悪夢再び
ダイキライ

 翌日。
 夏樹に拉致られて、一週間。
 ちょうど先週の今日、この時間、わたしは夏樹に拉致られた。
 校門を出てすぐに目にした黒塗りベンツから出てきた、お金持ちっぽくて、格好いいとか思ってしまったその男に、次の瞬間、わたしは拉致られていた。
 気づけば車の中にいて、そして言われたのよ。

「結婚しよう」

 ……って。
 あれから、まだ一週間しかたっていないというのに、わたしはすでに、もう何ヶ月も何年も、夏樹と一緒にいるような気がする。乙女部屋の乙女ベッドで寝ているような気がする。
 そう、それはあくまで気がするだけというのも、ちゃんとわかっている。
 わかっているけれど……やっぱり、それを心のどこかが否定する。


 月曜日。
 昼下がり。
 午後からの講義はなく、わたしは由布をまき、一人町中に出て昼食をとろうと大学の門をくぐった。
 もちろん、携帯もお財布も取り上げられているから、今もってわたしは連絡手段もお金もない。
 ……だけど、嫌味なことに、わたし、持っていたりする。カードを。
 これは、夏樹が昨日の夜、わたしに手渡してきた。
 わたし名義の、夏樹の口座から落ちるクレジットカード。
 どうしてそれが可能なのかなんて聞くのはナンセンスよ、この場合。
 ふん。本当、ムカつく男よね。大嫌い。
 暗証番号は、1225=B夏樹の誕生日。

「暗証番号は、ぼくの誕生日だから」
「へ?」
「冷たいな〜。茗子、知らないの? 十ニ月二十五日だよ。これからは、ちゃんと覚えていてね?」

 そう言いながらわたしの右手をとり、その上にカードをのせた。
 十ニ月二十五日。クリスマス。
 ふ〜ん……。キリストと一緒なんだ。ふ〜ん――
 ……って、だからそうじゃなくて!
 どうして、そんなものまで夏樹は持っているのか、作っているのか、なんてもう聞かないわよ。
 ええ、わたしがどこでどのようにお金を使ったか把握するために、行動を監視するために、こんなカードなんてちょこざいなものを用意したなんて、そんなことはみじんも思っていないけれどね? ええ、みじんも!!
 ――ちっ……。
 聞くだけ損という感じじゃない。無駄なエネルギーを消費するだけだわ。
 まあ、そんなわけで、カードがあるから、それでお食事をさせてもらおうという魂胆なのよ。
 これくらいしてやらなきゃ、なんか腹の虫がおさまらないのよね。
 夏樹にいいように扱われているから。
 それに、いいよね。たまには息抜きくらいしたいもの。
 夏樹の目も由布の目もなく、一人でのんびりと……。
 ちゃんと夕方には、鳳凰院邸へ帰るのだから……。
 ――帰る? 戻るじゃなくて、帰る?
 もう、そう思うようになっていたんだ。たったの一週間のうちに。
 変なの……。

