかへ出かけたくなる。
 こうして家でくすぶっていたら、わたしの大人しくなんてしていられない病がうずうずとうずく。
「茗子。どこへ行きたい?」
 朝日差し込む鳳凰院家のダイニングで、突然夏樹がそんなことを言い出した。
 もちろん、何の前触れもなく。
 ぷすっと、デザートの、皮のむかれたベリーエーにフォークをつきさしながら。
 このベリーエーというのも、なかなかにわたしが好きとする部類のぶどうに入る。
 まったく、夏樹ってば、どこまでわたしのことを知りつくしているのよ。
 本当、何もかもお見通しという感じで、どこかムカつく。
「どこへ行きたい……って、夏樹。どこかへ行くつもりなの?」
 わたしも夏樹同様、ベリーエーにぷすっとフォークをつきさし、ひょいっと口に放り込む。
「当たり前じゃない。こんな天気のいい日に、茗子が家で大人しくしていられるわけがないからね」
「で、でも……。仕事は?」
 とりあえず、遠慮がちに聞いてみる。
 だって、たしか昨日の朝。面倒なことが起こったと言って、夏樹、仕事に行っちゃったよね?
 それって、昨日のうちに片づいたとも思えないし……。
 じゃあ、今日もって思うじゃない?
「大丈夫だよ。日曜くらい休まなきゃ」
「っていうか、あんた、普段からぐうたらじゃない」
 ぷいっと夏樹を無視し、残りのベリーエーも食べていく。
 ああ、もう。
 やっぱり、こうなっちゃうわけ?
 夏樹が出かけるといったら、でかけるのよね〜……。
 っていうか、一昨日出かけたばかりじゃない。
 デートとかいって、むりやりわたしを連れ出してさ。
 講義なんてそっちのけで。
「茗子」
 すると夏樹は、甘ったるい声でわたしの名前を呼んだ。
 そして、つきさしていたベリーエーにちゅっと口づける。
「もう、なによ……」
 うっとうしそうに面倒くさそうにそう言いながら夏樹へ振り向くと、ころんと口の中に何かが飛び込んできた。
「ん……んん〜っ!?」
 瞬間、わたしは声にならない声をあげ、またしても顔を赤く染めてしまった。
 そして、夏樹を凝視する。
 すると夏樹ってば、天使の微笑みでにこっと笑った。
「おいしい?」
 少し首をかしげ、にやりと微笑む。今度は、悪魔の微笑みで。
 ごくんと音をならせ、わたしののどをまあるいものが通っていく。
 ……ま、丸のみしてしまった。驚きのあまり……。
 く、悔しい。
 っていうかあ、何なのよ、あんた!
 振り向いたとたん、人の口の中へぶどうを放り込むなっ!
 ……でもまあ……おいしいから……いいか……。
 って、違うし、やっぱりそこ!!
 ん? でもちょっと待って。このぶどうってたしか、さっき夏樹が……。
 その事実に気づいた瞬間、わたしの顔は再び大噴火。
「ぶどう狩り……というのもいいけれど……それじゃあ、あまりにもつまらなすぎるし……」
 そう言って、夏樹は腕組みをし、本気になって考えこんでしまった。
 っていうか、ちょっと待て。
 さっきたしか、わたしに「どこへ行きたい?」とか聞いたくせに、結局あんたが全部決めるのでしょう?
 しかも、行くということは、もう決まっているし。
 本当、自分勝手で自己本位で、めちゃくちゃな男なのだから。大嫌い!
「そうか。今日はショッピングにしよう。うん、そうしよう。茗子に似合いそうな服をたくさん買おう。そうしたら、実家から荷物を持ってくる必要もなくなるしね?」
 夏樹は、にっこりとした微笑をわたしへ向けてくる。
 そこにはもう、反対する余地すら与えられていない。
 有無を言わせぬものが、その顔にはたたえられていた。
 て、だ〜か〜ら〜、ちょっと待て!!
 また勝手に決めて!!
 っていうか、これまでだって、あんたが用意したとかいう服ばかり着せられているのですけれど?
 つまりは、半分はわたしの趣味でもあるだろうけれど、半分は夏樹の趣味ということで……。
 ――ええ〜!?
 これって、これって、よく考えたら、とんでもないことじゃない!
 それって、それって、つまりは……。
 ……嗚呼。もう、いいや……。
 そうだよ。もう諦めているし……。
「ね、ねえ、夏樹。ショッピングでもいいけれど、だけど、その……」
 ちらちらと夏樹の顔を盗み見つつ、もごもごと口ごもりながらそう言った。
 すると、夏樹はすぐにぴんときたらしく、くすっと笑い、微笑んだ。
「わかっているよ。大丈夫だよ」
 夏樹のその言葉を聞いた瞬間、何故だかほっとした。
 すっと心が晴れていく。
 ……本当、わたしどうしちゃったのだろう?
 これくらいのことで、こんなに嬉しくなってしまうなんて。
 つまりは、夏樹は……やっぱりわかっているということ。

 誰かとお買い物……。
 それも、わたしが苦手とするところ。
 だって、八年前のあの日、お買い物の途中……。
 十五年前の星に誓った思い出もそうだけれど、この八年前のできごとも、わたしの心を支配している。とらえている。
 まるで両極端なそのできごとだけれど……。
 どちらも、わたしの人生に大きな影響を与えていることに変わりはない。
 一体夏樹は、どこまでわたしのことをわかっていて、どこまでわたしの心を守ってくれるのだろう?
 拉致、監禁、脅迫、婚姻届偽造なんて犯罪を犯す奴だけれど、結局、最後はわたしのために行動する。
 そう。婚姻届を破いた時だって……。
 口ではあんなことを言っていたけれど、まだ駄目だっていっているわたしの心に気づいて待ってくれたんだ。
 ……そして、きっと気づかれている。
 今では、そんなに夏樹のことが嫌いじゃなくなってきているって。
 だから、待っているんだ。もう少し、心と心の距離が縮まるまで。
 ――やっぱり、腹が立つな〜。
 わたしの気持ちまで見透かされているなんて。
 この夏樹という男、一体どこまでわたしのことを知っているのだろう?
 悪魔の微笑みを隠した天使の微笑みを浮かべ、余裕しゃくしゃくといった感じでわたしの目の前にいる男、鳳凰院夏樹。
 やっぱり、よくわからない奴。
 思い出の男の子で、わたしのストーカーで、鬼畜、悪魔、極悪で……。
 わたしはこの男のこと、どこまでわかっているのだろう?
 夏樹はまだ、わたしに素顔を見せきっていないと思う。
 まだまだ、この男には、わたしの知らない、深くどろどろした部分があるに違いない。
 そう思いはじめてきた。七日目にして……。
 そして、鳳凰院の当主であることが、夏樹の何よりの復讐となると言った。
 どうして、それが復讐になるのか……。
 夏樹の鳳凰院に対する深い憎しみは、夏樹のその告白から察することはできるけれど……。
 わたしは、どこまで夏樹に協力することができる?
 そばにいるだけで夏樹はいいと言ったけれど、本当にわたしはそれだけでいいの?
 他には、何もすることはない?
 だって夏樹は……わたしを一人にしないと誓ってくれたから……。

 ――夏樹は、何を考えているの?


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update:04/01/03