 大学の門をくぐった瞬間、思わず絶句していた。
 見たくはないものを見てしまった。
 それはまるで、一週間前のこの時間のできごとを思わせるようなものだった。
 今度は黒塗りベンツではなく、真っ赤なフェラーリ。
 黒塗りベンツといい勝負になるほど、趣味が悪い。
 そして、そのフェラーリの運転席から出てきたのよ、またまた……。
 金持ちそうな男が。
 夏樹ほどじゃないけれど、そこそこ格好いい男が。
 それから、もちろん、わたしの名を呼ぶ。
「茗子。待っていたよ」
 そう言って、微笑みを浮かべながら、涼ちゃんがわたしへ駆け寄ってきた。
 あっちゃあ〜……。
 もうなんで、どうして、こうなるのよ〜。
 ねえ、これってば、悪夢再来!?
 繰り返したようなこの出来事。
 校門を出ると、そこには車を携えた、金持ち男。
 そして、その男が待っていたのは、他の誰でもなくこのわたし。
 ……まさか、涼ちゃんまで夏樹と同じように、わたしを拉致ったりはしないと思うけれど……。
 だけどわたし、すっかり忘れていたけれど、涼ちゃんに、こ、告白……なんかされていたりするのよね〜。
 まあ、返事は決まっているけれど。ごめんなさいと。
 だけどやっぱり、ばつが悪いことに変わりないじゃない?
 あ〜あ。今日は見たくなかったよ、涼ちゃんの顔。
 しかも、一週間前の今日のあの出来事を、思い出させるような登場の仕方だし……。
 ねえ、涼ちゃん。何かわたしに恨みでもあるの!?
「今日は、午前中で講義が終わりとおばさんに聞いたから、だから一緒にでかけようと思って待っていたんだ。どう? これからドライブなんて」
 にこっと微笑み、わたしの返事など待たずに、ささっと手を取る。
 わたしは、取られた手をさっと戻し、愛想笑いを浮かべる。
 うう……。何かやりにくい、今日の涼ちゃん。
 やっぱり、最初の印象が悪かったから?
 それはまるで、一週間前の夏樹を思わせるような登場の仕方だったから?
「ごめん、涼ちゃん。わたし、これから寄るところがあるんだ。せっかくだけれど……また誘ってくれる?」
 そう言って、そそくさと涼ちゃんの横を通り、駅への道を急ごうと歩き出す。
 しかし、すれ違いざま、今度は腕をつかまれてしまった。
 がしっと、力強く。そして、多少乱暴に涼ちゃんの胸へと引き寄せられる。
 ……って、ええ〜っ!?
 ちょっと待ってよ。やばいよ、こんなところで。こんな人目の多いところで……。
 っていうか、いるのでしょ! 夏樹に雇われたわたしの監視役! だったら、さっさと助けにきなさいよ〜!!
「茗子。俺、言ったよね。茗子が好きだって……。あれ、本気だから……。だから、茗子も本気で考えてよ……」
 完全に、抱きすくめられてしまった。
 身動きすらできない。
 本当、勘弁してよ〜。
 夏樹の次は涼ちゃん?
 ――もう、嫌。
 この一週間、人生のうちの十年を凝縮したような普通じゃないできごとが、次から次へとわたしを襲ってくる。
 もう、何も考えられない。……いや、考えたくない。
 誰か……誰か、お願いだから、今ならまだ遅くないから、誰かお願い。これは夢だと言って。お願いだから、夢だと言って〜!!
「涼ちゃん! とにかくはなして! じゃないと、嫌いになるから!!」
 そう言って、ぐいっと涼ちゃんを引きはなす。
 涼ちゃんは、案外簡単にはなしてくれた。
 ……わかっている。卑怯よ。たしかにわたしは、卑怯な手を使ったわ。

 嫌いになるから。

 そんな言葉を使って、わたしは涼ちゃんを従わせた。
 だけど、仕方ないじゃない。どうしようもないじゃない。
 どうしたって男の人の力には敵わないのだし、この状況をどうにかしたかったのだから。
 もう、いいわよ。悪役だって何だってなってやるわよ。この期に及んで、もう善人ぶってなんていられないもの。わたしは、いっぱいいっぱいなのよ!
 涼ちゃんは、名残惜しそうにまだ腕を人を抱く形にとどめたまま、じっとわたしを見つめる。
「ごめん……涼ちゃん。わたし……涼ちゃんの気持ちにこたえることはできないの。涼ちゃんは今でも好きだけれど、だけどそういう好きではないの。……だから、ごめん」
 わたしはそれだけを言って、また駅へと続く道へと駆け出そうとした。
 涼ちゃんは、今度は、すれ違いざま、わたしの腕を引こうなどとはせずに、ただ黙ってそこにたたずんでいた。
 苦しそうで、切なそうな表情をたたえ、その場に立っていた。
 ……少し、心苦しさはあったけれど、だけど、こたえることはできないから。


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update:04/01/03